大量「追放」

 女性だけの町にて、老人ホームと言う商売は流行っていない。


 それは娘婦婦が死ぬまで親の面倒を見るとか言う風習が根付いているせいと言うのもあるが、どちらかというとまだそこに入るような人間がめったにいないほどには住民が老けていないと言う方が大きかった。


 最近では創始者たちが普通に墓に入り最初にこの町に越して来た住民たちが七十代になって来たためか、ようやく商売として成り立ち始めていた。




「はあ……」


 その老人ホームの数少ない入居者のやる事は、実は現役時代だった時とさほど変わっていない。

 数少ない仲間たちと共にお茶を飲むか、本を読み合うか。

 それとも、将棋や囲碁・麻雀のようなテーブルゲームをするか。


 この町では遊興道具はとにかく軽視されがちと言われているが、実際にはそれなりの数がある。軽視されると言うか蔑視されるのは、ゴテゴテのキャラクターが付いた電子的なそれだ。木目が目立つ将棋盤や那智黒とハマグリ製の碁石、そして四人で話しながら行われる麻雀はむしろ推奨されてさえいる。無論途中で勝負を避けるのが美徳であるのは変わらないが、それでも気心の知れた人間同士余裕を持って楽しむ事も出来た。


 そう、気心の知れた者同士ならだ。


 彼女の手つきは、かなり怪しい。元々その手のゲームに通じている訳ではなく下手の横好き、ただのコミュニケーションツールとしか思っていない人間だった。これまでならばそれで一向に構わなかったしこれからもそのつもりだったのだが、今の彼女にそんな余裕はなかった。


「あの、私も何かお手伝いでもした方が良いのでしょうか……」

「一応、配膳でもお願いできればと」

「ではお願いします」


 この町に二十歳でやって来て今まで生きて来て、彼女は今一番不幸だった。


 それこそ第二次大戦の後期にやって来て、町の開拓に努め大家となっていた大型マンションの建築にも携わって来た。

 その際に同僚を亡くした事が第一の不幸であり、完成から十年後事故で自分も建築現場で働けなくなったことが第二の不幸であり、そして最大の不幸がこの前の事件だった。


「もしもの時は……」

「大丈夫ですから」


 職員は必死に慰めるが、彼女の顔は浮かない。実際問題、老人ホームだって私企業であり金が要る。その金を払えなければ、出て行ってもらう事になる。まだ誠心治安管理社のそれならば少しはましかもしれないが、いずれにせよただで人を養うのは無理がある。

 


 そして彼女がつい先ごろまで自ら大家としていた住居にして職場こそ、最大の問題だった。




「娘婦婦は気付いていたんでしょうね。あの子たちが危険な存在だって」

「私たちの弱点かもしれません。もし本当にこの町そのものを揺るがし、支配しようとしている存在がやっていたとすると寒気もします」




 ——————————マンションの住民の九割が、あの事件の関係者だった。


 外の世界などで何らかの形で示し合わせ、女性だけの町に大量に移住して来た。

 そうして数年かけて選挙権・被選挙権を得て、政党を立ち上げ、一挙に支持を得る。これはある種の侵略行為であり、かつ暴力の一つも要らない平和的なやり方である。

 結果的に政策に問題があり支持は得られずかつその結果テロに走ってしまったので失敗に終わったが、これから先同じ事が起きない保証はない。

 だが無論、この町に救いを求めてやって来る女性を無視はできない。実に厄介な問題だ。




「彼女たちの多くは、自分たちの政策が叶えられないと見るや町を出て行ってしまいました」

「その際に取り調べはあったのですか」

「かなり少ないですがあったようですね。警察は優秀ですから…………」


 彼女が仲良く茶を飲んでいた住人にも、数名ほどテロ事件に関与し襲撃先を教えていた人間がいた。当然彼女らは「つんかよ」「よんくめ」「ふききし」などの四文字の名を与えられ刑務所に押し込まれ、間接的ながらテロに加担したため少なくとも七年は出て来られないと言う。

 そしてそうでない住人たちも、テロリストの仲間扱いされて肩身が狭くなった上に自分たちの数年来の願望が叶えようがないと知ってか次々と町を去ってしまい、満室だった彼女のマンションの入居率は今や二割だった。もちろん必死に募集を駆けてはいるが、それでも元の環境に戻るのにどれだけかかるかわからない。


「彼女たちは今頃どうしているのでしょうね……」

「この町は文字通りの最後のユートピアのつもりで作られました。しかしそれでも犯罪は起きるし、テロも起きます。あるいは……」

「やめなさいよそんな事。でもね、もう一つ女性だけの町が出来たんでしょう?」

「そうらしいですね」

「そこに行ったのかしらね……そこで何をして暮らしてるのかしら。まあ幸せならばそれでいいけど」


 第二の女性だけの町の存在を、この町の住民も知らない訳ではない。



 だが字面よりはるかに遠く、別世界の存在だった。


 ここで暮らす人間の三割が知らず、五割が知ってはいるが関心を持たず、一割五分が知った上で高く評価していなかった。



 そして残りの五分の内多くが、彼女の管理していたマンションに住んでいた。


 彼女のマンションに移り住んだ人間たちが第二の女性だけの町の事を知っていたのかいないのか、この老人ホームに入ってようやくその存在を知った彼女にはわからない。


 端的に言えば、彼女は不運だった。

 そしてその不運を担保してくれる存在は、残念ながらいない。

 強いて言えば多くの移民を受け入れて喜ぶ土壌を作り上げたこの町の創始者たちであろうが、今更墓から死体を掘り起こして責め立てるような真似などとてもできる訳がない。


 それが、悲しい現実だった。

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