新人教育

 彼女たちの仕事は、たいていこんな結果を迎えてしまう。


 情熱は何よりも大きく、そして活発で行動力に満ち溢れている。


 世界を自分たちの思うが通り、世界中を自分たちが住むような楽園に変えるために悪を提示している。

 誰もが手間を惜しみ自分たちが燃えるのを恐れて近づかない中、それをやってのけてみせている。

 それなのに、誰も付いて来ない。


 幾たびも、幾たびも繰り返された経験だった。この町の、この職場に暮らす人間にとって、何百何十回目かの挫折。それでも、誰一人匙を投げだす事はない。

 十五階が合う人間もいれば、下の階が合う人間もいる。合川や穴山のような下の階の人間に必要なのは、不屈の闘志か鋼のメンタルだった。


 話せばわかる。決して諦めてはいけない。

 その強い気持ちが、世界をいずれ変える。




 それが、彼女たちの信念だった。




 一方で、十五階の人間に必要なのは集中力だった。




※※※※※※




「多川さんは」

「三階に勤める事になっています」


 ついこの前この町入りした大野は、十五階の研修をしていた。


 入町者は外の世界での境遇によって各場所に振り分けられ、強姦事件の被害者はその中でも最上級のそれとして電波塔の職員にされる。

 そうしてその電波塔にて研修を受け、適性を見られて配属される。もし電波塔に適応できないとされても、町内の企業に就職するルートが待っている。それもほとんどがデスクワークで、外に出る事はない。あったとしても、配属後数年経って成果を挙げられないとか言うケースだけである。

 

「このパソコンの画面をよく見て下さい」


 角度22.5度の扇形の画面に映る、青い点。大野はマウスを握り一般的な矢印のカーソルを動かし、青い点に合わせる。

 左クリックすると、青い点が消える。

 それを繰り返す。

 極めて簡単かつ単純な作業だ。


「では次です。赤は見逃し、青だけを叩くのです」


 今度は青い点と一緒に、赤い点が混ざる。


 青のみをクリックし赤をスルーする事が求められる、2番目の研修である。

 一応前職でそこそこはマウス慣れしていた大野はマウスを動かし、素早く左クリックを行う。中央へと迫って来ている青を消し、赤を消さないようにする。


「あっ」

「ひるんではなりません」


 だがそれでも間違って赤をクリックしてしまった時にはひるみそうになり、その度に手を止めないように指摘される。結果として三十分の間に五回赤を間違って押してしまった大野だったが、その事に対する注意は何もない。ただその反動で手を止めてしまった事だけが注意された。

「この仕事において重要な事は、一つたりとも青い点を中央のラインまで入れない事です。今回は青い点を全く通さないことには成功しましたのでまあ初回としてはかなり優秀と言えますが、任務時はこれを少なくとも一時間連続でやってもらう事になります」

 八時間勤務と言っても連続八時間マウスを押し続ける訳ではないとは言え、最低一時間も画面とにらめっこするのはかなりの忍耐がいる。

「この青を全部消せと」

「そうです。一応トイレや食事などの間に変わる人員はいますし、しばらくはそういう役どころになるとは思います。

 ですがそれでもこの戦いは永遠に終わらない文字通りの聖戦です。終わりがあるとすれば外の世界から女性たちを苛む全てが滅び、真の意味で男女がわかり合えるようになる日までです。この世界の平和のため、人類の永遠なる繁栄のために」

 教育係の口調に全く乱れはない。


 彼女もかつて男に襲われて外の世界の高校を去り鬱屈していた所この町に拾われており、大野の気持ちはよくわかっているつもりだった。それこそオトコたちに目に物を見せるために下の階に勤務していたがなかなか成果が上がらず、かと言って十五階に転属するには身体能力の足りなかった彼女に新人指導役と言う役職と、伴侶と、娘を与えてくれた町に対する忠誠心は誰にもケチを付けられないほどであり、彼女の目に魅入られた大野の指も活発に動いていた。

 






 そして多川も多川で、文章の書き方を習っていた。


「そんなにも無茶な額を要求している訳でもないのですが。人生を賭けると言うのはそういう事です」


 黒いパンツスーツを着、真っ白な帽子を被る教官の姿は大野の担当と変わらない。そのメリハリのあると言うよりちぐはぐなその姿は、ほんの三か月前から投入された新コスチュームだった。


「いいですか、決して感情的になってはなりません。少しでも感情的になれば敵はすぐさまそれはお前の気持ちに過ぎないと揚げ足取りに来ます。あくまでも理論で、決してそれがあなたのためにならない、そう諭すのです」

「はい」

 教官により技量も違えば、スタンスも違う。決して手を抜く事なく押し込んで行けと言う教官もいれば、彼女のようにあくまでも冷静かつ理性的にやれと言う教官もいる。


「外の世界にはびこる存在を、一つずつ潰して行く。そのために我々はいるのです。そのためであれば、思いをぶつける事は重要です。例えば、こんな風に」


 そして後者であるはずの教官は、こんなテキストを多川に見せた。




 —————○○町町長は△△社社長より袖の下を受け取り、こんな代物を掲載した。

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