第3話 カリカリ

 突然ですが、テンション下がってます!


 大昔は色々な食材が有って、それはもう数えきれない種類の料理があったと聞きます。三年五年保管しても美味しく食べられる、そんな魔法みたいな物もあったそうな。


 私が生きるこの世界、そんな贅沢なんて出来ません。


 農耕畜産を積極的に行っているコロニーもありますが、商売のために生産している者などごく少数。あくまで自分達で消費する物を自分達で作っている、という感じなのですよ。


 つまり優先順位の第一は自分の家族、第二はコロニーの住人、第三は余剰を引き取ってくれる商人。で、私みたいな旅人の優先度は最下層というわけです。


 ですが自由に歩き回る旅人も、別コロニーへ伝言を頼んだり、荷物運びを依頼したりする際に一応は役に立つ。なので余剰の余剰、くらいは譲ってくれます。


 で、私が直近で訪問したのは超小規模コロニー。当然ですが生産物は少なく、貯蓄も少量です。そんな場所で、私みたいな旅人に譲ってくれるものなどたかが知れているのだ!


ザララッ、カラランッ


 内容量一杯で膨らんだ紙袋から、手のひらサイズの鉄皿に中身を出します。音で分かると思いますが、固形物オブ固形物ですよ。


 小指の先くらいの大きさで茶色くて正方形、石ころよりは柔らかい程度の物体。この世界の保存食といえばコレ、と言うべき食料品。その名も―――


「カリカリ、かぁ~……」


 思わず、はあぁ、と溜め息が漏れます。


 カリカリとは、余剰となった様々な食材を練って固めて整形してったもの。煎って煎って煎りまくって水分を飛ばし、それによって超長期保存を可能にした食品なのです。上手く作れば、保存環境によっては数年つよ!


 各コロニーの食糧庫にはコレが大量に保存されています。それはもう、旅人に袋一杯くれてやっても惜しくない位には沢山。当然、私は先のコロニーで頂戴しております。


 さて、そんなカリカリにもランクがあります。それは何ぞやと言うと、そのコロニーで何を作っているかによって味が変わる、という事です。


 肉や魚を獲ったり育てたりしている所のカリカリは旨い。噛んでいると旨味が溢れてくるんですよ、味わい深し。


 野菜や穀類を育てているコロニーのカリカリは、まあまあ美味しい。特徴的なものはありませんけど、平々凡々というのは日常で摂取するには一番良いのです。


 それらの生産が少ない、もしくは余裕がないコロニーの場合は最悪。肉でも魚でも、野菜でも穀類でもない。そんなものでカリカリを作るんです。具体的には土を掘り返したり、樹皮を剥がしたり、朽ち木を砕いたりして得られる内容物を。


「い、いただきますっ」


 パンッと手を合わせる。食事に対する感謝よりも、味覚と腹にダメージがない事を祈っての動作ですよ。


 ゆっくり食べて満足感を得るために、箸を使って小さな正方形を摘まみます。グッと目を瞑り、カッチカチのそれを口に放り込む!


ゴリッ

ガリリッ

バリッ、ザクザク……


 硬く頑丈、しかし私の歯の方がより強い。嚙み砕いたところ、口の中に味がひろ

「マッッッッッッッッズッ!!!!」


 吐き出そうとする身体の反応を意思の力でねじ伏せて、無理やりそれを飲み下す。喉に絡む粉末すら苦く、ゲホゴホと咳が出る。コレはダメだ!


「お茶、お茶ぁっ」


 大急ぎでリュックからコッヘル手のひらサイズ鍋と折り畳みスタンド、水筒と紙箱を取り出します。急げっ、急げっ、口の中が酷いっ。


 長方形のスタンドを立てて上にコッヘルを置き、とぽとぽと水筒から水を注ぎ入れる。二十センチ×かける五センチの長方形紙箱から白いブロックを取り出します、ちょうどカリカリ四つ分くらいの大きさですね。


 コッヘルの下にそれを置いて、金属棒のファイアスターター点火器具を近づけて構えます。五センチくらいの金属プレートを当てて勢いよく前方へと擦ると、ジャッという金属同士が擦れる音と共に火花が飛びました。


 火の花が白ブロックに当たるとボワッと燃え上がります。焚火のように炎は持続し、その先端がコッヘルの底を熱していきます。


 白ブロックは獣脂じゅうし。獣の油から作られた燃料です。着火性が高く、炎が強くて長持ち、保存性も高いという便利な一品なのです。旅人の必需品と言うべきものですね。


 くつくつと水が音を立て始め、少しすると沸騰しました。そのお湯の中に茶葉を放り込み、そのまま煮出しタイム開始。おおよそ一分煮て、良い緑色が出たら火から下ろしてコップへトポポ。


 茶葉を捨てる?とんでもない、これもそのまま食べますよ、栄養だもの。昔の人は捨ててたらしいですが、食べられるなら食べないと。というわけで一緒にコップの中へ。


 まあ苦いですがゲロ苦マズイ、ギリギリ食べ物なカリカリよりは美味しいよ。お口直しにちょうど良し。


ずずず……

「あー、口の中がすっきり~」


 程よい苦みが口内を洗い流し、得も言われぬマズさの残滓を消してくれます。


「さーって、ご飯タイム継続……っと…………」

ガリッ、ゴリゴリ

「うぶっ」

ごくごく

「…………はぁ」

ガリッ、ゴリゴリ

「おぅえっ」

ぐびぐび

「…………はふぅ」


 食べ物は大切。一つたりとて無駄には出来ないのはもちろん、毎回贅沢できるほどの余裕はありません。贅沢は二日に一回、他はカリカリ、時々木の実。これがルーティン。


 というわけで、無理やり流し込む形ででもカリカリを食べるのです。いつか同じ道を歩く事が有ったら、あのコロニーでカリカリ入手せずに済むように計画を立てよう……。


「ごちそうさまでした……」


 空になった鉄皿に向かって手を合わせる。なんとかなった、うん、なんとかした。お腹にカロリー源が納まったので、とりあえず飢える心配はありません。


 さて、まだまだ獣脂燃料は燃えています。辺りが真っ暗になり、月と星の灯りだけが周囲を照らす中で、唯一の光源。


 火は人類文明の始まりの発明、こうして夜の闇の中で火を灯しているとそれを実感しますね~。まあそんな脈々と続いて来た文明はブッ壊れて久しいんですけどね、ははは。


 炎は時々風に揺られるも、決して消えない。この燃料、優秀過ぎるんですよね。ただその反面でコレ、そう簡単には消化できないんですよ。


 水掛けても砂掛けても燃え続けます。木や蔦に類焼させるわけにもいかないので、炎が消えるまでは睡眠お預けですね。


 晴天で遮る物が何もない、炎以外の光源が無いから満点の星空をはっきりと見る事が出来ます。月は大きく、その模様まで見えている。


 大昔は街の灯の光が星の輝きをかき消していたらしい。夜も明るいならそちらの方がいいと思うんですが、昔の人はこんな星空を見る事は難しかったんでしょうかね?


 私にとっては、暗い大地から見上げる星だらけの夜空が日常です。


「ふう」


 ごろんと仰向けに転がります。コンクリートのホームは固く、決して寝心地はよくありません。でも人工物ゆえの平坦さがある事で、自然な形で寝そべる事が出来ています。


 横で私の顔を照らす炎は次第に小さくなり、ちろちろと消えかけている。灯りの消失は、もうそろそろ寝ようという合図です。


 ですがあと少し、炎が続くその時間だけ。


 いつもと同じ夜空を眺めていましょう。

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