最終決定

「あの、その、大変、申し訳ございません、が……」

「結果はどうだったんですか」


 水道工事の担当事務所。


 言うまでもなく公務員として扱われている彼女たちの職場の中で、桃山は深々と頭を下げている。


「それが、その、ゴミ処理担当の……二人が……」

「石谷さんと梨田さんがどうかしたんですか」

「二人とも、追放申請を…………」


 二人しかいないのに、二人とも追放を願い出て来た。

 2-2=0であり、それこそワンオペどころではない。正確にはゼロではないが、それでも二人しか出せなかった環境で二人がいなくなるのは余りにも重すぎる。無論ブルー・コメット・ゴッド病院で必死に止めているようだが、二人とも意志は固いらしい。

 元々ブルー・コメット・ゴッド病院で止められるのは、なんとなくこの町の刺激のない生活に退屈してなんとなく追放希望者となったような無軌道な人間ばかりであり、出て行くと心に決めた存在はなかなか引き止められない。10%とか言った所で、結局十人に九人は町を出て行く。それが現実だった。


「……」

「そういうわけで、人員の供給などはどうしてもそちらが優先になってしまいます……本当に申し訳ございませんが…………」

「仕方がありませんね……」

「本当に申し訳ございません……!」


 桃山は机に向かって頭が付きそうなほどに、深々と頭を下げる。土下座しろと言われればいくらでもしますと言わんばかりに、心底から謝罪の意を示している。責めれば責めただけ、責めた方を悪人にできる。


「わかりました。どうもありがとうございました」

 北原は無言で頭を下げ返し、外村は浅く頭を下げながら感謝の意を示した。




(あんな言葉、言える訳がないじゃないですか……!)




 桃山は、決して不真面目な人間ではない。

 人並み以上に真面目に勉強し、真面目に研修を受け、真面目に公務員になった人間だった。

 だがそれだけに、九条から若宮を経て桃山へと伝えられた言葉を口にする事が出来なかった。


 —————「開く女」と言う、差別用語とか言う次元ではなく、それこそこの町に居る価値はないと言う四文字レベルの禁句。確かに、彼女らの言っている事はそれに値する妄言だ。

 だが、それでも桃山は信じたかった。

 話せばわかる、暴力行為は言語道断、暴言さえも最後の手段。それこそ、男性的な暴力を排除すると言う事ではないか。


 九条はそれこそはっきりと「開く女」と刈谷の事を非難していたが、岸が非業の死をたどった背景にあるのはよくわからないにせよ岸が刈谷を最大限に貶めた何かがある事は知っていた。


 ここで「開く女」とか言えば、自分たちもオトコと同じになる。考え得る限り最大限の暴力を行使し、相手を追い詰める事の何がいいのか。

 それを危惧する事の何が悪いのか。


 桃山は、そんな女性だった。




※※※※※※




「彼女には無理だったって言うの」

「まだ更生の余地ありと思っているのでしょう」

「甘いわ。実に甘い。彼女らが力を持つ事は何より危険であり、この町が暴力に支配される予兆となるの。彼女らは抑えつけておかねばならないの」


 一方で九条は、桃山ではない。


「では…」

「安心なさい。彼女には何も処分はないから」


 若宮も若宮であり桃山ではない。

 言えなかった桃山の気持ちはわからないでもないし、自分ももう少し若かったらそうしていたかもしれない。


 だが、それは良い事ではない。

 若宮の言う通り、彼女らに力を持たせれば第一の女性だけの町と同じ事になる。その事を何とかして教え込まねばならない。


 岸は、それをやろうとしていた。



「ですが、なぜ岸さんは……」

「全部アレでしょうね。アレが悪いんです」

「アレ……ああアレですか」

「アレは本来、子どもたちの未来を切り開くべき神聖にして正統たるべき存在だった。それをアレにしてしまっている連中を改心させるべく、彼女は極めて熱心に動いていた。その仕事をするのが、彼女の本来の運命だったかもしれない……」

「確かに、その仕事をここでしていた彼女は、それこそ見ている人間を魅了するほどに美しかったですね。世の中の全てを思い、世界を救わんと欲するその手つきはある種の芸術でした」

「そう、くじけてもくじけても何度でも立ち上がる。外の世界の乱れを感じ、誰よりも熱心にアレを子どもたちの触れるべき存在に戻そうとした。その本来の仕事を取り上げてしまったせいで注意散漫になり……と」



 追川恵美子。真女性党の党首にして現町長が、岸に議員にならないか直々に誘ったのだ。

 自分の思った通り以上の仕事をしてくれる存在が議員になり、町長になれば外の世界の連中にもっと強く圧力をかけられる。正しい意味で、この町を無用の長物にできるかもしれない—————。



「岸さんは言ってましたよ、あの男のせいでどれほど私たち女性の心が惑わされたか……!」

「そう。あの男はただ夢だけを与えていればよかった。それをわざわざ欲望の塊の持ち主や拝金主義者にこびへつらい……」

「そして自分色に正しく染めようとした存在の集まりが女性だけの町である、そう揶揄されています」

「そう…!」



 もう二十年以上前に亡くなった人間が描いた漫画。

 その漫画の「性的描写」を廃絶すべく、今でも電波塔の人間は要求をやめていない。それこそ作者の遺族・その描写を止めない放送局・その描写に汚された男女問わず他者、ありとあらゆる場所に後世に胸を張って遺せる存在にせよと呼びかけ続けて来た。

 

 その先鋒、と言うか筆頭だったのが岸だった。




「……クリアファイル」




 クリアファイル。




 九条が放った七文字の単語に、若宮は浅くうなずく。


 表情は、ちっとも変わらない。




「クリアファイル、OMP」

「わかりました」


 若宮の顔が引き締まり、この部屋に備え付けられたスマホを掴む。


 充電コードでしっかりと固定されたそのスマホから打たれた「クリアファイルOMP」の十文字。




 その相手は、相川玲子—————。




 追川恵美の、秘書だった。

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