過激派たちの連続

「おはようございます!」

「おはようございます!」


 元気な挨拶は、健全で友好的な近所付き合いの第一歩。


 女性だけの町と言うより健全足る人間の町足らんとしている第一の女性だけの町では日常風景そのものだが、最近はつとに声が大きくなっていた。



「ほらあなたももうちょっと大きな声で!」

「おはようございまーす!」

「おはようございます!」

「そうそう、そういう事なの」


 

 一人の主婦もまた、娘に挨拶の重要性を教えている。

 四十三歳もの年齢差のある小学校一年生の娘も、母の言う事をよく聞いている。

「近所の子どもたちと仲良くする事、それが一番大事な事」

「はーい!」

 さすがに末になるであろう娘を見守る彼女の笑顔は、残念ながら少しばかり引きつっていた。

 既に四児の母として四半世紀近く子育てに勤め、長女はめでたく配管工になり次女もとび職になり、現在は高校二年生の三女と末っ子を育てている彼女の楽しみは、子どもたちの成長を見守る事と甘い物を食べる事。


 そして心配な事は子どもたちの事とパートナーの事と、そして姉だった。




 彼女の姉は、現在五十四歳。そして、結婚しているのかいないのかもわからない。


 平たく言えば、音信不通。場所はわかっているが、何をしているのか知らない。

(姉さん……)

 昔から、気性の激しい女性ではあった。


 外の世界にいた時から、姉は手を焼かせる女だったらしい。その手の挿話を母から幾度も聞いている。


 

 彼女の母は彼女が乳児の頃、この女性だけの町の建築に関わって来たやり手の道路工事の作業員だった。その母にとって、道路を敷き町を作り上げていく作業は実に楽しく体が疲れても心が疲れる事はなかったらしいが、姉は逆だった。

 

 彼女たち姉妹の父親は、この町では珍しい「死別組」だった。

 彼女を産んだ時にはまだ二十代だったが、事故により死亡。姉妹を養うお金を求めていた母が「第二次大戦中」であったこの町に移り住み、肉体労働をして姉妹を育て上げた。


(反抗期って奴なのかな……でもそれって普通は終わるはずなんだけど……。

 ここがどういう町なのか、本当に分かってないって訳じゃないと思うけど……)


 だが姉はその事に対して感謝の意を示す所が少なく、事あるごとに外の世界に帰りたがった。単身赴任と言う選択肢もない訳ではなかったが、女性だけの町において女児は未来を担う存在であり創始者たちが手放す事に難色を示し、さらに母や母の夫の実家が女性だけの町に懐疑的であった事もあり結局そのまま育て上げた。もちろん姉妹への教育はこの町に置いてトップクラスのそれであったと言えるし、母の労働により姉が管制塔勤務、妹が清掃業に就いた事は紛れもない事実だった。


 そしてその姉は、所帯を持つ事のないまま仕事に励み、母を看取ったすぐ後に発生した第三次大戦の終結と共に町を出た。仕事の成績は優秀であった彼女は結婚も恋愛もしないまま、妹にさえ心を開かないまま出て行った。母には一応感謝の意は示していたが寄り付こうとせず、後妻とでも言うべきこの町で婚姻した母のパートナーにもつっけんどんな対応を取り続けていた。小学校時代と言うそれなりに自我があった段階にいきなり友達と引き離されて母親を恨んでいたのかもしれないと言う、妹のもっともなはずの質問に対し、姉は首を横に振った。


(思えばあの時がきっかけだったのかもしれない。どこに投票するかは町民の自由、とは言うけど私だってそうしようかどうか迷って結局棄権した。そして姉は……)




 あのJF党が、過半数に及ばない少数与党とは言え第一党となったあの時から、JF党は第一党の名を生かして選挙で掲げた政策を遂行しようとした。だが現在の民権党と女性党にあたる野党が団結して反対したためことごとく否決、その否決続きのいら立ちと政策遂行ができない事により支持率低下が党幹部の焦燥を招き、第三次大戦を起こしてしまった。


 その時から姉とは、ほとんど連絡がつかなくなっていた。必死に連絡を求めても「私は無事」とか「そっちこそ大丈夫なの」とか短文しか返って来ず、便りがないのは良い便りを信じようとしても不安ばかりが膨らむ。


 そしてJF党の幹部が逮捕されると共に送られた「さようなら」と言う手紙が、姉との最後のコンタクトだった。後に姉がこの町を去った事は知ったが、どこへ向かったのかはわからない。

 当然電話も着拒され、文字通りの生き別れ。


「まさか外の世界に—————いや、それはないけど……」


 母は別に、政治的信条などない人だった。

 あくまでも自分と娘二人を食わせてくれた町に感謝はしているが別に女性だけの町である必要など感じておらず、同額以上の報酬をくれるのならばいつでも出ていく用意はあったと娘にも話していた。

 

 だが姉は、この町の教育をきちんと受けた、男嫌いだった。



 あるいはそれが原因となって、この町を出て行ったのかもしれない。



「雄花」と雌花のある植物と言うか果物はない、オスの野生動物は電波で焼き殺される。

 大手を振っているのは生活に必要不可欠なオスの家だけ。

 それで何が不満なのか、妹にはわからなかった。

 


 ただ確かな事として、姉がこの町を去ってからこの町は少しだけ物々しくなった。


 自治会と言う名の相互治安組織が、強く機能し出していた。


 それこそ各家が二ヶ月から三ヶ月に一度、ピーク時は毎月集まって情報を交換し合い安全を守ろうと奔走した。


「娘たちもとりあえず安全だし……まあ、大丈夫だとは思うけどしっかり情報交換しとかないと……」



 そして此度また、あの時から二十年ほどの時を経てまた発生した正道党によるテロ事件。


 あるいは姉はあの時…………と言う一番考えたくないケースを頭から追い払うように、来年五十歳になる専業主婦・魁透子は自治会へと向かった。

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