「襲撃事件」

「あーあ、かったるいなー」

「これも真に治安を守るためです」

「神ちゃんは本当に真面目よね」

 

 神ちゃんこと神山に指摘されながらも、澄江はいつも通りソフトを立ち上げる。


 そこにはゲームじみた画面と、多数の点が並んでいる。

 青と、赤の点が。


 そして澄江は青の点に向けてマウスを動かし、次々とクリックする。


「ったく、数が多いわよね本当」

「三交代でやっても追いつかないぐらいですからね、って言うかその交代時間もなくして欲しいですけどね」


 いわゆる「十五階」は三交代勤務であり、一日八時間労働ではある。

 澄江は午前八時~午後四時の昼勤務であり、一見エリートに見えるが給与面ではやや安かった。

 と言うかすなわち残る二人の勤務時間は午後四時~午前零時及び午前零時~午前八時であり、彼女たちは夜から朝まで働いて朝から十五階の仮眠室で眠り、昼の間に買い物などプライベートの用事を済ませ…と言う事も珍しくなかった。



 そしてそんなある意味極めて過酷な彼女たちの仕事が、これだった。


「この仕事はあっちでも変わらないんでしょうけどね」

「こっちでは四十八人体制だから、あっちは何でも話によれば六人だとか」

「うわー……」


 全方位に向けての防衛体制を六人、それもやはり三交代でやるなどあまりにもザル過ぎる。一応最近は四交代にして八人にしたらしいが、それでもあまりにも過少だと言わざるを得ないと澄江たちは思っていた。


 その点この町においては、東西南北はおろか北北東から南南西までの十六方向をひと方向当たり三人で守っており、さらにそれぞれの休日に合わせ余剰の職員もいるので実際は五十人以上いる。もちろん第一の女性だけの町にもその手の職員はいるが、それを足しても十人少々なのを思うと極めて多人数だった。

「これだけの人間を擁さなければ安心なんてできないよね」

「そうですよね、って言うかおしゃべりは後にしてください」

 マウスは私物ではなく支給品だが、それでも一年も持たずに潰れる。それこそ二十四時間で休憩時間が一時間もないような使われ方をしているからしょうがないと言えばしょうがないのだが、それでもこの戦闘兵器は文字通り物言わぬ機械としてオスと言う名の敵を駆逐している。

 町中を正義の雷が覆い、男根を持った生物が次々と消し炭になる。個体認証システムとでも言うべきそれが男女の区別を正確に行い、次々とオスの生き物を排除せんと焚き付ける。

 去勢とか言う、まどろっこしい手段など取らない。


 入って来たのが悪い。


 徹底した防衛体制。


 無二念打払令。


 それは、女性の尊厳を守るための、聖戦。


「まあ私だって、好きでこんな事をやっているんじゃないんだけどね」

「そうですけどねお互い、こんな日が来なくなることを祈りましょう。女性たち自らが成長して、男性たちに何が正しいかを教えられるその日まで!」

 そう口にしながらマウスを動かし、クリックを続けている。その度に外では小さな音が鳴り、生物が死んで行く。正真正銘の真円状の都市を守るかのように鳴るその音は音量こそ小さいがこの町における最高のBGMであり、これに憧れて電波塔の「十五階」職員を目指す人間も多い。聖戦を彩る音楽であるともてはやすような人間までいた。




 ——————————この聖戦を自ら打ち壊そうとしたのが、女たちだった。







「正道党による襲撃事件」、その話を聞かされた時には呆れるとか悲しむとか言う前に笑った。

 

 追川恵美も、座間澄江も。




(彼女たちの希求をどうして無視したのでしょうかね……)



 あまりにもぬるい、ぬる過ぎる。

 恵美は第一の女性だけの町の事件を思い出し、議会の休憩時間に紅茶を啜りながら内心ため息を吐いていた。


 何も正道党幹部に対しての処分の事を言っているのではない。


 あの町の方針が、あまりにも外に対して甘すぎると言う話だ。


「あれだけの力があれば、もっとたやすく共感者も得られるはず。それなのに自分たちの町、いや自分たちの権力を保つことにきゅうきゅうとし、仲間を増やそうとしない。いや、増えたはずの仲間である私たちにさえも、口を開けば自重を求めるばかり。その結果が何を生んだのか、なぜわからないの……」


 民主主義とは何だ。住民たちの意思を反映させた政治ではないか。確かに正道党は一議席しかない政党だったが、その前にテロ事件を起こしたJF党は議会のほぼ半分の議席を得ていた。その過半数でこそないが48%の議席を得ていた政党の言う事を聞かずに政策を強行したからこそ、第三次大戦とか言われているあの事件は起きた。


 もっともっと強硬な論旨を外部に向かって発信し、男社会に不満を抱く女性たちを取り込みに取り込んで勢力を拡大させるべきだと言うのがJF党、正式名称ジャスティス・フェミニズム党だった。

 その思想の発露のためにテロ事件と言う最悪の形を取ってしまった事によりあの町での命脈は絶たれてしまったが、それでもその思想信条はまだまだ生きていると言うか殺してはいけないと言うのが恵美の方針だった。

 

 いや、この町を求めて外からやって来た人間の、ほとんどの方針だった。


 だから彼女たちは、普段だらけていても仕事を怠る事はない。


 すべては、世界を守るために戦っているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る