「最期の痴れん」(性的描写注意)
二日目も、五人以上のローテーションで行われた教誨を受け流し続けた東。
時折「話を聞かないと言う事はこの町に留まりたい事である」と脅すと集中するそぶりだけ見せるが、それでどうなる訳でもない。
何せあくまでも教誨であって試験でも何でもないから、わざわざ内容を覚える必要もない。
と言うか、小学校時代から何十回も言われている事をいまさら忘れるはずもない。釈迦に説法であり、いくら劣等生でも門前の小僧よろしく覚えてしまっている経文だった。経文と言うのは眠くなると言うのはこの世界でもびた一文変わらないお話であり、良薬は口に苦しならぬ良薬は頭に眠しとかスラングのように言われている。そのスラングをどうにかしてでたらめにせんと教師たちも考えていない訳ではないが、少しでも刺激的な話は即自分たちへの心のダメージとなる。
いや、それこそ全てを失う種となるかもしれない。
(何を言えば彼女を救えるのか……下手にこねくり回せば揚げ足を取られるし……)
例えば、ついふた月ほど前に小学生に対してある例え話をした教師がその親たちから一斉に揚げ足取りそのものの難癖を付けられ大炎上。
学校側は問題とは思えないと教師をかばったが、親はその教師がかつて外の世界でいわゆる援助交際をやっていたとでっち上げてその情報をばらまき、否定されるとその教師を殺害すると言う暴挙に出たのだ。まだ裁判は結審していないが、懲役五年行くか行かないかと言うのが津居山の見立てだった。
手に負えなさそうな患者の対処に困った津居山がテレビを点けると、子ども向け番組をやっていた。
「ああ、またか」
この町に来た時には既に二十を超えていた津居山にとって、何の面白みもない番組。
子ども向けの「絵本」のキャラクター。
〇と、△と、□のキャラクター。
常に三人とも敬語でしゃべり、決して喧嘩などしない。実に平和な世界がそこにある。
たまに「×くん」が出てきて、いろんな悪さをする。○さん・△さん・□さん三人合わせて、×くんをやっつける。いつもの事だ。だがこれが、子どもたちには実にいいらしい。
これで飽きた子どもたちはスマイルレディーに移り、それきり関心を持たなくなる。まれにその手を引きずる人間のために深夜アニメがあるらしいが、津居山からしてみればどうでもいい存在だった。
とにかく、これ以上東を苦しめたくない。
だがやるしかないと思った津居山はまたコーヒーを飲み干し、マグカップを地に叩き付けて戸棚から引きずり出した黒い直方体を握った。
「これからあなたに見せるのは、外の世界にて蔓延しているウィルスです」
そんな病院らしい口上と共に、東を病院の中の「特別診査室」に案内する。
そこには東の実家にあったテレビの数倍の大きさのモニターがあり、その下には最終試験用と言うテープが貼られた直方体がたたずんでいた。
「これが、最期の痴れんです。これこそオトコたちの好む物であり、これを乗り越えねばあなたはあっという間に食い物にされます」
「はいはい」
「はいは一回です!」
「はい」
「最期の痴れん」。
別に、誤字でも何でもない。本当に、「最期の痴れん」。もちろん耳で聞く分には「最後の試練」と全く変わらない。
だが「最期の痴れん」と言うのは、完全な公式名称だった。
「じっと、見つめるのです。決して逃げてはなりません」
「早く始めて下さい」
「その覚悟は見事な物です」
いつも通りの皮肉も通じそうにないとわかり、津居山はビデオテープをデッキに押し込む。普通なら担当医師にでも任せればいい要件だが、この日ばかりは自分たちの手で何とかせねばならないと思って。
しょぼくれた顔をした男児が、崖の上から液体を垂れ流している。
言うまでもなく立ち小便だ。
その行いがどう思われているかなど論を待つまでもないし、男児と言う点で不愉快な存在だった。
しかもそれを見張るような存在までいる。どれだけ変態気質なのか。
と思っていると、急にその男児らしき心音が鳴り響く。
そしてそのまま、その男児の服がいきなり破け出し、人間からバケモノになってしまった。
「見て下さい。オトコと言うのはきっかけさえあれば、すぐさまバケモノになれるのです。しかも放尿姿を見られた直後にです」
それで興奮してそうなったのだと言いたげに、津居山は息を荒げる。一方東は無言で怪物と化した男児の暴れぶりをにらみ続け、何のリアクションも取らない。
やがて怪物と化した男児がおとなしくなり、と言うか元の姿に戻る事となるのだが、先ほど服が破けたと言う現実に合わせるかのように怪物は生身の肉体に戻って行き、当然ながら男性器も剥き出しとなる。
つい先ほど放尿した、体中で一番汚いだろう場所も。
「そして暴れるだけ暴れておいて、そのまま無責任に寝てしまう!これがどれほどまでにオトコが無責任か!そして一方的に破壊を行いその後始末をびた一文する気がない証であるか!その事はこれだけでも明白です!」
無力なる女が頼れるのは、結局弁舌と頭の回転のみ。
その後も次々と飛び出す男児たちの露出や蛮行、それらが外の世界では特別でも何でもない一般的な文化としてもてはやされると言う現実。
さらに
「こんな大自然に生きる尊重されるべき生命さえも、彼らの手にかかればこの通りなのです」
小学校ぶり以来に見せられる、野生動物たちが、マイ・フレンズに変化して行く有様。
そして—————。
マイ・フレンズたちが、野生動物さながらに野蛮とも言えるやり方で体を貪り合う姿。
どこからどう見ても、「交尾」でしかないそれ。
「そして野生動物の自然なはずの営みさえも、彼らの手にかかれば欲望と欲望の合わせ技でこうなってしまうので、う…
ああ失礼、これはマイナス13+マイナス9ではありません、13×マイナス9です!」
口を抑えながら、外の世界でも18歳未満お断りと言われそうな二次創作の代物は垂れ流され、マイナス×マイナスがプラスになるのは紙の上の話でしかないと津居山自ら吠える。いくら見せられても全く慣れない醜悪な絵面に終わったらコーヒーを四杯飲もうと津居山が決意する中、東はやはりちっとも動かなかった。
その顔にどれほどの無念と悲しさと恐ろしさと、本来持ち合わせていたり湧き上がったりすべき感情があるかどうか確かめる勇気など津居山にはなく、かろうじて同席していた一人の看護師だけが彼女の変化を感じ取っていた。
満点合格だと言う答えしか出せない、変化を。
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