給仕たち
自分が昨日までいた部屋の、数倍豪華な家具が付いた一室。
「大変ご苦労なさったのですね」
「あの…」
「給仕でございます」
給仕たちが中性的なパンツルックのスーツを着て、次々に現れる。彼女たちも言うまでもなく入町管理局の職員であり、その手の仕事の専門家だった。彼女たちがこの町生まれかどうかは半々であり、外の世界で接客業の経験を積んで来た者もいればこの町で育ち入町管理局の給仕役に配属された人間もいる。前者の方が腕前は優秀であり、後者はどうしても劣る。もちろん後者でも経験を積めば…と思いきや、どうしても入町者からの評判は上がらない。
言うまでもないが、町の新たなる住民を決める入町管理局と言うのは十五階や議員ほどではないがエリートの集まりである。それこそ遊ぶ暇もなく勉強に勉強を重ねて来た人間が多く、彼女らの中には十五階を含む電波塔勤務が叶わずにそれに次ぐエリートである管理局に配属された人間もいた。
そんな人間にとって接客サービスなどまったく未知のそれであり、それどころか話術さえもままならない者が多く存在した。営業スマイルも怪しく、飲み物を運ぶのさえももどかしい。前者については監察官として外から入って来る住民を迎えるのに必要なスキルだったからまだよかったとしても、後者は本当に中学生かそれ以下のレベルだった。
もっとも、大野に振り分けられたのはそんな人間たちではない。正しい意味でのエリートたちだった。
「ご必要な物はございますでしょうか」
「えっと、とりあえず気持ちを落ち着けるための…」
「かしこまりました」
それだけのフレーズと共に、スーツの女性たちは音も立てずに部屋を出る。粗野さは欠片もなく、非常に出来上がった作法。何より、心地よい声色。
ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように大野はベッドに横たわり、瞼を重くする。
あの時以来、満足に眠れていない。
誰も彼も、なぜわかろうとしないのか。
(相手の了解も得ずに、一体何のつもりよ!どいつもこいつも、一体どんな感覚している訳!あの淫乱ババア!あの子だけでも、何とかしてやらなければ……)
ウブ過ぎると笑われた、自分の親たちに。
自分を誰よりも守ってくれるはずの親たちに。隣の住民に自分がいかに辱めを受けたか相談と言うか救援を求めたのに返答は
「あらまだだったの?」
でしかなかった。
本当ならば籍を入れる方が先だとかこちらの用意がないのにとかさらに訴えたかったが、自分と同じ女性のはずの存在からそのように騒ぐなど全く意味不明だと言わんばかりの反応をされた物だから、今心の中で思っていた言葉を五十路半ばの女性にぶつけてやった。出された茶碗を投げなかっただけ感謝して欲しいと思いながら当てもなく走り出し、同僚の女性たちにその事をわめきまくった。
そしてそのうち一人から教えてもらったのが、「女性だけの町」だった。彼女も誘ったが、断られた。
(誰も当てにならない以上、自分で何とかするしかない。本当、無責任で無神経なんだから!)
勝手に開く瞼に負けまいと細かい字を見てやろうと思うが、その字面を見るだけで血圧が高まって来る。
「反省する点が全然違うっての!」
彼女の父母から届いたメールは、今この世界で最も人を殺せそうな呪詛だった。
「あなたには真面目に生きてもらいたいと思い、また気恥ずかしさもありその手の知識を教え込むのを避けていました。本当に好きな相手でなければしてはいけないと言うのは全くもっともですが、それと同時に夫婦と言うのはお互い譲り合いお互いを支え合う物です。確かに此度は彼がかなり強引であったようですが、ここまでの反応をするあなたもどっこいどっこいであると言わざるを得ません。私たちがあまりにももったいぶりすぎた事がいけないのですから、決して彼を恨まずにいて下さい。私たちもこの年まで夫婦を続け——」
この後はもう大野は読んでいない。
まるでこちらが悪いかのような言い草で、相手の事をまるで責める気がない。向こうの親に言ってやろうかと思ったが、そんな気力すら湧き上がらない。何が悲しくて両親の毒親ぶりを思い知らなければならないのか。
「お休みでしょうか」
「いえ…」
そんな調子で頭を抱え込んでいた大野の下に、給仕の優しい声が入り込む。相槌を打ちながら頭を動かすと、鼻に匂いが侵入してくる。
「これは…」
「カモミールティーです」
何度も飲んだことがあるはずなのに、香りも味も今までのどれよりも優れている。
「落ち着きましたか」
「落ち着けました……あの…」
「いえ、ここに来たばかりの方々は興奮冷めやらぬ事も多いのです。ようやく大難から逃げ切り安堵し、心が落ち着くと自分を動かした感情が出て来るのです」
「はい…」
「いましばらくお休みください。まあ、しばらくと言うか二、三日ここにいてもよろしいですから」
ここに来る人間がどんな存在か、しっかりと弁えた上での処置。
後で自分の母親と同い年である事を知らされた大野の顔も心も、すっかりとろけていた。
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