子ども向け番組・レッツゴー真四角

「みんな、おはようございます!」



 ニュース番組が終わってから五分後、左右田カイコがピンク色のエプロン姿で現れた。

 その顔に疲労の色はなく、その代わりの様に笑顔が浮かんでいる。

 左右田カイコの側にはいつ何時収録に参加したのかわからないような女児たちが周りを囲み、好き勝手にはしゃいでいる。


「今日も何でも知ってるカイコおねえさんと一緒に遊びましょうねー!」


 カイコおねえさんと並ぶ、三人のキャラクター。

 

 〇と△と、□。そんな三つの記号に手足を生やしただけの、顔すらない頭足人たち。


 一応よく見れば白い紙の向こうに人の顔はあるが、真っ黒な枠と真っ白な手足しかない無機質でモノクロームな「キャラクター」を、女児たちはキャッキャウフフともてはやしている。


「みんな、三人に向かって、声をかけてあげてねー!せーの!」

「まるさーん!」「さんかくさーん!」「しかくさーん!」

「さんかくさーん!」「しかくさーん!」「まるさーん!」

「しかくさーん!」「さんかくさーん!」「まるさーん!」


 全く統一性のない掛け声が、スタジオに鳴り響く。全員が全員さん付けであり、「まる」や「しかくちゃん」とは言わない。そのくせ順番に全く統一性がないのは、子どもだからと言う理由と、左右田カイコおねえさんの教育だった。


「みんな、えらいこだねー!」


 カイコおねえさんの笑顔と共に、子どもたちはバンザイする。本当に自然なバンザイであり、全く曇りのない本物の笑顔だった。

 スタジオ中に取り付けられたカメラも少女たちの笑顔を追い、我が子の笑顔を誰よりも探し求める母親の期待に応える。


 そして子どもたちは、カイコおねえさんの期待に応えられた事と、その先の楽しみに喜ぶ。


「それじゃ、みんないっしょに歌おうねー!だいすき、ママたちー!」


 この町で作詞・作曲・編曲された童謡を、カイコおねえさんと共に歌う子どもたちの顔は、どんな金銀財宝よりも美しかった。




(「やれやれ、今日の子たちはしっかりと出来てたのね……」)

(「少しでもずれたら敵はすぐさま突っ込んで来ますからね……ああ本当、オトコの相手って疲れるのなんの……」)




 その奥で、番組を作っているスタッフが安堵のため息を吐いている事を、子どもたちは知らない。知っていたとしても、あらかじめ親からテレビ番組を作る事は大変なんだとしつけられている子どもたちは反応しない。

 それよりも、以前番組に出た事のある和美のように番組が終わった後のご褒美の方が大事だった。

 中には自信が持てず、おろおろと首を横に振りながらおねえさんにすがり付く子もいた。


「ねえだいじょうぶだったかなー」

「どうしたの?おねえさんとのやくそくをまもれたかなって?」

「うん…」

「だいじょうぶだよ、みんないい子だったから!」


 カイコおねえさんの言葉に不安をこらえては見たものの、実際この番組のスタッフは子どもに対してもほどほどに容赦がなかった。

 カイコおねえさんもスタッフも、その少女の姉が何をして何をされたか、覚えてはいたが気にはしていなかった。むしろそのせいで自分たちのとこに流れてくれてラッキーだとさえ思っていた。

 






 人気パティシエの作った、ショートケーキが。







「今日は、全員成功したようです」


 レッツゴー真四角と言う名の人形劇及びアニメが行われている間、子どもたちと一緒にアニメを見ていた左右田カイコ以外のスタッフたちは総動員でカメラを見ていた。

 このスタジオに来ていた子どもたち一人一人の口の動きを確かめ、「いい子」「悪い子」を見つけ出すために。

 

 結果として「悪い子」は一人もおらず、きちんとみんなカイコおねえさんの言い付けを守っていた。結果、子どもたちに配られるショートケーキはひとつも余らず、スタッフの胃袋に入る事はなかった。


「やれやれ……」


 それでも表向きには成功と言う事であり、安堵する事はあっても失望する事があってはいけない。普通に自腹で食べる物だよなとばかりに、スタジオではしゃぐ左右田カイコに向かって拍手する。


「カイコおねえさんの迫力は抜群よね」

「カイコおねえさんの言う事を聞いて育った子が、また優しくていい子になるんでしょうね」

「その不服そうな顔は何」

「いや何でも、でも私もカイコおねえさんになりたかったなーって」




「カイコおねえさん」の権力は、下手な議員よりずっと強い。

 

 それこそカイコおねえさんが「男は悪い存在ではない」と一言言えば、この町全部がひっくり返るかもしれない。もちろんそんな事などしないのはわかっているが、それでも子どもたちの間では「カイコおねえさん」みたいになりたいと言う子どもが増えているのも事実だった。もちろん「カイコおねえさん」になれるのは「カイコおねえさん」だけであり、多くの子どもたちがカイコおねえさんになろうとしては夢をあきらめたり、夢に近い所に居ようとテレビ局などに勤めている。





 その「カイコおねえさん」が、あらかじめ子どもたちに、三人の名前を順番をずらしながら呼ぶように教えていたのだ。

 三種類の存在を並べる順番は六通りだが、その六通りの呼び方を同じ数ずつに振り分けている。


 それを守った女の子には、ショートケーキが与えられるのだ。




「おねえさんの言葉は、ママにもおともだちにもみんなにもないしょだよ」




 そしてその事は「カイコおねえさん」との約束により、誰にも伝わる事はないないしょのひみつになるのだ。


 約束を守るいい子はいい思いをし、うっかりでも約束を破ればおいしい思いはできない、と。

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