第4話 異獣
突然ですが、警戒しています!
周囲の木々の影に獣の気配があるのです。そしてそれがここ一時間、ずーっと私と並走してきている。獲物の隙を狙っているのか、それとも品定めをしているのか……。
どちらにしろ、私に害を及ぼそうとしているのは明白です。
こういう時に重要なのは、焦って走ったりしない事。獲物を追う性質のある獣だと、走った途端に追いかけてくる事があるのです。食べようとか考えていなくても走り出したから追跡、野生の特性なのかもしれません。
というわけで、私は変わらず一歩一歩進んでいるのです。
ガサガサッ
しかしまあ、一時間も並走されるのはちょっと辛いですね。どうしても腰のホルスターに手が伸びます。いつでも抜けるようにずっと触れていますが、突然飛び掛かられたら対応出来ないかもしれません。
獣は人間を警戒するので基本的に襲われる事など無いのですが興味本位で近付いて来たり、偶発的遭遇で襲ってきたりはします。
運の悪い事に、私の進む先には何の人工物も見えない。今日
鉄路の両脇は森、当然ながらそちらへ入るのは自殺行為です。この場において人間のテリトリーは鉄路だけ、それ以外は獣のテリトリー。空でも飛べればいいのですが、そんな事が出来る人類は何処にもいません。
威嚇のために発砲するか……?いや、驚かせたことを切っ掛けに、混乱して襲ってくるかもしれない。
「はぁ……」
どうにかする方法が思いつきません、どうしてもため息が出ます。
今はまだ明るいですが夜になったら……。普通ならテントを張って休む事が出来る。でも確実にこちらを認識して追跡してくる獣が傍にいる状態でテントを張る事は出来ません。いつ飛び掛かられるか分かりませんからね。
となると夜通し歩き続ける事になります。過去に何度もやった事はありますが、とにかく疲れるのでやりたくありません。ですが命には代えられませんからね、やるしかない。
ガササッ
「はぁぁ…………」
憂鬱です。
もういっその事、さっさと飛び掛かってきてくれた方がいい。銃撃で倒すか、もしくは驚いて逃げていってくれれば、この終わらない警戒状態から解放される。
いや嘘です、戦うのはごめんです、どっか行け。
ザザザッ
私の心の戯言を聞き届けたのか、獣が動く。
いやウソそれ嘘なんです飛び掛かってこいっていうのはっ!どっか行けって方が望みであってそっちを叶えてほしいんですごめんなさい許して助けて見逃して!
脳内で超早口の私が助けを求める。最大限の緊張状態の為か、鉄路に沿って歩く私の顔は無表情。
ザッ
「ぴぃっ!?」
目の前に飛び出したナニカ。それの出現と同時に私が鳴いた。
半歩後退った私のブーツが、ザリッと鉄路の砂利を踏み込む。右手が触れていた
…………ん?小さな?
なぁ~お
「…………ネコ?」
そこにいたのは青い瞳を持つ真っ白なネコ、体長三十センチくらいかな。痒いのか、後ろ足で首の後ろを掻いている。一時間も並走劇を繰り広げていたのは、この何とも無害そうな存在であったのか。
張りつめていた緊張の糸がフッと緩み、向けていた拳銃がストンと下がります。はぁ~~~~、良かったぁ。襲われる事なく、死なずに済んだぁ。
思わずへたり込んだ私に、ネコはトコトコと近付いて手をペロペロ舐めてきます。
私はその額から後方へ流れるように伸びる、輝く瑠璃色で毛に覆われた柔らかな二本の触角を撫でてやる。するとネコは気持ちよさそうにウットリとして、その身を私に預けてきました。
かつてこの世界に存在した獣は既にいません。降り注いだ隕石が運んできた未知の遺伝子によって、世界中の生物は変異したのです。
ある者は巨大化し、ある者は頭や足が増え、またある者は本来持たなかった器官を獲得した。
今の世界の支配者は彼らなのです。
大きく数を減らした人類は彼らと住処を別にし、お互い過剰な干渉を避けるようになった。かつて我らが知っていた獣とは違うそれらの事をいつからか、異なる獣―――
なでなで
にゃ~
いま私の手で寛いでいるネコもまた異獣。額から伸びる瑠璃の触角は自在に動いて私の腕に絡んできます。この子は本来持っていなかった器官をもつタイプの異獣
ですね。
人に懐く異獣もいれば、相容れない者も存在します。後者に関しては絶対に遭遇してはいけない、人間なんて一瞬で木っ端微塵にされてしまうでしょう。
なー、なー
「ふふふ」
しかし、こうして可愛らしいのが近寄ってきてくれるならば
ああそうだ、折角なら何か餌をあげましょう。
撫でる手を放してリュックを地面へ置き、ガサゴソと中身を確かめます。整理されて収納されている衣服や調理道具を動かし、飲食物スペースを確認。
…………なんてことだ。
食べ物、カリカリしかないぞ!他には茶葉しかないっ!
いや、うん。知ってましたよ、ええ知っていたとも。だってそういう計画を立てて歩いて来たんですもん。
ふーむ…………試みにカリカリあげてみましょうか。私の口に合わないとしても、もしかしたら異獣には美味しいものかもしれないですし。
昨日夜、本日朝と二食分出したはずなのに減った気配の無い紙袋から、皿にした掌にザザッと十数粒吐き出させます。足下で大人しく待っているネコの鼻先に、そっとそれを差し出してみる。クンクンと匂いを嗅いだネコは。
なっ!
バシッ!
「あっ」
強烈な右フックパンチが私の手を打ち、カリカリは大粒の砂利の隙間に吸い込まれて消えていきました。
異獣ネコすら拒否するものを私は食べているのか…………。少し心にダメージが。あげられる物は他にないので、餌付けタイムは終了ですね。
「よいしょっ」
「それじゃ、バイバイ」
立ち上がった私を眺める青の瞳に別れを告げる。一歩二歩と足を出し、襲撃前と同じように一定のペースを保って前進します。
「よいしょ、よいしょ」
ザッ、ザッ
「うんせっ、うんせっ」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
なー
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
「……………………ん?」
何やら異音がしたような?どこから?
にゃーお
「うおっ」
背後、いや頭のすぐ後ろだ!
ぐりっと首を捻じって振り返ると、視界が白と瑠璃の色に染められます。
「いつの間に……」
丸めてリュックに縛り付けたテントの上に、先程のネコが乗っていました。リュックを背負った時には足下に居たので、おそらく歩き始めた所で飛び乗ってきたのでしょう。全然気づかなかった……。
餌も持たない私について来たという事は、いま無理やりに引き剝がしたとしてもすぐに戻ってくるはず。まあ、興味を無くしたならば勝手に何処かへ行く事でしょう。
「じゃあ、しばらく一緒に旅しましょ」
歩みによって揺られるリュックの上で寝る彼女にそう言って、私は進む事としたのでした。
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