「何にも変わらない」

 肉体的な力。

 社会的な地位。

 そして金銭。


 その全てを得た人間の事を、社会的に何と呼ぶか。



 「成功者」以外の、何でもない。



「人間は欲深い生き物です。力を得てしまえばどうしても使おうとします。いくら寛容の皮を被っていても、腕力を持つ存在はそれだけで脅威となります」




 物理的な暴力こそ、この世界でもっとも忌むべき力。


 女性が安心して暮らせる社会にとって、もっとも恐るべき力。




 そこから逃れるために、女性だけの町を作ったはずなのに。


「人間はどうしても個体差があります。しかしあまりにも大きな力を持つ存在は抑制されねばなりません。物理的な力強き者がそれ以外の物を得れば、必ずやオトコたちと同じ過ちを犯します。

 物理的な強者である存在が暴威を振るい物理的な弱者を虐げる話は枚挙にいとまがありません。その際にいくらそれではオトコと同じであると言い含めてもなかなか響く事はなく、かと言って暴威に暴威で対抗すれば説得力を失います」

 暴力に暴力で対抗すればそれは戦争以外の何でもない。だが刑法にかかる年齢でもない存在同士の暴力行為はいかんともしがたく、教師の言葉もなかなか通らない。

 大人たちが決して争わないようにと四六時中言い聞かせているのに一向に騒乱は止む事がなく、その事が原因となっての転校・退学の問題はちっとも減らない。


 要するに、この町をもってしても暴力を学校から排除しきれていないのだ。

 もちろんそんな少女たちは内申書では社会的不適合者と言う烙印を押されまともな学校には進めないが、それを二十年以上繰り返してもなお一歩も進まないのが現実だった。



「第一の女性だけの町は、もはや女性だけの町ではありません」



 それなのに、だ。

 第一の女性だけの町では、第二次産業と言う名の体力自慢の人間に高給取りと言う名の地位を与えている。


 聞けば、その手の「女性」は外の世界で工事現場で働く人間よろしく声は大きく、美容に関心が薄く、汚れる事をいとわず、しかも大半が大酒呑み。酒臭さを漂わせながら「女房」を延々待たせ続け、風呂に入って大いびきを掻いて寝ると言う——————————。




 何にも変わらない。

 どこまでも古臭い、「DVオヤジ」ではないか。




「当然ながら腐臭がするのでしょうね」

「ええ。女性なのに男性的な臭気を放ち、言動のみならず容貌さえもそちらに寄ってしまうとか。にもかかわらず、少なからぬ女性が彼女の財布に誘惑されて婦婦となり、さらに子供まで作ってしまうとか」

「確かにそれはもう、ただの「夫婦」ですね」


 DVオヤジに付いて行く、自尊心の欠片もない隷従するだけの女性。


 これが、婦婦と言う対等関係であるものか。


 「夫婦」と言う、「夫」が「婦」に優越する関係そのものではないのか。


「無論共働き家庭も多数あります。しかしどうしても収入と言う名の実力差が、二人の関係を歪めてしまいます。同世帯同収入、正確に言えば収入格差が±10%などと言う家庭は手元の資料によれば15%程度です。ましてや娘持ちともなると50世帯に1世帯以下でした」

「片方でも第二次産業に従事している場合は」

「片方がいわゆる専業主婦である家庭を差し引いても収入格差は平均で2.5倍、専業主婦である家庭を入れると4倍近くになります」


 あまりにも莫大過ぎる格差。

 家庭の中に、公平などない。

 誰の稼いで来た金で暮らせると思ってるんだとか言う、この世で最大級の暴論がまかり通る世界を想像するだけで、追川恵美子を含む議場の面々は震えた。


「この町にも婦婦間での収入格差はあります。しかし収入が多い方が物理的な力を持つ事はありません。無論皆無とまでは行きませんが」

「弱き人間が強き人間の暴威の脅える事もない素晴らしい社会がここにある…ですが第一の女性だけの町にはない、と……」




 この時、誠々党と尾田兼子は議会を支配していた。

 

 まったく知らなかった訳ではないにせよ、あまりにも奇形じみた醜悪な実態。


「第一の女性だけの町」はもはや、「女性だけの町」ではない。



 文字通りの、マッチョイズムが支配する町。


 ヒャッハーとか言いそうな人間が、我が物顔をしている町。


「ですが尾田議員、私は第一の女性だけの町における第二次産業の給与はその大半が私企業ではなく税金であると聞き及んでいます」

「追川議員のおっしゃる通りです。第一の女性だけの町ではそれこそ町を挙げて第二次産業を活性化、と言うか盛り立てているような状態でありまさしくDV男製造マシンなのです。

 それなのに……………!」


 それなのにの先の言葉は誰もがわかっていた。




 真っ先にできてしまった。




 いや、ほとんど女たち自らの手で作ってしまった。



 

 その際に実際に建造物を作ったのは第二次産業の人間であるから、大事にしなければならない——————————。


 確かにその通りではある。だがいつまでそんな過去に囚われているのか。




「我々は、第二次産業への偏重を戒めよと提言するべきであると提案いたします」

「……では両党の案が出揃ったと言う事で、各案についての賛否の議決を取りたいと思います」


 酢魯山議長の声と共に、議員たちは投票を行う。

 そうして何度もやっている自己犠牲と、自ら血を流した人間たちの末裔への後から来た存在への諫言は実行に移されようとしていた。







 もっとも、実は第一の女性だけの町も糾弾されるに相当する真似をしているのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る