第三章 特権階級

「監察官」

 この町の住人は、言うまでもなくこの町で「生まれた」人間と移住者に分かれる。


 そして後者を受け付けるのが、監査官と言われる存在だった。




「ふむふむ、動機は…」

「外の世界であふれる風俗紊乱な代物を見るのが嫌になりまして」

「いつ頃からですか」

「二年前です。私の職場にその手のイラストが入り込み、風紀紊乱であると訴えたのですが梨の礫で、事もあろうに女性から気にし過ぎと言われ…」

「なるほど。苦労なさったのですね。それで希望の職種は」

「何でもいいですけど、できればその手の代物と関わらないのが」

「わかりました。その方向で考えさせてもらいますが、あくまでも我々は紹介するだけですから理想通りとは行かないかもしれない事を申し上げさせていただきます。ではまたいずれ連絡いたします」


 監査官は、電話なり対面なりPCチャットなりで移住希望者たちのそれを聞く。もっとも対面するのはほぼ移住が決まったような人間の最終確認に近く、ほとんどは電話やPCやスマホなどでのチャットだった。これもまた、スマホを通した面談である。


 そして速攻で、通信を切る。


「彼女が無事にここに来られますように……」


 決して冷淡な訳ではない。すべては相手の事を慮ってだった。


(下半身に支配された男たちはいつ何時どこからこちらを見ているかわからない。いや、正確に言えば何をオモチャにするかわからない連中が多すぎる……そしてその事を誰もわかっていない……)


 彼女はこの町で「生まれた人間」であり、「B700 C189 ECC6 C890」と言うパスコードを持っていた。そのパスコードがあるのは「十五階」の証であり、本来ならばこうして「面接」を行う役目ではなかった。電波塔勤務の前に現場を経験しろと言う事でこうして配属されている彼女の仕事ぶりは同期でもトップクラスのそれであり、「栄転」も時間の問題だと言われている。


 そんな彼女の昼間はいつも、弁当だった。三日から一週間に一度はコンビニ弁当だがそれ以外は手作りであり、その気になればそっちでも生活できるほどバランスも色どりも、もちろん味も優れていたしレパートリーも豊富だった。飲み物は自販機やスーパーで買うようなそれだったが、逆に言えばどんな飲み物でも対応が利くほどには汎用性の高いメニューを作っているとも言えた。

 だがそんな彼女の弁当に注目する人間はいない。多くの同僚は併設されている社員食堂で適当にランチを選ぶかコンビニやスーパーで適当に食べ物を買うかのどちらかで、彼女とその食事に興味を示すような殊勝な存在はいない。そんな同僚たちを、彼女は見下していた。


「この町に来る人間は二種類しかありません。ひとつはこの町こそ人類の未来であると信じてやって来る気高き存在、もうひとつは世界に居場所がないと感じ最後の望みを託してやってくる人間。それらに対し正確な応対ができないと言う事は、世の中に絶望を与えると言う事と同義語です。無論邪なる連中の目から逃れると言うのも大事ですが、一人でも多くの人間を我々の手で救わねばならないのです!」


 彼女はそんな事をまったく迷いなく言う。しかも常に大声で、かつどこででも。仕事を始める前も、終わった後も、たまの休日の時でさえも。

 少しでも面接の対応が雑な人間がいると、殺せそうな目でその相手をにらむ。その視線に耐えかねてあらぬ声を出してしまったり、椅子から崩れ落ちてしまったり、ひどいのになると股間を濡らしたと言う話まであった。

 もちろん上司から指摘されなかった訳ではないが、通りいっぺんの謝罪だけで終わった。そして言うまでもなく仕事の成績は一番だった上に真面目だったから、当然ながらあっという間に出世。

 百人以上が関わる入町管理所の中で彼女より年下は十人もいないのに、彼女は監査官を通り越して実質所長になっていた。


「監査か…ああすみません、所長」

「監査官でいいです」

「ああすみません、今連絡が入ったので」

 だが本人は所長と言う名の現場に関われない職務に付くのを嫌い、今でも監査官と言う肩書のままだった。元々「十五階」の職員になる事が半ば約束されたエリートだったから所長になどなる必要がないと言う事でもあり、同時に所長足らんとしている存在に所長と言う地位を任せるべきだと言うごもっともなおはなしでしかない。


「もしもし、はい…」

「すみません、すぐにでもそちらに移住したいのですが……」

 今度は電話だった。スマホを手に取りながら、通話をつなぐ。声からして緊急性の高さを感じたその手つきはいつにも増して重たく、それでいて切れがある。

「どういう事でしょうか」

「ええ、その、実は…」

「どうしたのですか」

「つい二日前、強引に、その……されたんです……」




 強引に、された。


 その言葉だけで、彼女には十分だった。



「わかりました。住所はおわかりですか」

「はい……」

「では明日にこちらへ来てください。明日がダメならばなるべく早く、いやむしろ遅いと思うならばすぐこちらへどうぞ、持てる限りの物でよろしいので」

「はい……………」

「ちょっと時間は!」

「私が残業すればいいだけです。いいですよ残業手当など」


 翌日の自分の予定など、全く無視である。

 実際翌日の彼女の担当の予定は空いていたが、それでも迅速だった。

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