判決
「被告人は、被害者に対して謝意はないのですね」
「あります。ですが同時に、私たちの事を慮ってほしかっただけなのです」
「それは被害者に対し被告人が絶望したと言う事でよろしいのですね」
「はい」
法廷に飛び交う、絶望と言う単語。
絶望と言う単語は、刈谷の感情を表すにはある意味一番的確だったかもしれない。
普段はもっとラフと言うかフレンドリーな仕事場に割り込んで来た、堅苦しさを極めた岸と言う存在。
それでも町議会議員と言う名の実力者に、自分たちの窮状を訴えかける絶好の機会だと思った—————。
「もし少しでも元中さんの死に対し温かい言葉でもあったならば話は違ったと」
「はい」
「被害者は倒れた元中さんを自分への反抗だと見なしたと」
「はい」
それなのに、薄給の上にブラックで公務員だから争議権もないと言う自分たちの状態を全く理解しようとせず、口を開けばオトコがなんだ礼節がなんだ、あげく元中が倒れたと言うのに死んだふり扱い。
「頭を下げる事すらしなかったのが悔しかったと」
「端的に言えばそうなります」
「でもこうして人殺しになってしまえば正統性は薄れるとか考えなかったのですか」
「考えました。ですがその上でこっちの方が得だと思った結果です」
「被害者は議会に諮り、道路工事課の待遇改善を求める旨述べておりました。確認は取れています」
「真摯な対応に思えなかったのです」
「悲しい事ですね。実に残念な事です」
「しかし被告人の環境はかなり劣悪であり一刻も早い改善を求めたのは至極当然な事と思われます。その点の情状酌量を図るべきであると見ます」
裁判官も検察も、弁護士さえも無表情に話し続ける。
とりわけ無表情だったのは弁護士であり、文字通りの棒読み。しかも言葉数も少ない。被告人の数分の一もしゃべらず、制止さえもしない。
実はこの老川八重子は外の世界で言う所の国選弁護人であり、平たく言えば誰も引き受け手がいない存在で役目を押し付けられたに過ぎない。弁護士とて商売人であり、誰だって勝ち目のない勝負など受けたくない。全く無反省な殺人犯の弁護など、被害者遺族どころか世間からの評判さえ損ねる。それこそ、片手間で終わらせたいぐらいだった。
「判決を申し渡す」
そんな裁判の、運命の時間が来た。
「被告は私的な感情により被害者を絞殺し、その事に対しての反省の意より我意の方を強く主張している。
その主張では被害者の不誠実さを咎めているが、仮に被害者が被告の言う通りに動いたとしてもどれほどの差異があったかわからず、町内の状況を全く踏まえていない短絡的で感情的な発言である。
しかも殺人の手口も全く暴力的かつ男性的であり、とても擁護できるに値しない。それこそ同業者たちの名誉を傷つけかつ町の根幹を揺るがす行いであり、極刑をもって償うより他ない」
—————平たく言えば、死刑。
殺したのは一人だけなのに、死刑。
外の世界ではかなり少ないケースだが、この町ではそれほど少なくなかった。
それこそが身内に厳しいと言う証左であると、町の安全のアピールポイントだった。
※※※※※※
「死刑ですか」
「当然です」
「執行はいつになります」
「明日にもです」
その死刑判決を法廷にいない人間の中で真っ先に聞いたのは、相川玲子だった。
そしてその上で異様に早い死刑執行の期日さえも、こうして知らされている。
「で、残念ながらあの二人はもう最期の痴れんを終え今頃は胸襟女になっているのでしょう」
「胸襟女……それも私とあなたの中だけでですからね」
「はい」
「フフフ……まあそれが彼女たちの選択ですから仕方がないでしょう。
とは言えそれこそ人員がゼロと言う事で一大事なのでは」
「大丈夫です、代わりはいますから」
口元は緩み、有能な議員秘書の面影はない。実際、楽しくて楽しくて仕方がなかった。表向きには悔しがっているべきだろうし実際あまり面白い話でもないのだが、それでも玲子にとっては面白い話だった。
—————代わり。
今度町を出て行った、梨田とか石谷とか言うゴミ回収課の二人の代わり。
それこそ、今度外の世界で嫁いびりをして息子とやらから嫌われた女二人をとりあえずあてがっておけばいい。高齢だから働きは鈍いだろうが、置かないよりはずっといい。少なくとも「胸襟を」「開く女」よりはずっと使えるだろう。
「そこまで動きが早いとは及びもつかなかったと言うか」
「あるいは自分たちが刈谷死刑囚のようになると思ったのかもしれませんね。だとすれば少しだけ賢かったのかもしれませんが」
「やはり、彼女らに力を与えてはいけないのです。ですから……」
「OMPですね」
「ええ。ちゃんと桃山には言い含めておきますので」
「では」
それでも、さらなる流出を食い止めねばならない。
そのために、実行せねばならなかった。
「クリアファイル、OMP」を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます