「第二章 肉体的な闇」

 この町の住民は、産婦人科にて産まれる。


 そのために腹の中で十月十日を待たねばならない訳ではなく、ちゃんとしかるべき場所に子どもを持ちたいと言う申請を出し、収入・家庭環境の条件などを精査した上で認否が下される。


 そのしかるべき場所と言うのは、産婦人科だった。

 決して役所ではない。産婦人科だ。



 そしてその期間も非常に短い。

 とある婦婦(女性だけの町におけるカップルの事)が子どもを求めて産婦人科に申請してから子どもを実際に「産む」まで、時間にしてわずかひと月だった。


 事前の申請はもう少し早くから行っていたようだが、それでもその精査機関を含めても二ヶ月に届かないと言う。要するに、環境が良くてその気になれば子どもを持つ事はすぐできると言う話だ。

 そのため「出産」年齢は非常に幅が広く、ある一年の間に下は十六歳から上は八十四歳までの女性が「母親」になったと言う記録さえもある。八十四歳の女性はそれから四年で亡くなりその娘は彼女の「孫」すなわち「伯母」に育てられているらしいが、これを濃い家族関係ゆえの温かさと見るか複雑怪奇な話だと見るかは読者によって分かれるだろう。もっとも大家族主義とでも言えるかもしれないその形態はあるいは大時代的との懸念もあるかもしれないが、大家族と核家族に善悪の区別などない以上「女性だけの町」ではそれが最高の形態なのかもしれない。


 ではどうやって子供を選ぶのか。


 それは文字通り、確率である。


 いわゆる十六進数の0~Fの十五通りの数字を十六個組み合わせたそれからランダムに1つの数字が選ばれ、その数字の受精卵を人工子宮に入れてひと月かけて育て、赤ん坊として「母親」に渡す。


 それこそ、組み合わせは656,8408,3557,1289,0625通りになり、つまり生まれて来る赤ん坊は656京8408兆3557億1289万625分の1の存在である。

 1回の射精に付き出る精子の量がおよそ3億だから、文字通りの桁違いだ。


 そんなパターンの違う卵子を、しかも全て女性として産み出す。それだけの研究があってこそ女性だけの町で子供を産むと言うのはようやく実現する訳であり、そこでそうやって生まれた子どもが成長し普通の性行為を行い母親になれるのか、その「実験」は行われているし実際何人か子供は産まれている。性別の方も男女ともほぼ一対一であるように女性性としての機能は果たせているようだが、これから先その遺伝子が広まって言った場合どうなるのかについて不安がない訳でもない。



 まあそれはここで語る事でもないしここまでとするが、その19ケタに及ぶ可能性の中には大変優秀なそれもあれば残念ながらそうとは言えないそれもあるのは悲しい事ながらその通りだった。


「ロストナンバーと言うのがあります」


 産婦人科に取材した際に、取材担当者からそう言われた事がある。


「4020 957C 8053 EDC2」

「3075 3186 6526 F423」

「ACDE F208 463C 6EE0」


 これらが、ロストナンバーらしい。

「これらの番号は、もう二度と存在しません」

 さきほど656京通りと書いたが、実際には数千通り近く少なくなっているらしい。


 そのほとんどがJF党事件や正道党事件などでの加害者であり、そうでなくとも犯罪者のナンバーだった。出生前診断の変形であり差別的だと言われかねない話だが、反対意見は現在上がっていないらしい。656京から10000減ったとしても100兆分の1だけの減少に過ぎない以上、わざわざ顧みる必要などないと言う事なのだろう。

 またこの町の住民が656京通り全て生まれるのと人類が滅亡するの、どちらが早いかと言う問題の答えは余りにも簡単だろう。太陽に地球が飲み込まれるまであと50億年とか言うが、その前に太陽は肥大化して地球は人間が住めない星になっているとも言われる。



 そしてロストナンバーと言う名の葬られた存在があれば、もてはやされる存在もある。

 人間が経済活動を行う生物である以上、どうしても勝ち組と負け組は存在する。言うまでもなく勝ち組とは第二次産業・第一次産業を行える人間であり、平たく言えば体力に優れた存在である。この町ではスポーツは勝敗と言う概念がいさかいを生みやすいと言う事から未発達だがそれでも体力がある人間=富裕層として地位を築くと言う土壌からしてそういう肉体に生まれた人間は勝ち組であり、その手のナンバーは隠語としてゴッドナンバーとも呼ばれている。

 もっとも656京通りの中から同じ番号を引く確率など計算するだけ無駄な話だが、ロストナンバーが消えた結果ほんのわずかながら可能性が上がりゴッドナンバーが被ると言う全くあり得ない話でもない。


 いずれにしても、出生の差と言うのはどうしても消えようがないのも事実なのだろう。

 

 親ガチャも子ガチャも、結局死にようがない概念かもしれない。

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