第二の女性だけの町が生まれた訳

 —————○○町町長は△△社社長より袖の下を受け取り、こんな代物を掲載した。



 そんなテンプレートを渡された多川の首が、激しく縦に動いた。


「多川さん、ではどういう意味かお分かりいただけるでしょうか」

「本来ならばそんな必要もないのにそんな事をするとは、と言う合理的な理由を見出そうとした結果です」


 多川が外の世界にて勤めていた会社は、大手の旅行代理店だった。

 その旅行代理店にて先述した通りハゲ親父によりセクハラ・パワハラを受け退職、そしてこの女性だけの町に流れた。


「するとあのオトコも!」

「意識の低い妻のせいで…かもしれません。とにかく私たちは世界の人間を救わねばならないのです。決して金銭欲などに溺れることなく!」

 気合を込めた声と共に突き付けられた二枚目、三枚目、四枚目のテンプレート。




 —————○○は家族に内緒で△△社から女を宛がわれている。

 —————○○の妻は△△社から金を受け取り○○を反対しないように言い含めている。

 —————△△社の幹部は○○に対し逆らえば家族の命は保証しないと言われた。




「敵は手を変え品を変え、こちらを脅かそうとしています。我々は世の女性たちの心を変えねばなりません」

「女性たちの…」

「先ほども申したように、まだこの世界の女性たちは自らに向けられた毒と悪意に対し鈍感です。気付かぬ内にすり減った心に入り込んだ毒物は彼女たちの心を犯し、オトコたちに隷属する事を良しとしてしまいます。

 最悪、放置ではなく加担する人間もいます。あなたならご存知でしょう」

「ええ。私の同僚であった女性たちも気にし過ぎ、会社潰す気か、挙句あなたはおかしいとか」

「私たちも何度直面した事か、オトコに喜びそうな代物を差し出している人間が女だったと言う事態に……!」

 

 性欲を満たすがためだけの絵を発見するや男性作だと思い込んで動き出し、デザインが女だったと言うケースは枚挙にいとまがない。その度に冷笑を好む連中からは馬鹿にされ、中には「これだから女だけの町は」と町そのものを馬鹿にされる事もある。

 電波塔ではくれぐれも女性作者の作品を「これだからオトコは」と言わないように教育を徹底しているが、結果として女性が作り出したオトコ向け作品を覚えねばならなくなり、それが何とも腹立たしかった。

 もちろん「女性が作った作品を汚すとは何事だ」と言う理屈はあるが、その二次創作品が男性が作った作品であると言う保証はない。それこそ相手の全てを知った上で批判しなければ自分たちの言葉は届かなくなる。


「いずれ私たちは……」

「そうです。女がここまで激しく拒否反応を示していると言う事を示さねばならないのです。

 オトコの罪で、この町は出来ています。第一の女性だけの町とは違います。そう、そしてそれこそが何より重要なのです」




※※※※※※




 今から二十幾年前。第一の女性だけの町ができてからおよそ四半世紀後の事。




 第一の女性だけの町の成功を見た数多の移住希望者が、第一の女性だけの町へと殺到。

 だがその頃から既に第二次産業偏重による社会の男性化の端緒を感じ取った女性たちが移住を渋り、そしてその原因が女性たち自らの手で町を作ったと言う事を知って流れは一挙に変わった。

 

 資金を出す事さえまともにせず、オトコたちの罪を並べ立てた。

 戦争も、犯罪も、男性の方が多いと言う事実を突き付け女たちの弱さを、現在進行形の痛みを訴えた。

 それこそ地球最大規模の慈善事業と称しクラウドファンディングを行い、世界中の男性から寄付を募った。募らせた。

 

 その立役者が追川恵美子現首相であり、尾田兼子誠々党党首であり、経営コンサルタントであった丹治勝美であり、九条百恵施設長だった。

 彼女たち四人とそれに付き従う存在と共に、共に世界中の大義である事を知らしめた。

 政治家たちさえも動かし、この町を設計図通りに作らせた。




 それこそが、この町の勝利の証であると追川恵美子たちは確信していた。




※※※※※※




「この電波塔も、町議会場も、道路も、水道も、電線も、何もかも。

 自分の罪を認めた男たちの手によりできています。女が介在する事は何もありません。女たちが持ち込んだのは、正義と、それを実行するための道具だけ。男たちのこれまでの罪の上に、私たちは立っているのです」

「でも…」

「何を言っているのですか。これまで戦争を起こし、女のみならず男も、この星さえも傷つけて来たのは男。その贖罪のためには、こんな事など序の口です」


 文字通り、男性により作らせた町。

 女性のために、誰も傷つかないユートピアを、オトコたちの手により。


 それこそ女性の勝利の証であり、オトコが罪を認めた証。


「それこそオトコたちには何千年単位の補償を払ってもらう必要があります。男たちの支配により歪みに歪み切った世界を、あるべきそれに戻さねばなりません。私たちはこの町、いやこの楽園を守るのです。自分たちの罪を分かろうとしない人間たちに」

 



 そのはずなのに。

 オトコたちの動きは一向にやまない。


 今日も風紀を平気で乱して回っては自分たちの事など忘れ、目先の金と快楽のためだけに動いている。


 この前は警察官と言う最も治安を守るべき職業を集めるための公告に、事もあろうにあんな煽情的な画像を使っている。目と胸ばかり肥大し、不自然なほどに腰の細い女を。しかも尻からは茶色の尻尾を生やし、頭には三角形の耳を二つ付けている。

 また何とかかんとかとか言う漫画を描いた奴がデザインしたのだろうと思うと、教官ははらわたが煮えくり返ってしょうがなかった。


「研修が済み次第、あなたにはまずこれを作った人間をたしなめてもらいます。どうかお願いしますよ。決して張り合おうなどとせず、あくまでも理で世界を変えるのです」



 教官はたしなめるとか言う言葉を使える自分が実に慈悲深く、そして実に寛容に思えた。

 ただでさえ道路の整備不良で出社ギリギリになってイライラしていた所に出くわしたそんなシロモノのせいでこっちは殺意さえ抱いていたと言うのに、そんな存在を一時とは言え許せている自分は実に立派だと器の大きさに感心し、そして海藤拓海をテロリストとして死なせた第一の女性だけの町に対する怒りと軽蔑を隠さないでいる自分が嫌いではなかった。


 その自分がどう見られているかなど、彼女にとってはどうでも良かったのである。

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