第十章 テレビ番組
ニュース・おはようウェザー
この町のテレビ局は、基本一局しかない。
そして番組表も月曜日の新聞に載っているだけで、それを買い逃すと一週間ほぼ手探りにしかならない。
それでも慣れ切っている人間は別に新聞など読まずとも、感覚でスイッチを入れる。
「皆さんおはようございます!」
アナウンサーの声と共に、いつも通りの音楽が流れる。
いかにも寝起きの時間にふさわしい、アップテンポなメロディー。
やけにキラキラしたスタジオ。
だがなぜか、聞くと眠たくなる人間も多い。
先週の同じ曜日と、全く同じ曲。毎曜日違う曲ではあるが、各曜日の曲は全く変わらない。
海上自衛隊が毎週金曜日にカレーライスを食べて曜日感覚を消さないように、毎週各曜日それぞれの音楽が流れている。
ついでに言えば、画面の色まで違う。
火曜日は赤、水曜日は青、木曜日は緑、金曜日は黄色、土曜日は茶色、日曜日は橙色、そして今日・月曜日は白。
その七色の照明がいつものように輝き、画面を照らしている。
「左右田カイコのお天気ニュース!」
左右田カイコと言う、この町を代表するテレビタレント。
それこそ一日中テレビを見ているような人間ならば左右田カイコの顔も声もまるっきり覚えてしまえるだろうほどに出ている、国民的タレント。
「まずは今日の天気をお伝えいたします。
まず北区は晴れ時々曇り、午後九時から小雨が降る可能性があり降水確率は午前中はずっと10%、午後零時から九時までが20%、午後九時からは30%です。風は弱い予報です。
続いて東区は晴れ時々曇り、午後九時から小雨が降る可能性があり降水確率は午前中はずっと10%、午後零時から九時までが20%、午後九時からは30%です。風は弱い予報です。
中区は晴れ時々曇り、午後九時から小雨が降る可能性があり降水確率は午前中はずっと10%、午後零時から九時までが20%、午後九時からは30%です。風は弱い予報です。
西区は晴れ時々曇り、午後九時から小雨が降る可能性があり降水確率は午前中はずっと10%、午後零時から九時までが20%、午後九時からは30%です。風は弱い予報です」
人口はそれなりにいるとは言え、それほど大きな町でもないはずのこの町の天気予報など一つで事足りるはずだった。
だと言うのに北区・東区・南区・西区・中区と言う味もそっけもない名前をした五つの区に分けられたこの町の天気予報は、大体いつもこうなる。
「…最後に南区は晴れ時々曇り、こちらは午後六時から小雨が降る可能性があり降水確率は午前中はずっと10%、午後零時から六時までが20%、午後六時からは30%で、午後九時からは40%です。やはり風は弱い予報です」
そしてごくまれに少しだけ違ったりすると、視聴者の間で騒ぎになる。別にどうと言う事もない、ただの天候の変化だと言うのにだ。
この天気予報の違いだけで大人たちは時間を潰し、明日は雨がこっちまで来るのかと北区の住民は不安がったり納得したりする。だから、テレビなど見なくとも詳しい人間はわかる。空を見るまでもなく、明日の天気がどうなるかわかる。
「南から低気圧が張り出し、今夜から明日いっぱいにかけて町は雨になるでしょう」
で、テレビの中の左右田カイコは菱形の町の天気図を横手に、淡々と解説する。テレビ向けの笑顔をする事もなく、仕事中である事を主張するかのような真顔。
—————晴天でも日光が苦手な人がいるし、夏などは雨の方が過ごしやすいと言う事は多々あるのです。
とか言う理屈の下、彼女は決して笑わない。視聴者を楽しませてナンボのはずのテレビの人間なのに、彼女の表情は決して緩まない。実に正確な天気予報を、彼女は正確に伝えていた。
もちろん週間予報もあり、五つの区それぞれの天気について毎週詳しくやる。天気だけでなく気温も風も、それこそ三時間単位とまでは行かないにせよ六時間単位での天気予報が出される。
読み上げは言うまでもなく左右田カイコであり、それこそ十分以上ずっと天気予報をやっている。これが毎日のお話である。
そして十分以上にわたる天気予報が終わると、CMが挟まる。
ジュエルドプリンセスと言う大企業のそれを含むこれまたありふれたCMが次々と流れ、CMが明けるとようやくニュースが始まる。
「さて、東区にて起きました殺人事件の……」
だがこのフレーズと共に20%の人間はテレビを切り、次の「続報についてお伝えいたします」のフレーズで視聴者は半分になる。
もう半月も前のニュースを速報であるかのように延々と引きずり、殺人犯及び被害者の背景や事件の詳細について根掘り葉掘り述べる。加害者家族にも被害者家族にも近隣住民にも徹底的に食らいつき、彼女たちの小学校時代のクラスメイトにさえも話が向く事がある。一応顔を隠していたり声が左右田カイコのそれだったりするが親戚知人がいればすぐさま身元が割れてしまう程度のそれでしかない。
もっとも、そんな理由で事件関係者をハブればすぐさまハブり返されるので誰もそんな事などしないのだが。
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