「開く女」
電波塔の最上階にて、受話器の音が鳴り響く。
固定電話の受話器を叩き付ける九条百恵の手は、顔よりかなり赤く染まっていた。
「どうしたのです」
「若宮さん……あなた人生で持った一番重い物って何?」
「パソコンを買った時ですね」
若宮は細腕を上司に見せつけながら素直にそう答え、九条も満足そうに首を縦に振る。
そのパソコンもノートパソコンであり十五階の人間が使うようないかめしいそれではないし下の階の人間がが使うような若宮の月給の十分の一程度の価格のそれでしかない。無論宅配もあるのでそれこそ家の中で好きな場所で仕事をする時以外はほぼデスクトップ型と同じ状態だと言う家庭—————要するに家の中でさえもまともに持たない家庭もちっとも珍しくない。無論スマートフォンで万事OKと言う家はもっと多い。
「力なき存在が力を持つ事。それこそ公平と言う物。力ある物が力を持てばそれは支配となり、男性的欲望が頭をもたげてしまう」
「暴力を振るえる力を持った者に、力を与えてはいけない……」
「ええ。力の分配こそ、平和な世界を作る道のりなのです」
外の世界にて、ただでさえ力を持ったオトコと言う存在に、女は常日頃怯えながら暮らして来た。第一次・第二次産業と言う力仕事が劣勢になり第三次産業が主流になるに当たり、オトコの力は弱まって来たし女の力は強くなって来た。両者の差がなくなれば平和になるかと思っていたのに、ちっともうまく行かない。
(事もあろうにあんな形で…………)
そして何より、第一の女性だけの町だった。
その町が真の女性だけの町ではなく、力を持った人間が威張り腐っている、と言うか威張り腐らせている奇形と言うより突然変異めいた町になってしまった現実。
それこそが、新たなる悪の根源。
外の世界の連中からしてみればその町は文字通りのモデルケースであり、最も成功したそれとして扱われてしまっている。自らの手で町を作り上げ、自らの手でその町を守り続ける。それを全て成し遂げた彼女たちの事を、オトコたちは称賛しないが非難もしない。せいぜい、感心するだけ。
万が一そこで参りましたと服属でもしてくれれば良かったのに、オトコたちはちっとも目を覚まそうとしない。「偉業」について、勝手に称賛して勝手に交流しているだけ。平たく言えばあーはいはいである。
—————だから、とても首を縦になど振れない。
「裁判で明らかになったんでしょう、岸さんの言葉が」
「ええ。これは皆さんのためだと」
「その通りです。道路工事や配管工事など肉体労働に勤しむ立場の人間が力を持ってしまえば、女性だけの町は女性だけの町ではなくなります」
彼女たちが力を持てばそれこそ、自滅以外の何でもない。そんな事さえもわからないような程度の低い人間により岸と言う時代の町を担う存在が殺されたのかと思うと、業腹とか言うより情けなくなって来る。
「岸さんは彼女たちのあるべき立場を誰よりも弁えていた、最大の理解者のはずだった。それなのに……」
「彼女たちは日陰者でなくてはいけない。日陰者でなくなった瞬間、彼女たちは恐怖の対象として粛清されてしまう。その事を改めて学校教育で教え込まねばならないのかもしれませんね」
「ありがとうございます、今度その案を町長に伝えてみようと思います」
第二次大戦とか言うあまりにも悪趣味な名称で町を築き上げた。
確かに男性性を持った生物を粛正する電磁バリアや女しか子どもの生まれない受精卵を作り半永久的に女性だけの町を維持できるようにしたのは認めてやるが、どうしていつまで経ってもその戦争の功績者たちに隷従しなければならないのか。
もし女がその手の仕事を嫌がるとずっと思いこみ、好待遇によって人員を確保し続けねばたちまち崩れると脅えているとでも言うのか。
それこそオトコたちに自分の弱点をさらけ出し続けるような物である。
————————————————————そう。
弱点をさらけ出し、付け入る隙を与えるようなものだ。
「佐藤とか、高遠とか、それから北原と外山と言ったな」
「ええ」
「彼女たちに言っておけ。
黙れ、開く女たちとな」
開く女。
相当な差別用語だ。
女が何を開くのか。
それは皆まで言わすなと言う話ではあるが、その手の人種こそ女性だけの町が第一、第二問わず一番憎んで来たはずだ。
それなのに、だ。
(第一の女性の町には、その手の人種が未だに残存している……事もあろうに公務員として!)
その類の欲望を晴らすがためだけに、事もあろうに公務員と言う名前を与えている。
彼女たち自身、そこから逃れられない事を認めている。
情けないにもほどがある。
それこそオトコたちにとって最大限の付け入る隙であり、自分たちが外の世界の連中とちっとも変わらない、と言うか女性だけの町と言う存在が無駄であると言う最大の証左ではないか。なればこそ、その存在を認める訳には行かない。
ましてや、自分たちの町に。
「あるいは……」
「まさか」
「万が一と言う事もある。一罰百戒と言う事だ」
「それならば」
「それでは甘い。岸さんの後を追わせてはいけない」
「は、はい、わかりまし、た…………」
若宮は噛みまくりながら、いつもの倍の角度で頭を下げた。
見慣れているはずなのに、知っているはずなのに。
どうしても直視できない、上司の目。
この時の九条百恵の目は、どんな獣よりも鋭かった。
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