「第三章 婦婦の生活」
「婦婦」と言う言葉がある。
平たく言えば「夫婦」の事であるが、女性だけの町では「婦婦」と言う言葉を使う。読み方は「ふふ」であり、女性だけのカップルと言って差し支えない。
当然の如く両名は家庭を持ち、住居を共にし、財布を共にする。それは夫婦と変わらない。もちろん第二章で述べたように子どもを持ち、育てる事もする。
私がこの本を書くに当たり取材した婦婦には娘がおり、言うまでもなくこの町で産まれた少女だ。彼女と出会った時はまだ幼かったが、今では立派に成長しているのだろう。
さて時に、専業主婦と言う単語は女性だけの町に存在するのだろうか。
そういう疑問を抱いた方もおられるかもしれない。
私の取材した中で言うと、確かに存在している。私がもっとも密着させてもらった婦婦の内片割れは、紛れもなく「専業主婦」だった。もちろん最初からと言う訳ではなくその前は出版社勤めだったが、子どもをもうけたのを機に退職したと言う。いわゆる寿退社であり、この辺り外の世界とちっとも変わっていない。あるいはパートタイムとかで働かないのかとか言う意見もあるかもしれないが、実際子どもをもうけてなお親類縁者やベビーシッターに預けて働くケースは多くその辺りも外の世界同様である。
私が取材した婦婦が専業主婦ができているのは、片方がゴミ処理業者である事が大きい。
ゴミ処理業者と言う職業は、女性だけの町においては花形職業である。ましてや現場主任ともなると収入は一般的なサラリーマンの三倍とも言われ、公務員扱いと言う事もあり文字通りの超エリートだった。ただ内勤になるとさほど給料は高くなく、そのためゴミ処理業者内でも現場への異動願いを出す存在が絶える事は全くないと言う。
言うまでもないが、ゴミは汚いし臭い。肉体的にも精神的にもあまり良い仕事ではなく、それこそ必要ではあるがあまりやりたいと思わせるそれではない。だがそんな職業が賃金体系ひとつで花形になるのだから、人間とは欲深い物である。私だってこの本の原稿料を上げてもらいたい物だが、そうしたら競争相手が増えて私の本が売れなくなってしまうかと思うと複雑である。
閑話休題。片方がゴミ処理業者である一方で専業主婦となった女性の仕事は出版社勤務のサラリーマンであり、特にどうと言う事のないいわゆる平社員だ。簿記の資格を持つ一般的な事務員である彼女の給与はだいたい外の世界と差がなく、それこそ子どもを養い切れるか怪しい額でしかないと言う。それこそ七十歳八十歳で子どもをもうけられる世界で少子化も何もない物だが、それでも子どもを作ると言うのは大変である。
とにかく、その婦婦のようにどうしても収入格差と言うのは生じてしまう。
どちらもほぼ同じだけ稼ぎ交互に子育てを行うと言うのが理想なのだが、どうしても所得や時間などによって婦婦内でも格差と言う物はできてしまう。
そうなるとどうなるか。その答えがこの婦婦にあった。
そう何の事はない、原始時代力の強い男は外に出て獲物を狩り、そうではない女は家に籠って子どもたちを守っていた。
要するに「強い」方が外に出て、「弱い」方が家に籠る。
そんな何千年前から続いて来た人類の、いや生物の営みがそこにあるだけだった。
この事実に対し、矛盾を感じる読者もいるであろう。
男を排したはずなのに、結局「男」と「女」の構図は変わらないではないかと。
それでは「女性だけの町」に、何の意味もないのではないかと。
しかしその婦婦の「夫」は、極めて優秀な「夫」である。仕事は真面目で酒に酔う事はあっても家に持ち込む事はなく、娘にも真摯に向き合い無論暴力など振るう事はない。文字通りの理想の「パパ」であり、娘にも慕われている。
またこの町の優秀な所として、いわゆる「ママ友」の争いはほとんどない。この町の住民は幼稚園児の頃から乱暴狼藉や好色などの男性的な悪だけでなく女性的な悪も行わぬように徹底的に教育されており、仲間外れや陰口などはめったになく、また嫁いびり姑やお局様とか言う存在はほとんど人権がないレベルにまでなっていた。
その理由についてはまた項を改めて解説するが、平たく言えばこの町の住民は極めて人間的に完成された存在が多いと言う事である。それが先にも述べたように自律的な町を通り越した国とでも言うべき集合体を作り出し、現在まで保っている。これは間違いなく偉業であり、女性だけの町が成功したと言う証ではないだろうか。
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