男のいない平穏さ
カーマンと言う名のバーで飲み明かした女性は会計を払うと後輩に肩を貸されながら怪しげな足つきで店を出て、公園へと向かった。
「先輩、先輩の家は…」
「いいのいいの、あなたは早く帰って」
「わかりました……」
物憂げな後輩を置き去りにして、女性は高級そうなスーツのまま公園を歩き出す。
オスの生き物は虫ぐらいしかおらず女もほとんどいない中、ここまでの道のり同様か細い光を頼りにしながら女性は歩く。ここに来るまで車道を走る自動車とすれ違った事はあったが、その自動車が出すライトが最高の照明だった。
公園にそびえる樹木も種類は限られている。いわゆる雄花と雌花を要する樹木は一本もなく、雑草でさえもその手の植物は刈り取られ選別されている。鳥さえも鳴こうとせず、卵さえも見えない。実際、この町の公園はみんなこうだった。
徹底した「男性」の排除。
野生動物でさえも容赦ないやり方を見せる事により自分たちの気持ちを伝えると言うやり方は、第一の女性だけの町でも行われて来た。実際その手の剪定業者もまた第一の女性だけの町においてはゴミ処理業者ほどではないが富裕層の一つであり、町内業者の入社試験の倍率が五倍を切った年は一度もなかった。
今この町で一番大きな顔をしている男性性の持ち主は、いわゆる種牛だった。クローン肉の技術研究は進んでいるが未だに味の進化は遅く、町に住む女性たちからの評判は全く良くない。栄養源として食べられているのだが、正直受けは悪い。必要な栄養をサプリメントで補っている住民も少なくなく、彼女もその類である。と言うか種牛もまた家畜であり、最後には食肉に加工される。その肉は珍味として高額で取引されているが、実際の所普通の食肉より美味しくない。
そんな町の、そんな公園の中央。六本の道が通る中央に並べられた四つのベンチの内北側のそれに、彼女は横たわる。
そして思いっきりいびきをかきながら、空の星に見下ろされる。
静寂をぶち壊すにふさわしい音だったが、それに突っ込む人間は一人もいない。
それこそが、この町の勝利の証であると誰もが信じていた。
彼女が抱え込むカバンには、彼女の名刺やスマホなどが入っている。
「町外防衛システム 担当職員 座間澄江」
名刺に記された肩書、名前。
それらの称号と給与を得るため、彼女はいったいどこまで努力して来たのか。
座間澄江は、この町で生まれた人間ではない。
まだ五歳の時に、澄江の母親が夫から暴力を振るわれた。その事により離婚協議に発展、だが性質の悪い事に夫側の弁護士が舌先三寸を振るったために親権こそ取れたが養育費は取れず、澄江母子の生活は困窮するかに思えた。
そんな折澄江の母は澄江の祖母から、「女性だけの町」の存在を勧められた。
同じ女性同士であれば傷付けられる苦しみや痛みもわかり合うだろうと言う事で彼女の祖母はその町を勧めたのだ。
その流れに乗り、澄江の母はさっそく「女性だけの町」へと向かおうとした。
だがその際に、一つの情報が澄江の母を襲った。
「女性だけの町」にて、テロ事件が発生したと言うそれだ。
いわゆるJF党事件のそれであり、二大政党の片方側の人間が巻き起こした騒乱として歴史に深く刻み込まれたその事件は移住希望者たちに二の足を踏ませたのは言うまでもない。
結果、彼女はいったん「女性だけの町」への移住を断念した。そしてその町の治安回復とテロ事件の原因を探る事に努め、一つの結論を出した。
「女性だけの町」は、「女性だけの町」ではないと。
自分と澄江の平穏な暮らしを守るためには、もっともっと女性の事を守ってくれるような町でなくてはならない。
だがテロ事件もさる事ながら、その町で事実上権力を握っているのは男臭い土木作業員。そうでないとしても配管工やゴミ処理業者など、体力第一の仕事をしている人間ばかり。澄江は知る由もないが彼女の父親もその手の人間であり、ただでさえ酒は飲むし声はでかいし筋骨隆々だから、女が敵う存在ではなかった。ましてやテロ事件と言う名の大量破壊が起こった後だから、彼らはますます威張るのは必至。
それでは、何の意味もない。
実際第一の女性だけの町にもその手の人間を受け入れる土壌と用意はなかった訳ではないが、その手の仕事のスキルがない人間はどうしてもふるい落とされ薄給でできる手ごろな仕事しか回されない。その事がわかってしまった澄江の母は、動く気にもなれずにいた。
「母さん、私はぁ……」
ベンチに寝っ転がりながらそんな寝言を言う澄江の母に取り、この「第二の女性だけの町」はまさにユートピアであり、フロンティアであり、ラストリゾートだった。
こちらの事情を最大限に加味してくれた上で、かつ優遇もしてくれる理想の町。
今度こそはと思って飛び込んだ澄江の母の期待は裏切られる事はなく、ようやく彼女は平穏な生活を手に入れた。
そしてその母親に報いるために澄江は勉強に勉強を重ね、電波塔勤務と言う名のエリートとなった。
こうして外で夜寝ていても、平穏な町のために。
誰も自分を襲いに来ない、世界のために。
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