「第四章 女性だけの町とそれ以外の異同」

「女性だけの町」の最大の欠点として外からよく言われるのは、「エンターテイメントの欠如」である。


 古来より民衆はパンとサーカスを与えておけば満足すると言われているが、この町にはパンはあってもサーカスがない、だからあんなテロ事件が起きたのだとか言う意見も存在している。


 それについてはまた後述するとして、よく

「男性が作る性的と見なした表現から逃れるために女性だけの町を作った」

 とか言われる事もある。

 そのため表現規制がやたらに厳しく、少しでも肌を見せれば性的であると判断して粛清されるとか言い出す人間までいた。またこの世界には絵本だけでも三通りある、紙を無駄にしているとかディストピアの象徴だとか批判をする人間もいた。


 だがそれは当たっていない。

 例えば「三匹の子ぶた」においてBバージョンと呼ばれるそれでは、レンガの家を作った豚は自分の家の鍋に入り込んで来た狼を食べてしまう。

 実はこれは原典にかなり近く、狼が熱さで苦しむのに対し子ぶたはじっと火を強めるだけと言うずいぶん過激な事をやっている。はっきり言って表現規制されていたらできない演出であり、この点についてはむしろ寛容なのだ。ちなみにAバージョンと言うそれはほぼ我々の知るそれに近く、Cバージョンでは最初と二番目のわらと木で家を作った子ぶたは狼に食べられている。Bバージョンだとレンガの家に逃げ込んでいるのにだ。

 


 またこの町とて、明るい所ばかりでもない。


 アングラエンタメ施設を標榜する町外れの住宅街に紛れた店舗の中には、女性だけの町の住民がいかにも忌み嫌いそうな派手派手しい女性の姿があった。

 くわえタバコのうらぶれた顔をした彼女曰く、それらの女性を好きなだけ殴れる施設らしい。儲かるのかと疑ったが、実際店を潰さない程度には客も来ていると言う。

 そしてこれらの情報をどこから得たのかと言うと、何と外からの「輸入品」だと言う。そう言えば自分が知っているキャラクターではないなと思い後で調べてみると、なんとここに来る半年前に発表されたばかりの美少女擬人化アニメのキャラクターだった。いわゆるコミックマーケットなどで売られている同人誌を買い上げ、それを持ち込んで参考にしていたらしい。中には転売ヤーから買ってしまう事もあり、その事で町に不利益をもたらしたのが問題にもなっていたらしい。

 もしこの本を読んでいる中でその手のキャラクターを題材にしている同人作家がいるのであれば、少しだけ気にしてもいいかもしれない。この本もまた紙の無駄とか言われてしまうのも覚悟の上で執筆して来た以上、そういう事なのである。

 またこれは真偽定かならぬ話だがかつて女性だけの町から来た一人で全誌を買い占めて他の読者に触れさせまいとする過激派とでも言うべき存在もおり、そのせいでかえって市場を潤わせたとか言われている。


 長々と書いたが平たく言えば、そのアングラエンタメ施設もまた、ある種の国家公認の施設なのだ。

 男性やその手の存在が好みそうな女性を徹底的に叩いて楽しむと言う悪趣味な施設が、である。


 一応テニスコートやゲームセンターのような表向きと言うかそれらしいエンターテイメント施設はあるが、ゲームセンターにあるのは古めかしいクレーンゲームやいわゆるプリクラ、さらに言えば文字通りの骨董品とでも言うべき半世紀前の対戦ゲームである。いや半世紀前とか言うが、生産されたのは何と五年前だった。にもかかわらずこの機体には得点機能もなく、ただ左右にカーソルを動かして点を相手に押し合うだけの、それこそ原始的なそれでしかなかった。

 さらに言えば、テニスコートのような場所にすら得点表示はない。お互いにルールがわかっていれば必要ないとも言えるが、実に寂しい。

 と言うか勝負をはっきりと付ける事を、町全体で嫌っている風潮がある。あくまでも遊びは遊びに過ぎず、それに真剣になるなど意味不明。

 あくまでも軽くたしなむだけでいい。

 飽きられても構いはしない。

 そういう事なのだろう。


 あるいは「エンターテイメントの欠如」と言う文句は、それを意味しているのかもしれない。

 だが残念ながら女性だけの町で放映や発行されているドラマや漫画などは実際どう褒めても古めかしいとしか言えず、表現も王道と言うより陳腐だった。デウス・エクス・マキナも何度も見たし、題材もほとんど変わらない。この町でトップだった女優が外の世界で全く通用しなかった事からしても、演劇のレベルは相当に低いと言わざるを得ないだろう。


 そしてこの「エンターテイメントの欠如」が何に由来しているかと言うと、やはり「悪」の排除だろう。

 この町の仮想目的は「性差別の消滅」であり、別に「男性からの性差別の排除」ではない。

 第三章で述べられたように嫁いびり姑やお局様とか言う真似をする人間も男性的な暴力を振るうような人間と同じく嫌われているとすれば、その目的もわかる。

 おそらく、少しでもその手の行いをすれば「女性も女性で悪い所があると言われる」のを徹底的に嫌がっているのだろう。確かに女性だけの町が外の世界により大きな影響力を持つためには必須とでも言うべき話であり、それゆえにそのような立派な人間に憧れる人間が女性だけの町へと引っ越そうとするのだろう。

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