第九章 「追放希望者」
「追放希望者」
オトコたちが女たちの要請により作った建物の一つが、病院である。
ある大きな病院は当時の最新設備、技術の粋が注ぎ込まれ、多くの住人が通・入・退院していた。
中にはここでこの世を去る住人もいたが、基本的には平和だった。
だが平和な病院があると言う事は、そうでない病院もあると言う事だった。
その病院に入ってくる患者は、ことごとく重症者である。
それこそ生きるか死ぬかの瀬戸際にいるような患者ばかり引き受けているその病院の院長や看護師たちは、常にピリピリしていた。
「また来るそうですよ、患者」
「本当、何なのもう…!津居山院長も閉口してるでしょ……」
「ええ……」
患者と言う名のお客様の到来にも、医師は頭を抱えるばかりだった。
生きるか死ぬかの瀬戸際とか言うが、実際に生きてこの病院を出て日常生活に復帰できたのは十人に一人以下であり、文字通りの魔境だった。
「結局は患者次第なのにね……」
医師にしては無責任極まる発言だったが、実際その通りだった。
「助かる」も「助からぬ」も、結局は本人次第。それだけではないか。
別に人生を語る気もないが、それでも本人が助かりたいと思えば助かるはずなのに、なぜ諦めるのか。
その事が、この病院に勤める医師たちも従業員たちも不可解で仕方がなかった。
※※※※※※
さて、その病院に向かう事になる患者たちはどこから来るのか。
その質問の答えは、町役場だった。
「あの、本気でおっしゃってるんですか」
「はい」
「当方といたしましては第一の女性だけの町以外推奨できませんが」
「構いません」
「東さん、冗談ならば余所でおっしゃってくださいますか」
係の女性が一枚の用紙を持ちながら真剣なようなもてあそぶような調子で東と言う名の女性に語り掛けているが、東はまったく真剣な表情だった。
「……では追放を希望なさると言う事でよろしいのですね?本当によろしいのですね?」
「はい」
—————追放希望者。
この町を出て行く人間の事をそう呼ぶ。
これは第一の女性だけの町と同じ単語だが、これについて文句を言う人間は多くない。一応数年前に「放逐」「出立」「不帰」など独自の用語を考えようと言う議題が出された事があるがどの案も半数以上の賛成を得ず、現在でも「追放」が使われている。
追放と言う、それだけでも十二分に行為者にとって情けない単語。
それで現状では不足していなかった。
「言っておきますが、この町を出て行ったとして当てはあるのですか?」
「ありますけど」
「私はバラエティー番組に出てるんじゃないんですよ」
「それは知ってますけど」
「まさかオトコに体を売ってとか」
「ハァ?」
係の女性が嫌味ったらしく責め立てるが、東も全く引かない。自信満々にイエスと言い、その上で何も知らないかのようにすっとぼける。
今更決断した物を、変えさせるのは困難だ。実際、追放希望者の中でここで考えを改めたのは一万人のうちの七人であり、係の女性も半ば諦めていた。
「あなたがたは文字通りの生娘、それこそ外の世界のオトコたちからしてみればどんな金銀財宝よりも価値のあるオタカラです。それこそあっという間にむしゃぶりつくされ、後には骨一本残りません」
「散々学んで来ました」
「目、鼻、髪の毛、胸、腰、尻、オトコはそれこそ何にでも欲情できます。どんなに顔を覆ったとしても勝手に無限の妄想をし、欲情の対象にします。ああさっき言いましたが骨の一本からでもできます」
「知ってますから」
東は、外の世界での一般的基準からして「美女」ではない。化粧っ気も全くなく、それこそ仕事一筋とでも言うべき女だった。だがそれにしては手足は細く、胸部もあまり迫力がない。遺伝子操作により作られた受精卵の一つである彼女はたまたまそういう「恵まれた」肉体をしておりその部分に迫力を持ってしまった同級生から羨望のまなざしを受けていたが、同時にそれでも外の世界では欲情する男がいる事を知らされ、さらにそれの方がより悪質だと彼女らから知らされもした。
かの海藤拓海も母の友人の友人からその手の男により略取監禁されてしまったと聞かされてからはその肉体が嫌いになり、だんだんとふさぎ込んでしまった。
そしてそのまま社会に出て清掃業に就き十年近く過ごして来た彼女の生活がどんな物であったかなど、想像に難くはない。ただでさえこの町では格の高いとは言えない清掃業、それも下水道やトイレなど汚くて臭い所ばかりをやらされて来た彼女は当然ながら恋愛に縁などなく、友人もまともにいなかった。それどころか清掃業だと名乗るだけで一部の店舗から立ち入り拒否され、いくら訴えかけても梨の礫だった。
こんな職業差別に東の心は傷付き、彼女は余計にふさぎ込んだ。
「まあそこまでと言うのならば法廷に回しますがね……」
「お願いします!」
東が追放を希望したのはまったく無理からぬ話なのに、係員からしてみれば実に不可解だった。
どうしてこうも、頭のおかしい連中が多いのかと。
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