アパレルショップ・ジュエルドプリンセス

「こちらはどうでしょうか」


 弘美と言う名の女性がパティスリーの中でケーキを振舞っている間、兼美と言う名の女性は一枚のワンピースを自分よりやや背の低い女性に見せていた。


「まあ趣味のよろしい事」

「ええ、私なりにお客様にお似合いのそれを選んでみたのですが」

「本当、気に入ったわ。とりあえず試着させてくれますかしら」

「どうぞ」


 赤と言うより真紅とでも言うべきワンピースは夜中でも自己主張が強そうであり、他人を引き付けるには十分だった。

 雑なカーテン一枚しかない試着室に入った彼女の足元に今まで来ていた服がバサバサと音を立てて落下し、値札の付いたワンピースが体にまとわりつく。それこそ下着姿の女性が鏡に向かって口笛を吹いている訳であり、自分の家でもないのにひどく無警戒にさえ思えるほどだ。もちろん店には監視カメラもあるし、何なら露出狂とさえ言えたかもしれない。


「どうかしら」

「実にお似合いです」

「早速いただくわ。本当にいいお店ね。

 このジュエルドプリンセスは」



 ジュエルドプリンセスと言う名のアパレルショップは、この町における大企業の一つである。

 それこそこの町が出来上がった時から存在するそれであり、移住者たちや出資者たちが女性だけの町としてふさわしいブランドを作ろうとして出来上がった筋金入りとでも言うべき企業で、洋服のデザインもまた一流デザイナーに頼んでいた。いわゆるプレタポルテのそれだけではなく、レディメイドのそれまで女性デザイナーによるそれであり文字通りのブランド物だった。当然それらの商品は女性たちの人気を集め、中にはこの服を買うためだけに移住を決めた人間までいた。


 そしてこれらの服が外の世界に出る事は、ほとんどない。


 出たとしても、強烈な関税が上乗せされた額での販売となる。

 この町での普段着一枚を外の世界で買った場合、この町での普段着が五枚買えた。もう一つの女性だけの町にも卸した事があったが、それでも値段はこの町で買った場合の三倍以上である。


「外の世界でこんな服を着てたら、それこそ節操のない連中が寄って来るでしょうからね」

「それを引き付けたがる女も多いのです、嘆かわしい事に」



 華美を極めたような色のワンピース。それこそ衆の耳目を集めるには十分な代物を昼間から着こなすのはまさしくその手の女性であり、それこそこの町に住む女性が最も嫌悪する存在だった。

 古今東西あふれ返っているその手の女のせいで女性の地位は上がらず、女は男に奉仕すると言う流れが出来上がってしまう。


「この町の人たちは何度でも、あらゆる手を使って、彼女たちにもっと素晴らしく崇高な生き様があると説明して来たはずだった。だと言うのに」

「寂しい物ね……」

「こうして私たちは生きている。何の心配もなく穏やかに。その事を羨む声は一向に絶えないのです」

「私たちは幸せですね」


 買い物を終えた客と共にそんな言葉を交わしながら、兼美は手を振る。

 この町では、他者の服装でああだこうだ言い出す男はいない。誰も自分たちを卑しい目で見ようとせず、ただ女性として扱ってくれる。そんな当たり前の事ができない世の中に、いくら苦しめられて来たのか。

「服一つで、男たちは判定して来る。何を着ようが個人の勝手だと言うのに」

「それを言うと露出の多い服を着るなとか言っていたのは何なんだとか言われるけど」

「それは自分が唯一と決めた人間の前だけで着ればいい。公共の場で晒すなど公序良俗に反するにも程がある。その事を町長たちは幾度も訴えて来た。そうしたら何だ、チンピラだのヤクザだのと随分な言い草ばかり……」


 お客様にするような話ではないはずだが、そのお客様もうなずきながら聞いている。これらの話はこの町では中学校教育のそれであり、それこそ高校入試対策として第一の女性だけの町で言われる所の第一次大戦の歴史を学ぶのは必須だった。

 曰く、男たちが作り出した風紀紊乱の賜物たちを是正すべく起こした活動の歴史、実績、各団体の動向、そしてその敗北の歴史など。その手の歴史をこの町に生まれた女子、この町に移住してきた女性たちは学ぶ事になる。

 だから彼女たちからしてみれば、この会話は日常生活だったのだ。

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