第30話 あーん

「……恥ずかしい」

「……俺もなんだが? だから早く! 頼む!」


 俺たちが慌てふためいているところを横でにこにこしながら見るのはこのお店の店員さん。


 なんでこんなことになっているのかというと――


「おふたり! 早くしないと割引なくなりますよ!」


 このお店、カップルがお互いにあーんをしあうと10パーセント割引というちょっと意味がわからないサービスをやっているのだ。


 ……うん、本当に意味がわからない。


 けどこのサービスに乗っかってしまったのが俺たちで。


「ほら! 紗月! 早く口を開けろ!」

「う、うぅ」


 こんなに照れるならやらなきゃ良かった、とも思うけど。――合法的にあーんができるんだろ? 参加しない選択肢なんて、あるわけねぇよな?


「はい、あーん」

「あ、あーん」


 観念したのか、ようやく口を開けた。

 これで、ミッション達成だ。


「おふたり、お熱いですねぇ……!」


 店員が何やら冷やかしのようなことを言ってくるが気にしない。こういうのは気にした時点で負けって相場が決まっている。


「じゃ、次は琉斗だよ! くちあけて!」

「お、おう」


 自分があーんをされる側になってみて初めてわかる。これって意外と恥ずかしい。


 なんだろう、まわりから見られてるんじゃないのかなっておもったり。

 実はくすくす笑われてたらどうしようって思ったり。


 ……まぁ、そんなことを考えてたってどうしようもないんだけどさ。


「じゃ、行きまーす」


 そう言って、紗月は俺の口にピザを入れてくる。

 うん、なんだかんだハチミツチーズピザも美味しいじゃん。


「お、おお。女性の方、大胆ですね」

「……へ?」


 店員さんがつぶやく。


 なんだろう。別に普通のことしかしてないと思うんだけど? あーんくらいで大胆なんて言わねぇだろうしさ。


「……自分の持ったやつを直接食べさせるなんて。すごいですね」

「「あっ」」


 俺たちふたりの声が重なる。うん、そんなことは全くと言っていいほど想定してなかったね。


 よく考えてみれば、紗月が直接触ったものを俺が食べたってことになるのか。……なんだろう、妙な背徳感が。


「……ごめん、琉斗。さすがにいやだった?」


 けど、俺の好きな人に悲しい顔をさせたくないんだ。こんなふうに心配して言ってくるなんて、なるべくなくしたい。


「いや? ――いつもより美味しかった」

「……そっかぁ。えへ」


 ……やべ。めっちゃ可愛いわ。今すぐにでも抱きしめたい。


「……これがてぇてぇですか」


 店員さんもこれで満足だろうか。まぁ、嘘は言ってない。好きな人があーんしてくれたやつが不味くなるなんて、そんなことあるわけないよねと。


「ではおふたりー! ちゃんと割引になりますからね! あとはごゆっくりー!」


 そう言って店員さんは俺たちの元を去っていった。……もしかして、ほんとにてぇてぇが好きなだけの人だったんじゃないのか?


「……ねぇ、まだ食べるよね?」


 店員さんがいなくなるのと同時くらいに、紗月が言ってくる。


「……うん」

「じゃ、あーん」


 また口の中にピザが入ってくる。2回目だから少し甘くて、けどやっぱり美味しい。


 ……なんか少し、甘くなった理由がわかった気がする。多分、紗月にあーんってしてもらってるからだろうな。


 一回目も、2回目も。紗月のおかげで、より甘くなっている。


「あっ琉斗」


 そう言われて、何かあったのかと気になると――紗月の手が、俺の口に伸びてきた。


 そしてそのまま唇の近くを指でふき取って――そのまま紗月の口の中へその指が運ばれて行く。


「口、ついてたよ」

「あ、ありがとうな……」


 紗月は何も考えていないかのようにケロッと俺に言ってくる。


 無意識でやっていたにしろ。意識してやっていたにしろ。


 これは流石に、反則だろぉ!!!!!


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