アニメ・スマイルレディーアクトレス

 どうして自分たちの創作物は他人の心を打たないのか。


 創作者であれば誰もが思い当たる問題だろう。 

 自分たちが必死に思いを込め、見てもらいたいと願っているのに。なぜなのか。


 その答えの半分は「知られていない」事に起因し、もう半分は「つまらない」事に起因する。

 また「知られていない」と言っても「本当に知らない」のと「知ってはいるが関心がない」のと「知ってはいるがどうせつまらないと決めつけている」に分かれ、さらに「つまらない」にも「ストーリーがつまらない」「キャラが薄い」「設定がおかしい」など様々な答えがある。


「スマイルレディー」については「知ってはいるがどうせつまらないと決めつけている」上に、「ストーリーがつまらない」「キャラが薄い」「設定がおかしい」と言う三拍子を兼ね備えている。


 この町で生まれた、女児向けアニメの。







「はあ……」

「やっぱりダメでしたか」

「ああ駄目ね。あんな毒々しく、けばけばしく、何より煽情的で刺激的過ぎる物を子供に見せようだなんて。外の世界の連中は本当に無神経よ」


「スマイルレディー」シリーズの営業スタッフは、何十回目かの売込みの失敗に対して鼻を膨らませている。


「外の世界の連中の考えてる事って本当に分かんないわね。あんなにグロテスクな代物を作って」

「ああいう代物は女の子のためにあるんじゃない、下賤なオトコたちのためだけに存在しているのよ、どうせ作ってるのもオトコかオトコに媚びる女よ。そんなだからオトコたちはいつまで経っても変わりはしないで、この町は永遠に続くのでしょうね」

 スマイルレディーが作られてからもう十年経つ、町の端っこにある古ぼけたビル。そこでシナリオライターも作画担当もアニメ絵描きも、声優さえも一緒になってこの町の自家製アニメであるスマイルレディーシリーズを作っている。無論金稼ぎと言う意図がない訳ではないが、それ以上に世界中の女子に作品を見て育ってほしかったからこそ、売り込みをかけているのだ。


 主人公の声優である左右田カイコもまた、スタジオに入っては声を当てていた。


「これ以上、タリキーズの勝手は許さない!変身!」


 決して正体を明かさないように、物陰で胸に手を当ててゆっくりと目を閉じる。

 五人のスマイルレディーたちがそれぞれの色の光に包まれ、戦闘用の衣装に変化する。


 全身をその色で覆い、顔面さえも目以外隠す。あと少女たちの特徴と言えるのは、なぜか長く輝く髪の毛だけ。

 これについては過剰とも言えるパワーを髪の毛へと逃し、他者への犠牲を出さないようにしていると言う設定である。説明すらされていないが、そんな設定なのである。


 五人の少女たちにより、町の人たちにむやみやたらに暴力を振るう集団ことタリキーズは次々と動けなくなって行く。



「力に頼る愚かさを知りなさい!レッドホールド!」

「暴力の行きつく先は破滅のみ!ブルーアイス!」

「光の力で平和を!イエローシャイン!」

「緑の大地が欲望をいさめる!グリーンキーパー!」

「全ての欲望は闇に消えろ!ブラックイレース!」



 五人の少女の必勝技。

 その連続攻撃によりタリキーズは消え、町は平和になる。

 そして少女たちは誰にも正体を知られる事なく、また日常生活に戻る。


 それが、スマイルレディーのお約束だった。




「で、子どもたちは見ているんですか」

「一応。前作のスマイルレディーフラワーよりはね。でも本当、好事家って連中は面倒くさくてかなわないわよね、三代前のスマイルレディージュエルの第七話と全く同じとかって変なこと覚えてるし。

 正しい正義のヒロインが、悪のタリキーズを倒す事の何が悪いのやら」


 この「スマイルレディーアクトレス」は、スマイルレディーシリーズの九代目に当たる。

 それだけの歴史を持つほどには定着しているはずだが、視聴率は年々低下していた。もちろんアニメと共に発売されるグッズもあるが、その売り上げも正直振るわない。元より人口が知れている町の中のためだけにグッズを作った事で市場価値は推して知るべしでありなればこそ外の世界にも売り込みをかけているのだが、その反応は呆れるほど冷たい。

 実際問題、町に暮らす普通の少女が変身して悪い奴を倒す作品など外の世界では山のように生産されており、スマイルレディーなどその他大勢でしかない。

 いや、同じ町の人間からも以前の作品の二番煎じに過ぎないと指摘されるほどだ。


「子どもたちの事を必死に思い、決して傷付かないように書き記した話であり、キャラクターなのに……」

「第二作のようにならないように、ありとあらゆる世界の存在に配慮したと言うのに……」


 今作のスマイルレディーアクトレスに限らず、スマイルレディーの脚本は様々な人間が話し合って決めている。

 それこそ少しでも配慮に欠くと思われる部分があれば、徹底的に排除し子どもたちに悪影響を及ぼさないようにした。時には追川町長自ら議論に加わり、脚本やキャラデザインについて要請した事もある。

 その結果スマイルレディー第一作はそれなりに好評だったが、第二作の主人公の肌があまりにも黒すぎて特定の人種を揶揄していると町民から非難され、視聴率は高かったが現在ではほとんど黒歴史状態になっている。町長たち議員が乗り出したのもそれからであり、そこから何も問題は起きていない。

 そのはずなのに、なぜ誰も見ようとしないのか、買おうとしないのか。

 

 なぜ皆、揚げ足取りばかりに執着するのか。


 スタッフは、実に不愉快な日々を過ごしていた。

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