第八章 「海藤拓海」

「海藤拓海」

「電波塔」は、第一の女性だけの町の「管制塔」とは違う。


 管制塔が「精神治安管理社」と言う名の大企業のシンボル的存在だったのに対し、電波塔はあくまでも町議会の支配下にあった。

 ゆえに権限はそれほど強くなく、「管制塔」から生まれるブランドが第二の女性だけの町にはなかった。第一の女性だけの町では管制塔のグループ会社や管制塔御用達と言うブランドにより、多くの人間たちがある程度満足した職場を得られていたのに対し第二の女性だけの町では管制塔ほどの大グループ企業はなく、ギリギリ大企業レベルのそれがいくつか並んでいる状態だった。

 

 もっとも、そんな議会の傘下である組織でも頂点にいれば話は別である。




※※※※※※




「施設長様」

「若宮か」


「十五階」のさらに上の、十八階。

 

 施設長と呼ばれた、目付きも体躯も鋭い女性・九条百恵は若宮と名乗る女性に向かって立ち上がり頭を下げた。


 九条百恵。

 元々は警察官であり現在は電波塔の施設長と言う名の組織の長に立つ女。

「十五階」の職員さえも、彼女には抗えないほどの存在。

 そんな身分でありながら頭を下げるのをやめないのはオトコなどには屈せず女の礼節を守ると言う百恵のけじめであり、礼儀でもあった。


「お食事をお持ちしました」

「礼を言う」


 彼女の食事は、基本的に若宮などの部下が運んで来る。十八階はそれこそ仕事用のスペースとトイレと階段しかない文字通りの頂点であり、それこそそこにいる存在が人間である必要がなくなればトイレさえも要らないほどだった。

「で、此度また議会は第一の女性だけの町に抗議するようですが」

「また梨の礫で終わるのだろう。まったく、どこまで頑迷固陋なのか……私がいた時とちっとも変わらない……」

「ええ、あの町はもう完成してしまっていると綿志賀議員も嘆いておりました」


 弁当箱を開けながら、米粒をこぼさない代わりに愚直をこぼす。


 もう五十近いにもかかわらずプロポーションは引き締まっており、生半なオトコならば何人がかりでも組み伏せられなさそうなほどだった。私物など存在しなさそうな場所だと言うのに、ハンドグリップとダンベルだけは片隅で黒光りしている。


「完成と言うのは安定であり、安定と言うのは腐敗の始まり……」

「四十年と言う時は世界を固めるのに十分すぎます。母子どころか祖母孫まである年の差です。その間に二度も大規模なテロ事件が発生したと言うのが、あの町が限界だと言う証拠です。この町と違って」



 若宮は百恵と違い、この町生まれである。だがそれきりこの町から出た事がないのは全く変わらず、百恵ほどではないが筋肉も付いていた。

 十五階の人間と比べると体重も重く、それでいて体脂肪の少ない体。

 自分がこんな体に生まれて来た時はコンプレックスを抱き腐っていたが、中学校時代に百恵と出会ってからは自慢するかのように体を鍛え、現在の立ち位置を得た彼女。


 そんな彼女が生まれて知ったもっとも多数の被害者を出した事件は、十二年前に発生した一家四人斬殺の放火殺人事件だった。犯人は被害者一家を次々と斬殺し家屋に火を放ち、最後には自ら包丁を胸に刺し自殺。

 警察の調査で職場いじめが原因による復讐殺人とされたがもちろん後味は最悪であり、町中が沈んだ空気になった。

 だが第一の女性だけの町で起きた集団テロ事件の死者は二件合わせて千人近くになると言われており、犯行組織となったJF党・正道党の党員を合わせると二千人を超えるとも言う。四人VS二千人、あまりにもその差は大きい。もちろんテロ事件の犠牲者は死者だけではないので、負傷者なども含めれば下手すれば五ケタかもしれない。

「オトコと言うのは理由さえあれば何にでも欲情できるのですね」

「ああ。私のように女性的な部分をいくらそぎ落とそうとしても無駄だ。何が戦乙女だ、戦う女性と言うもっとも弱弱しさのない存在にすらごもっともな肩書を与えて性的欲求を満たすなど。少しでも隙を見せれば奴らはすぐさまむしゃぶりついて来る。いや、ないはずの隙を探してやって来る。町長たちが言っていたように、既にこの町さえもネタにされているかもしれない」

「ええ…」

「自分たちが揶揄されたらどれだけ傷付くか考えもしない。こうして私たちが動いてから四十年、いや二十五年以上経つのにまだ意地を張り続けている。あるいは…」

「それはいけませんよ!」


 いけませんよと言ってはみるが、若宮は九条が何を望んでいるかわかっている。


 この世界から一日も早く、争いをなくしたい。


 そのためには、禁断の果実をも平気でかじる。

 それぐらいの覚悟はできている。


「フフフ……冗談だ」


 そんな自分を止めた部下に対し、九条は笑う。その笑顔は、同じ町の住民にも見せないほどに美しかった。

「それで、今度の教科書の事だが」


 だがその笑顔はすぐさま消え、先ほどよりはややましな程度の引き締まった顔になる。


「教科書ですか」

「ああ。まだ副読本の段階に過ぎないだろうが、いずれは主要人物、歴史の証人として彼女の名前を載せねばならない。彼女の名前を」

「彼女を」

「海藤拓海をだ」

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