「法廷」
「では東さんはこの町を一刻も早く去りたい、そう申されるのですね」
「はい」
東が町役場の次に生かされたのは、法廷だった。
正確に言えば示談などに使われる部屋だが、それでも一般住民が裁判所に行く事など一生に一度あるかないかである。
その裁判所の一室にて、真っ黒な服を着た女性が東の前に紙を差し出す。
東が紙に一瞬だけ目線をやりすぐさまふざけてるんですかと言わんばかりの視線を投げ返すと、黒服の女性は舌打ちをした。
「このレベルの注意力がなければオトコにはすぐ食い物にされますよ」
「知ってます」
一見まともな書類に見えたそれに躍る文字は、「ひとよひとよにひとみごろ・くぁwせdrftgyふじこlp」。
そして挙句に一番下には「私はこの町に骨を埋める事を誓います」と来ている。
こんな書類にサインすれば、とても追放などされるはずがない。
「実際引っかかった人がいるのですか」
「思い直したと言いなさい。実際十二人ほどいましたよ。ただその内の十一人がすぐさま再び追放願を出して来ましたが」
残り一人は自殺した事など、黒服の女性は言わない。
こんな安っぽいにもほどがあるブービートラップに引っかかるなど、どうせ外の世界でも同じ結果にしかならないだろうからと言う理屈だ。
「私たちはあくまでも、真剣に心配しているのですよ?外の世界には欲望に塗れたオトコたちとそのオトコたちに媚びる事しか知らない、女たちの自立を阻害せんと欲する女しかいないのです」
「でも皆さん外から来たのですよね」
「そんな女性は決して多くありません。残念ながら我々は外の世界にそんな広いつながりを持っていません。あくまでも共感する人間を誘導するのが精一杯です。いつ何時オトコが立ち寄って来るかわかりませんからね」
女性だけの町の住所を知る人間は、世間で言われているほど多くない。
もちろん女性だけの町と言う名の地方自治体を作るに当たり住所その他はきちんと定められているが、この町ではわざわざ住所を長々と述べる必要などない。住所があったとしても○○区○○町○○△-△-△ぐらいで、わざわざ「第二の女性だけの町」だなんて住所欄に書かないのだ。
「世の中にはこの町をハーレムとか言うふざけ切った存在と勘違いするオトコが山のようにいるのです。最初は第一の女性だけの町にそんな幻想を抱いたようですがね!」
「そんな甘い事はないと」
「ええそうですとも!ですが外の世界から見れば私たちはその点非常に優れているように見えるのでしょうね、オトコ慣れしていないから!」
「慣れてはいるつもりです」
「ならいいんですがね!あの女よりはよっぽど体力もありそうですし!
あなたみたいなガンギマリ女ならばどこでも暮らせそうですね!」
黒服女の言葉がどんどん荒くなって行く。
つい数日前も、一人の女がこの町を出て行った。
表向きにはゴミ処理業者と言う事になってはいるが、それこそ表向きのそれだけでしかない。
退職金をかっぱらい、外の世界へと逃げて行ったどうしようもない女。
東と同じように何の当てもなく、ただただ楽園追放を望んだ頭のおかしい女。
「ずいぶんすごい言葉ですね」
「すごくありませんよ、ガンギマリ女はガンギマリ女です。まあ今になって思えばゴミ処理業者とか言うごもっともな肩書に隠れてあんなコピペ作業に勤しんでいたような人間ですからね」
「意味が分かりませんけど」
「すみません、この前やって来たガンギマリ女の事です。私だってそのバイトをやってはいますがね、渡された原稿をコピーするだけの簡単なオシゴトなのにわざわざ徹夜までするだなんて信じられますか?」
「ああそうですか」
本来、追放希望者担当の職員など暇であってしかるべきはずだ。
そんな閑職に配属された際にはもっと仕事をしたかったのにと人事担当者を恨み、そしてその片手間で業務時間中に原稿をコピーするだけのバイトをして所得税にも引っかからないほどの小銭を稼ぎ回り、月に二度ほどランチを豪華にしていた。
だが時が経てば経つだけ出世した訳でもないのに忙しくなり、そのバイトをする必要もなくなった。その事を悩みながらも喜んでいるのも事実であるが、それ以上に自分の仕事が忙しくなるのにも腹が立った。
「私はそんなことしていませんけど」
「攻撃に快感を感じるのでは外の世界の人間と変わりません。この町には防衛力があればいいのです。そのために個々人皆強化しいつ何時来るかわからぬ不逞の輩を寄せ付けぬようにせなばなりませぬ。と言うかわざわざそこに飛び込んでいくのですか」
「知っています」
東の短絡的とも思える言い草に対し係員はいきなりペンを投げ付ける。
東がとっさに右手で払いのけると係員は深々と頭を下げながら
「ですからそういう事なのです」
と定型句を繰り返す。
そこに心からの謝意のない事は明らかであり、その上で悪意のない事もまたしかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます