「バーカバーカチンドン屋!」
岸殺害から、わずか五日後。
死刑囚・刈谷の死刑は執行された。
元々控訴も反訴もないからいつか執行されるのはわかっていたが、だとしてもあまりにも早い執行であった。
「最期に何か」
「高遠さん、佐藤さん……さようなら……」
最後の最後まで岸に対しての謝意を示さないまま、刈谷はこの世を去った。
死体となった刈谷に向けて執行官は全く品のない顔をして唾を吐きかけ、死刑執行の立ち合いをした桃山の肩を叩く。
「ご苦労様です」
「はい…」
桃山の顔に、外村や北原と対峙していた時の脅えはない。
ただの水道配管工と、目の前で殺された死体。どっちがどういう存在であるか、答えは余りにも明白なはずだ。
それなのに、だ。
「彼女たちはやはり危険です」
「何か言ってたの」
「岸さんの対応を聞かせた所、何も言わず視線を伏せました」
「…………理性的なそれを受け入れなかった、と言う事ですか」
理性的。
この町において、もっとも重要な言葉の一つだ。
オトコが感情と暴力に任せて理不尽な暴力を振るうのならば、こっちは理路整然として立ち向かわねばならない。世の中に存在するありとあらゆる男性的暴力行為に対し、きちんとした理性をもって戦わなければならない。
ただでさえ女は感情的だとか根拠のない事をほざく連中がいる以上、何としても弾劾しなければならないのだ。
「この町において感情を破裂させるような人間は不要です。わかりますね」
「はい」
桃山は、ただ無言でうなずくだけだった。
※※※※※※
「あんたさ、何考えてんの」
「……」
「どうせ嘘なんか吐かなくてもいいんだよ、バレバレなんだからさ」
「同僚がここに行けと言ったので」
「ああそうかい、あんた同僚に恵まれてないね。しかも弱虫だし。そんな奴がここ以外でやっていけんのかね」
ブルー・コメット・ゴッド病院では、また新たな入院希望患者がやって来ている。ついこの前ベッドが二床空いたせいで隙間はあったが、津居山院長からしてみればちっとも嬉しくない商売繁盛ぶりだった。
「もちろん入院は認めるけどね、あんた死にたいの」
「先生はどうなんです」
「私は向こうで必死になって世界のためにお医者様なんかになったのに、寄って来るのはみっともないスケベオヤジばっかり。私がいくらやだやだ言った所で何照れてるのとか言うお花畑全開モード。だからこの町が出来たと聞いて一も二もなく引っ越して来た、って言うか逃げて来た訳」
「スケベオヤジって何をする人種なんです」
「バーカバーカチンドン屋!」
その津居山を女性だけの町に追いやった存在に対して入院希望患者が素朴な疑問をぶつけると、津居山の精神年齢がいきなり五十歳以上下がった。元からこの前にいた東とか言う患者への対応と比べても相当に雑だったが、より一層雑になった。看護師さえも院長に突っ込みを入れる事もなく、むしろいいぞもっとやれと言わんばかりに院長に笑顔を向けている。
「体中を貪り、性欲を剥き出しにしてにらみつけ、あわよくば服を全部脱ぎ捨てさせて辱めたいと考えている中年男性の事だよ。しかも少しでも拒否すれば逆ギレしてそれっきり出世はないとか言い出す卑怯極まる連中の事。小学校で習わなかった訳」
「習いましたけど」
「外の世界ではオトコはみんなそんななんだよ。そうでないとしても女の尊厳を破壊するかのような実在しない女ばっかり追いかけて、あの海藤拓海を作るようなオトコしかいないって。
それとも何?あんたやさいの王子様でも見てるわけ?じゃあいいか、相性良さそうだね、本当にすいませんでした」
「…………」
勝手にしゃべり倒す院長に対しやさいの王子様じゃなくてやさいの騎士団様ですとか言うツッコミを入れる事さえせず、患者は無言で座っていた。
「言っとくけどね、ここに入院してそのまま仕事辞めて、その先どうすんの」
「もう覚悟は決まっていますから」
「はいはい、みんなそういうんだよね。まあこっちは必死に袖引きちぎりに行ってみるけどさ……。
お葬式、誰も来なくてもあの世で泣くんじゃないよ」
「じゃすぐ許可を下さい」
「それはできないんだよルール上、まあ二日ほどここにいて無量大数が一頭が冷えるような事があったら私は祝杯を挙げるから」
そしてそんな患者に腹を立てた院長はなおさらケンカ腰になり、患者と言い合いになった挙句インフォームドコンセントも何もありはしない「医療行為」が開始される事となった。
どうせどんな結果が出ようが答えの決まっている患者と、末期症状の患者を治療しなければならない医者。
これほどまでに馬鹿馬鹿しい話もそうそうない。
(知らない訳じゃないだろうに……って言うかもし知ってて来たんならただのバカか文字通りのガンギマリ女かのどっちかだろうな……そしてこいつは前者だって言う世間様の期待なんぞ踏みにじる、後者の類なんだろうな……)
第一の女性だけの町から出た人間の「実験」により、「産婦人科」で産まれた子どもが男性の力で子ども、それも男児を孕む事が確認されてしまっている。
その事実を、オトコたちが改心すればいつ何時でも門戸を開けるじゃないかと歓迎できるような能天気な連中などここにはいない。
(あいつも……でもな、そんな事をすればこの町は一挙に傾く。それこそ強引にでも洗脳、いや教育を施して一縷の望みに賭けるしかないか……彼女を落とせばそれこそ流れは変わる。そう、そのはず……)
津居山もまた、この町を愛しオトコを憎む女だった。
そして、この町を守るために何のためらいもない女だった。
だから、その話を聞いたはずの上でここまでやって来た存在に対し、付ける薬などない事を知っていた。
その上で希望を捨てない程度には、津居山は楽観的だと言えるかもしれない。
「もしもし」
「ああブルー・コメット・ゴッド病院の津居山先生」
「ああ引田先生、どうですか」
「やっぱり手遅れでしたね。この町に居る意味もなく、かと言って外に出るのはもっと恐ろしく生きる意味がないと……」
「本当残念ですね」
津居山は、新しい入院患者が既に知っているであろう事実を確認し、伝えるべく席を立った。
外山が、服毒自殺したと言う————————————————————。
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