夜の街角
「星は平等よね」
「本当、この星の平等さがどうしてわからないのかしら」
公園のベンチの下で、二人の女性が肩を寄せ合いながら空を見上げる。
恋愛ドラマにありそうなフレーズに見えて実際その通りである文字がもうすぐ「婦婦」になる相手の顔を見ないまま吐き出され、そのまま虚空に消えて行く。
「婦婦」と言うのは外の世界における「夫婦」のそれであり、言うまでもなく女性同士である。「婦婦」として正式にパートナーと認められれば「婚姻」関係になり、優遇措置も受けられる。
さらにその気になれば「産婦人科」に行き、いつでも子供を持つことができるようになる。もちろんいわゆる十月十日を待つ必要はあるが、それでも性行為に因らず子供を持てると言う事実は女性たちの自立を促し、「女性だけの町」を作るのに大きく貢献した。もちろん生まれて来た子供は全部女性であり、そのシステムが永遠である限り女性だけの再生産が永遠に続く世の中が到来すると言う話だ。住民の中には「第一の女性だけの町」で実用化されたそれの流用品だと知っていら立つ人間もいたが、自分たちの方がよく使えるからと言う理由で町議会が受け入れてからは全く抵抗もないまま今まで使われている。その二人はすでに「産婦人科」生まれの世代であり、あと数年もすれば「孫」世代まで至るとさえ言われていた。
そんな未来の「婦婦」を照らす明かりは、ドラマのそれと比べて異様に薄かった。
と言うか、この町全体を照らす明かり自体が、常に薄かった。
この町に置いて夜存在感を放っているのは、やたら輝くネオンサインではない。昼間と同じような一般的な照明であり、明るさはかなり少なかった。
明るいと言う事が何を意味しているか、皆わかっていたからだ。
明るくしなければならない意味を。
夜道の一人歩きはあまりにも危険であると言うのは、この町でもあまり変わっていない。だがその分、その手の犯罪には厳罰が下される事になっている。同じ窃盗でも、時間帯によって刑期が変わったと言う話はちっとも珍しくない。もちろん昼間でも夜間でも犯罪は犯罪だが、夜間の犯罪は重いと言うのは法律にさえも記されているれっきとした刑法だった。また犯行現場の明るさも刑期に影響し、暗ければ暗いほど刑期は重くなる。同じ犯罪でも、晴れの日の方が雨の日より刑期が短くなると言うのがザラだった。
—————————だから。
「まったく、昼間はうかつにお酒なんか飲めないね!」
「お客様お仕事は」
「私は休日の話をしてるの!」
バーで騒ぐ女性の言葉に引く人間はいても、うなずかない人間はいなかった。
「完全な安全、犯罪のない街ってのはまだ夢なのかもね」
「残念だけど女にも凶悪な奴はいる。まだ完璧な存在にはなれないのよ」
そんな益体もない事を愚痴りながら酒を飲む女性は色味こそ地味だが値の張るスーツを着て、アクセサリーもバッグも文字通りのブランドで固めたいかにも富裕層な格好をしていた。傍らには後輩らしき女性がいて、その彼女も負けじと酒をあおっている。
「お客様、あまり強引に」
「わかってますって、ねえ」
「これは本当の本当にですから!」
「そうですよ、そうですよね!」
「それはもちろんです!」
先輩らしき女性は強弁する。
この町では相手の意向を無視して強引に誘う事は違法とは行かないまでもパワハラ認定されやすい行いであり、ましてや酒ともなると合意があっても危ない。会社やバーの店舗によってはひと月前に事前予約を取らねばならぬとか監視役として第三者が必要だとか決められている場合もあり、それを知らずに酒を吞ませて減俸や左遷などの目に遭った人間は少なくなかった。
「まあうちはいいんですけどね」
「そうよね、あらかじめ調べたから……って言うか紛らわしいんだけど、ここ別に系列とかじゃないんでしょ?」
「そうですから、って言うか同じ名前の店あと七軒あるんですよね」
「まあ私はぁ、トゥルーバー・カーマンって呼んでるからぁ。本当にいい名前よねえ」
この町には「カーマン」と言う名前のバーが八軒あった。
今彼女たちが酒を呑んでいる店はその内の四軒目であり、同名のそれの中ではかなり緩い店だった。予約も要らないし同伴者も要らないと言う入りやすい店であり、そのため同名のそれの中ではかなり繫栄していた。
だいたいカーマンと言うネーミング自体、途方もなくしょうもないそれである。
「いつかこんな名前の店もあったねと振り返られる日が来ますように……」
バー・カーマン、バカー、マン、つまり、「馬鹿男」。
いわゆるオヤジギャグとそしられても言い返せないようなネーミングが流行ったのはこの町の住民の全体のメッセージであり、男たちに対する怒りと悲しみが込められていた。
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