「神の裁き」
「まったく……!」
合川は歯ぎしりしながらキーボードを叩いていた。
「どうしたの」
「どうしたのじゃありませんよ!ったく、ほんのちょっと熱くなっただけで…!」
電波塔の職員たちの主な活動は、それこそ説得だった。外の世界で悩みを抱く女性たちを勧誘し、自分たちの主張を訴え引き込むと言うのが主な活動だ。
だと言うのに。
「このアカウントは凍結されています」
あまりにも無慈悲な一文だった。
そのアカウントで活動を行う事は出来ないと言う、実質的な死刑宣告。あらかじめ別アカウントは作っておいたと言えど、合川からしてみればあと一歩の所だと言う感触はあった。
「これじゃ十五階への異動願いも通りそうにないなぁ……」
「十五階は私たちとは違う世界よ。澄江さんなんかあんなにのほほんとしているのに仕事ぶりは凄いらしいからね。って言うか十五階に行きたいならブツブツ言ってる暇はないわよ」
「そうですね……ああ今日は別方向で行くかぁ……あと一歩で一方的に媚を売る事しかできないような自分勝手なくせに脆弱な存在に愚かさを思い知らせる事が出来たのに……」
それでも別のサイトに作っていたアカウントに切り替えて活動をするほどには、合川は力強い存在だった。目の前の敵を味方に変えようとして失敗した悔しさはあるが、そんな事で振り返ってなどいられなかった。
「ここまで煽情的な衣装を公開するなど、あなたは痴女でしょうか。
もし自分に自信が少しでもあるのならば、もっと自分の魅力をこんな遊女めいたそれに依存する事なく正々堂々と振舞うべきです。
まああなたが進んでそのような格好が出来るほど勇敢であれば当方は何とも申し上げませんが、当方は決して友好を結ぼうとは思いません。
いつかあなたの趣味趣向を理解してくれる奇特極まる存在に遭う事をお祈り申し上げます」
最後の一行は誤字ではない。緑色と言うか抹茶色のやけに丈の短い吊りスカートを着た女性に対して合川が抱いた印象を真摯かつまっすぐぶつけ、その上で冷静に締めくくったつもりだった。
実際、そのSNSに載っていた彼女の衣装は合川から見ても色味でごまかしてこそいるがひどく煽情的で、オトコたちの欲情をそそりそうだった。ましてやその衣装に紐づけられたタグにあるお姫様コーデとか言う単語と来たら本当に気持ち悪い。
「合川さん、また口さがない連中が騒いでますよ」
「穴山さんもちゃんとやってるの!」
「やってますよほら。それよりこれですよこれ」
合川とは対称的に冷めた顔をした穴山と言う名の職員もまた、彼女に向かってメッセージを送っていた。
「他に服がなかったの?」
とだけ。合川のそれと違い極めて短文だが、言葉としては十二分に重たいはずだった。
それなのに
DKNDKS(どこかの誰かさん) 00:26
またいつもの連中かよ
デザート食いたい 03:58
こいつらのがよっぽどダサい
明日田栗鼠九 05:11
せっかくの衣装にケチをつけて足を引っ張るダメ人間
アラフォーサンジ・三児大好きママ 06:51
この人通報します?
と、文字通りの袋叩き状態。
たまに
なかたちきみひら 00:37
>DKNDKSさん
「まあまあ落ち着いて下さいよ、合川さんって人にも事情があるんでしょ。
とかこちらに寄り添おうとしている風のメッセージがあった所で
これで金貰ってるんだから」
と、ある意味よりひどい言葉が返って来ただけだった。
「一人でも共感者がいればすぐさま接触を図りたいのですが」
「いないの?よく見たの?」
「いましたよ。ですが彼女のページを追った所とんでもない仕打ちを受けました。運営にも抗議しましたが梨の礫です!」
そして一人だけ合川に同調したユーザーを知りそのアカウントへとアクセスした所、そのアカウントはいわゆるサブ垢であった。
そこまではいいとしても、いわゆる本垢に踏み込んだ合川が見せられたのは、18歳未満お断りどころか死ぬまでお断りレベルの醜悪な画像の塊。
自作のそれもブックマークされたそれもどれもこれも見るに堪えないそれであり、勢いに任せて全部運営に通報した。
これは、「神の裁き」だ。
ソーシャルネットワークと言う名の公共施設に汚物を流し続けた因果応報と言う物であり、この程度で済んでいる事を感謝して欲しいぐらいだった。
ほんの少し、「彼」自身の描いただろうイラストをあちらこちらに転載して貼り付けてやったと言うのに。
誰一人として、彼の事を非難しない。非難されるとすれば合川であり、それも無断転載がどうたらこうたらでしかない。でないとしても全然関係ない場所に貼り付けるなど空気を読んでいない、公序良俗を乱しているのはお前だ、と言う論旨のそれが飛んで来る。
「割り込みについてはお詫び申し上げます。しかし世の中にはここまで醜悪な存在があるのです。皆さんに人の心があるのならばかような存在を廃絶すべく今すぐ立ち上がってください」
そう丁重に答えたはずなのに、一日もしない内に荒らし扱いされる。
しかも、合川が足跡を刻んだありとあらゆる場所でだ。
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