ドキュメンタリー・「汚された動物たち」

 朝の天気予報。


 午前中の子ども向け番組。


 ゴールデンタイムのバラエティ番組。


 で、スマイルレディーは夕方。




 では、昼間は何をやっているか。


 その日仕事がなかった女性がたまたまテレビを点けて目にしたのは、やはり左右田カイコだった。


 スーツを身にまとい、三角形の赤いフレームのメガネをかけている、左右田カイコだった。


「さて今回は大学教授様にお越しいただき、VTRを見ながらどうして性欲は暴走するのかについての持論をお伺いしたいと思います」


 大学教授と言う肩書で現れた、絹製の真っ黒なスーツを身にまとった白髪の女。自らの研究一筋振りを示すように化粧もまともにせず、テレビだと言うのにすっぴん同然で出て来ている。

「大変すみませんが先生、いつもよりずいぶんと地味な格好ですが」

「女がオトコの目を気にせず堂々とおしゃれができる、それがこの町の本来の意義です。しかし今日はそうも参りません。オトコたちの手により汚された代物を見届ける役目がある以上、その視線を常に浴びているような物ですから」


 当たり前だが女性しかいないスタジオなのに、オトコたちの視線を感じて気を立たせている教授と、それの聞き役の左右田カイコ。

 まさに戦闘服を身にまとったかのような彼女の目の輝きは、実年齢からしてかなり若かった。


「では本日は改めて、外の世界の人間たちがどうしてここまで性欲に掻き立てられてしまっているのかについて、こちらのVTRをご覧いただき隊と思います。

 テレビの前の皆様、もし鑑賞に堪えられぬと言うのであれば、すぐさま電源をお切りください」


 左右田カイコの沈み込むような声と共に、VTRが開始される。




 そこに現れたのは、女子高の制服を身にまとった少女たち。


 ただし皆頭の横ではなく上に耳を持ち、尻から毛を生やしている。

 いやどちらかと言うと、尻尾と言うのが正しいだろう。


「これが昨今、外の世界で持てはやされている代物です。彼女たちは当然ですが本来、こんな姿などしていません。

 いやそもそも、娘ですらありません。暦としたオトコなのです。

 彼女たち、いや彼ら彼女らは元々ギャンブルと言うこの世でトップクラスに危険な存在に駆り出されていた存在です。それだけでも十二分に人間の慰み物と言うにふさわしいのに、死してなおこんな風に尊厳を破壊されているのです」


 ここ最近になり湧いて出て来た、新たなる性欲の発露の体現者。

 元々ギャンブルと言う名の、家庭を壊し人生を壊すトップクラスの悪行の被害者だ、と言うのに。


「尊厳破壊…」

「だいたいがです、元々はただ普通に生活していただけなのに欲望に駆られた人間の手により生態そのものを歪められ、速さと耐久力、そして見た目だけを求めるようになってしまったのです」

「それ以前に人殺しの道具でしたよね。馬と言うのは」

「ええ。そんな血生臭い歴史は、もう必要ないはずです。本来の姿に返すべきです。そうしてあるべき姿を自然が取り戻す事こそ、人類の共存共栄の礎となるはずです。神と言うのは実にひどい存在です」


 馬と言う名の生物は、元から快速を尊ぶ戦争において道具として使われて来た歴史を持つ。それこそ大陸を駆ける馬たちを使いこなして世界の半分以上を手にしたのがモンゴル帝国であり、チンギス・ハーンである。もちろん戦争と言うのは人殺しである。


 さらに言えばそのアニメに出て来る馬の元であるはずのサラブレッドとは、それこそ人間が生涯を歪めた種の筆頭である。名前からして血統を完全管理した人間の一方的な都合の産物であり、平たく言えば人間のしもべである。それだけでも傲慢の極みであり、挙句ここまでされるとは。

 一体彼らは何をしたら神からここまで嫌われなければならないのだろうか。



「はい。では続きをご覧いただきましょう」


 たった一分のアニメを流した後に数分に渡って語り続け、花以外目立つ物などない真っ白なスタジオの中で左右田カイコは無機質に進行する。


 アニメは再び進行し、レースと言う名の力比べに突入する。

 名前からして、全員女にされた存在たちの戦い。

 それを見下ろす、オトコ、オトコ、オトコ。一部の同類項も交じっているが、純粋な女はほとんどいない。


 なんとか記念とか言うレースが始まる。少女にされた生き物たちが走り出し、我先にとゴールしようとしている。


 と、思いきや。

「おっと直線で先頭がいきなり進路を塞いだ!」

「ちょっとナニコレ!」

「……アイツ最悪……」


 いきなりの妨害行為。

 スポーツマンシップの欠片もない行いだ。

 

「見て下さいこちらを!」


 その後始まった、体操着から舞台衣装に着替えてのコンサート。

 絶対楽しくない顔をした少女のコンサートライブ。観客も噓くさい声援しか上げられない空間。


「これこそ、彼らが搾取されている証です!その旨をどんどん世界中に訴えなければなりません。そしてこのような劇物を作る搾取者たちを改心させ、世のため人のためになる物のみを作成させる事。それがこの町の目的です」

「それで今でも私たちは活動を続けているのですが、その旨について次は取り上げたいと思います」


 以後、電波塔で行われているこの一件に対する抗議行動についての映像が延々と流される。




 ——————————この話が、実際にあった現実のレースを脚色したに過ぎないそれであり、進路妨害による降着も、それに伴う繰り上がり勝利も、ともに事実だったと言う事もまるっきり無視して。

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