深夜アニメ・やさいの騎士団様

 そして深夜。


 また、テレビ番組はやっている。


 既に日付の変わりかかった頃。


 良い子はとっくに寝ている時間帯。



 バイオリンではあるがやけにアップテンポな曲で流れるオープニングテーマの序曲。


 そこに次々と飛び込んでくるキャラクター。


 緑色の髪の毛をしたいかにもインテリジェンスな青年。

 やはり緑色の髪の毛にオレンジ色の服を身にまとったの背の高い青年。

 真っ赤な服をひるがえす双子と思しき兄弟。

 紫色の鎧を着たボーっとした顔をしている剣士。



 そんなキャラクターたちがポーズを決めながらウインクする。


 そして、四人ともイケメンだった。


 オープニングテーマはスマイルレディーのような歌詞のない穏やかな日常を現したそれではなく、ボーカロイドでもなく、四人を演じる声優が歌う、文字通りのアニソン。声優は当然のように全員女性だったが外見からすれば違和感はなく、アマチュアとプロフェッショナルの違いを感じさせるそれだった。

 

 実際、彼女たちは外の世界でも大人気の声優たちであり、彼女たちの担当するキャラは主役級だけでも数名挙げられるほどだった。


 そしてその四人の主題歌の終盤には、オークと言う怪物に似たオトコが骨付き肉を食い漁っている姿が映る。主人公たちの敵として、非常に分かりやすいビジュアルをしていた。

 その敵キャラがいなくなると、タイトルロゴが出て来る。




「やさいの騎士団様!」


 赤と緑と黄色と紫で彩られたタイトルロゴが輝く。




 そう、いわゆる深夜アニメだ。




 この分野については、特に外の世界からの嫌味が激しい事を誰もが知っている。



 その手の存在が絶対に許せない人間が、「キョーイクにヨロシクナイ存在」を排除しないなら絶対仲良くしてやらないと立て籠もるために、とんでもない大金と資材を使い、さらに女しか生まれない「生殖システム」を作ったとさえ言われた。



「幽霊の正体見たり枯れ尾花、怪物の正体見たりゲームソフト」

「萌えアニメ彼女の頭は燃えアニメ」

「彼女殺すにゃ 刃物は要らぬ マンガ三冊 あればいい」



 それこそ古典俗謡含む何にでも例えられ、一時期は女性だけの町は行く存在はあらかじめ危険な情報を入れないように目と耳を封じておく手術をするとか言うトンデモ話まで持ち上がっていた。

 それらの流言飛語は女性自らの手による「女性だけの町」の完成に伴い沈静化したように思えたが、「第二の女性だけの町」の創立と共にまた浮き上がって来た。


 その揚げ足取りに対する反論として、この町はこのアニメの放映権を買っていたのだ。




※※※※※※




「こんなにもドロドロした代物が外の世界で流行っているとは……室村社とか言う会社も何を考えているのやら……」


 左右田カイコは、六月なのに窓も開けずに寝そべりながらテレビを見ている。

 スーツもエプロンもタキシードも着ず、パジャマ姿でだ。エアコンは動作が鈍く、と言うか配管の動きが悪くほとんど点けていない。


「お疲れの様ね」

「丹治さん!」


 そのカイコの目の前に缶ジュースを置くスーツ姿の女は、丹治勝美。

 思わず居ずまいを正したカイコに対し、勝美は穏やかな笑みを浮かべる。

 外の世界で活躍した経営コンサルタントだった勝美は、このアニメが好きだった。


「残念ながら、まだ私たちはこの手の存在を卒業できていない。確かに私たちはこのような存在をなくすために戦っている。だが人類にはまだ、発電所が必要よ」

「はあ…」

 原発にせよ太陽光発電にせよ、人類はまだ永遠に電気と言う名のそれを動かし続けられるシステムを持っていない。大気汚染や太陽光パネルの廃棄と言った環境汚染のない生活など、未だ誰も成し遂げられていない。一応水力発電はあるが、それらとて発電量は知れているし資材だって消耗品である。


「私たちは本当に女性を救うために立ち上がって来た。でもその行いはなかなか実を結ばず、志半ばで散った同志は山と居た。その彼女たちのためにも、私たちは戦いをやめられない。自分たちがいかに寛容であるか、女性にとって安らげる場を作るか考えねばならない」


 

 左右田カイコと言うこの町の頂点とでも言うべきテレビタレントの住まいは、築二十幾年の3LDKのマンション。いわゆる中流階級が住むそれであり、独り身の彼女には少し広すぎるほどだった。彼女は仕事が終わるといつもここで寝そべり、時々こんなVIPとでも言うべき来訪者たちに相手をしてもらっている。

「スマイルレディーと比べてどう?」

「さっきも言ったようにストーリーはドロドロしていて、登場人物も、シチュエーションも非現実的で、あんな化け物は恐ろしくてかないません」

「でしょう。でも女性たちの中には、このレベルのそれもないのかと二の足を踏んでしまう存在が結構いるのよ。最近やって来た大野さんや多川さんって人も、仕事の後によく見てるとか」

「…………」


 いずれ、こんな事をする必要もなくなるのだろう。


 だがそれまではまだ、仲間を呼ぶためにもこれぐらいの器量を見せねばならない。


「ねえカイコさん、あなたはこの町で生まれたのよね」

「そうです」

「私は外の世界でたくさんのオトコたちに触れて来た。大学で経営学を学び、普通に暮らす物だと思ってた。でもその世界であっと言う間に成功してからね」

「オトコの醜い部分を見るようになってしまって」

「違うわ。他に何かできる事はないかと思ってね。自分一人の成功だけじゃなく、もっと世界を変えたいと思ったの。そこで出会ったのが、あの二人だった」



 経営コンサルタントとしてあっという間に成功した勝美は、富も名声も十二分に手に入れていた。だが中学時代から重ねて来た学問が成就したその成功に空しさを覚え、他に何かできないものかあれこれ考えるようになった。「女性だけの町」の存在は知ってはいたが、少し前にJF党のテロ事件が起きた事やその町について調べた結果自分の入る余地はもうないと判断した勝美は入町を断念。逃げるように仕事に身を委ね、貯金額ばかり増えていた。

「親は仕事を頑張る私を持てはやすばかりで……それに子供はまだか夫はまだかとうるさくてうるさくて……今頃はどうしているのかしら……まあ今年でもう九十歳越えてるからもう死んでるんでしょうね」

 

 そして子どもと言う名の見返りを求めてばかりの親に半ば手切れ金として実家のリフォーム代を払った彼女の下に、二人の女性が現れた。


「酢魯山さんは私に、本当の夢を見せてくれた。私を本当に必要としてくれた。

 そして追川さんも、私を求めてくれた。理想の世界には必要だって」


 最初はあまり積極的でもなかった勝美だったが、幾たびも会う内に本当の「女性だけの町」を作ると言う夢が、これまでの数字ばかりの人生にいきなり飛び込んで来た何よりの果実に思えた。

 そしてこの町が出来ると同時に外の世界での地位を捨て、この町の財政政策をまとめる立場となった。

 それから今まで、この町が回って来たのは自分のおかげだと勝美は自負している。

 

「勝美さんのような人ばかりなら、理想の世界の到来は時間の問題なんですけどね」

「でもね、そうは行かない。段階的に、段階的に進めて行くしかないの」


 段階的に、進めて行く。



 その先には、こんなアニメなど要らない世が来る。



 それを考えるのが勝美もカイコも楽しく、そしておそらくその場にいられない事が少し悲しかった。

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