外伝2 女性だけの町ORIGINAL

事件の爪痕

「これが…」


 人気就職先の筆頭、と言うか町内防衛の最前線であるはずの「管制塔」。


 ——————————と言うお題目が、お題目でしかない事を知らされるには十分な光景がそこにあった。




 入社試験会場に、あまりにも人がいないのだ。




「では試験を開始いたします」


 受験生たちは、無言で試験用紙をめくり、鉛筆や消せるボールペンなどを持ちながら問題と向き合う。

 もちろん門外不出のそれであり、何人かの人間を禁書犯として刑務所送りにした歴史を持つ、入社試験問題。いわゆる過去問が存在しないゆえにありとあらゆる可能性を考慮してここまでやって来た受験生からしてみれば、この光景は完全な拍子抜けだっただろう。


 何人かの受験生はこの異常とも思える空間に息を呑み、手の動きが悪い。

 実績から言えば、この時の問題はそれほど難解ではない。良くも悪くも普通レベル、ちょうどいいレベルの問題だった。


 だが、どうしても集中力が削がれる。

 自分なりに必死に頑張り、ここまでやって来たと言うのに。それこそ大学に入ってからもこのために勉強し、自分なりに青春を送って来たのに。


 いざスーパーエリートとして、町の防衛の最前線に立とうとしたと言うのに。

「皆さん!集中力を切らしてはなりません!」

 試験官が怒鳴り声を上げてみるが、反応はない。入社試験と言う人生を左右する場に臨んでいる人間たち、ましてや集中力が最大限に要求される職場を目指す人間たちにそんな雑音に耳を貸すような者などいないが、それにしても試験官の甲高い声は全く支配力を発揮する事なく消えて行く。


 現在の所、まだ集中を乱しているような受験生はいない。もちろん筆記試験だけが全てではなくその後の面接などが残っているが、現状こいつはダメだなと思えるような存在はいない。



 —————採用率100%。そんな信じたくない数字が試験官の頭を駆け巡る。


 採用率ひとケタ%の世界を生き抜いて来た、試験官にとって。


(教官としてこの子たちを育てなければならない。確かにやりがいはあるけど、どうしても不安が先立つのよね……)


 元々今年は、採用人数はかなり多かった。

 大量の欠員を補うべく経験者をかき集め一時的にある程度機能は回復したが、しょせん経験者は経験者でありこれらの職を離れて久しい存在も多くパフォーマンスは劣っていた。もちろん他にも仕事がある人間が大半であるため、その分の仕事の欠員も生まれてしまう。

 

 そして今回のそれは、「第三次大戦」の時よりも深刻だった。




「第三次大戦の後、人員不足に陥らなかった組織を一つ選べ。

 A:管制塔 B:消防署 C:一般警察官 D:生活担当警察官」


 この問題の答えはAだ。

 第三次大戦にて警察官たちはテロ組織と化した正道党の活動により多くが殉職し、消防隊員もそのテロ被害のレスキューに臨む際に追加で攻撃を受けたり救難事故が発生したりして命を落とした。

 そして生活担当警察官は、正道党の人間によってターゲットとして大戦初期にかなりの数が殺されている。

 だから正解はAであり、実際第三次大戦後も今までずっと管制塔本体の人員募集は同じペースだった。




 だが、此度の正道党事件はかなり勝手が違った。


 正道党党首黄川田達子及びその秘書である海藤拓海は外部の人間だったが、藤森・朱原・虎川・朱原・武田と言った正道党の幹部テロリストたちが揃いも揃って管制塔本部の職員だった。しかも他に多くの人間が正道党に参加し、選挙に大惨敗した無念を晴らすかのようにテロリストとなってしまった。中には追放講習施設に勤めるやはりエリートもいたり、また正道党事件の際に一緒に蜂起しようとしてできなかった元管制塔勤めの女性までいたりした。


 管制塔勤務と言う、本来治安を守るべき存在の人間がだ。


「誠心治安管理社」の企業城下町と言うのがこの町のもう一つの側面だが、その誠真治安管理社の本社ビルである管制塔を守るはずの人間がこんな真似をしたと言う事自体大企業の信頼を毀損するそれであり、残った管制塔勤めの人間の中にも自ら職を辞さんとする人間がいた。水谷町長を始め有力者たちは引き留めようと説得したが、それでも少なからぬ人間が管制塔を去った。


(テロは多くの人間の夢を奪う……結局暴力では何も解決しない、それがまごう事なき現実ではないか……)


 管制塔を去った人間の中には、藤森や神林のようになりたくないと言う意見もあった。

 藤森は言うまでもないが、神林もそれほど熱心な職員でもなくあの事件がなければほどなく退職して居酒屋に勤める予定だったらしく、そこで仲の良かった女性と婦婦となり、平々凡々に過ごして行くつもりだった。

 だが結果は、あまりにも悲しい無理心中。誰も、笑顔にしない結果。


 その事件が、職員たちの心を揺るがしてしまった。


 重大な仕事ゆえに重大な責任が伴う、その責任に耐えきれなかった。




 いや、神林ではなく藤森が。




 自分の心の理想に負け、現実とすり合わせられなかった人間による蛮行。


 強硬とも言える政策を望んだはずの人間たちの凶行がもたらした、あまりにも悲しい結末。


 それが正道党事件であり、その結果招いたのが採用枠を増やしたにも拘わらず採用率100%と言う現実であった。

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