第十二章 「行きつく先は…」

爆発の気配

「せめて一言だけ、ごめんなさいと言って欲しかったんです」


 刈谷は素直にそう述べた。


 町議会議員・岸を両手で絞殺した道路整備課職員刈谷に対し、取り調べ担当の警察官は岸と同じように淡々と調書を取る。


「それで動機はそれだけですか」

「いえ、仲間たちの賃上げと休暇の増加を含む待遇改善を求めて。それに対して服装がどうだ、言葉遣いがどうだと全くこちらの話を聞こうとしませんでした」

「それは嘘ですね」

「失礼しました、一応聞くそぶりはありましたが議員たちへの根回しがどうの、議会での審議がどうのでそれこそ相当な時を要するとしか言わず、直近の私たちの問題を理解してくれているとは思えなかったのです」

「なぜ秘書さえも帰らせた岸議員の器量を信じなかったのです」


 かび臭い半ば廃ビルめいたあんな建物でも、監視カメラは存在していた。なればこそ岸は会談の場として選んだのであり、隠し事などしようがなかった。それでも岸が絞殺されたり佐藤が警察に通報したりする前に警備員などが来られなかったのは事実であり、ある種の信用が裏目に出た格好だった。

「目の前で元中が倒れたと言うのに何の反応もしなかったのを見て信じられなくなりました」

「つまり仲間が死んだと言うのに無反応だったのが許せなかった、少しでも謝意を見せてくれていれば話は違ったと」

「はい」

「しかし今はあなたが被害者の家族に対し謝意を示さねばなりません。罪を償う事になりますが」

「心得ています。ただ私の仲間の佐藤と高遠、彼女らは無関係です。それだけはわかってください」

「……………………」


 警察官の手と口が止まる。



 知ってはいたが、やはりこうなるか。

 ついさっき嘘など吐けないと言ったはずなのに、仲間に累が及びそうになるとこうなるのか。

 既にその二人が刈谷の犯行を止めなかった事はわかっているのに。声を上げる事も刈谷に飛び掛かる事もせず、震えていた訳でもない。無言で岸をにらみつけ、ざまあみろとでも言いたげにしていた。共犯でこそないのは確実だが、少なくとも犯罪を止める方向ではなかったのもまた確実だった。

 

「そうしておきます」


 他に、何も言いようがなかった。




※※※※※※




「自分たちの言葉が聞き入れられぬと見るや……」


 当然、この事件はセンセーショナルなニュースとして取り上げられる。

 テレビも、新聞も、こぞってこの事件を取り上げた。

 監視カメラの映像が拡大され、お茶の間を騒がす。


 一方的でわがままな人間の、暴力任せの犯行。


「ひたすらに野蛮であり、この町が全力で排除して来たはずのそれが未だに息づいていると言うあまりにも悲しい証拠です」

「人類はあとどれだけ生きたらこんな事件を排除できるのでしょうか……」


 左右田カイコが深々とため息を吐き、この町と人類の行く末を心配する。

 幾たびも幾たびもやる事になるであろうこのニュース。


 その事がたやすくわかってしまっている視聴者たちは、左右田カイコに負けじと溜め息を吐く。


 それは、どこでも同じだった。


 





「……続くかもしれませんね」

「続くでしょうね」


 道路整備課よりも、さらに古臭く薄汚れたビル、と言うか部屋。


 その部屋の中のたった二人、それこそ西区の道路整備員たちよりもさらに少ない人数しかいない、六畳一間の部屋。


「私たちが何度ゴミを投げ付けられたか、数えた事はありますか?梨田さん」

「覚えてません、石谷さん」

「昨日の三食のメニューを覚えていますか」

「覚えていますが思い出したくありません」


 二人の女性の内石谷の同僚の梨田の昨日の朝食は、トースト一枚とスクランブルエッグ、インスタントコーヒー。昼食は、ハンバーガー一つと野菜サラダとオレンジジュース。夕食は、おにぎり二つとカップの味噌汁。基礎代謝を補うのがせいぜいな量だし、質も貧相である。

 そんなだから、梨田の体重は三年間で七キロも落ちた。同い年の岸と比べると十キロも軽く、毎日仕事が終わるたびにぐったりしている。今日はまだ内勤だったから耐えられたが、外勤の日などはそれこそ石谷を含む同僚たちに借金して糊口を凌いでいる状況だった。


「今日の昼ご飯は私がおごります」

「そんな」

「いいんです、私が決めたんですから」

 その状況は、石谷も変わらない。にもかかわらず石谷は梨田に全く返って来る当てのない金を貸し続け、今日もまた振り込んでいる。


 彼女たちは洒落たメロディがかかりっぱなしのコンビニに入り、適当に食品をカゴに突っ込む。そして会計を済ませると建物に戻らず、裏地に入り込んだ。


「臭いですね」

「ええ」


 腐臭すら漂いそうなほどの、本来ならばとても食事などできそうにない場所。

 それでもそこで食べられるコンビニの食事は、二人にとって実に豪華なディナーだった。

 ほどなくして腹を満たした二人は、本職らしく包装を買い物袋に突っ込み、その上で少しばかり本職の仕事をした。




 そして、その先の行動について話し合った。

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