第2話 無人駅

 突然ですが、人っ子一人いません!


ざっざっ


 鉄路の左右は木々が茂っていて、鳥の鳴き声が響いている。


じゃりっじゃりっ


 時折、動物の鳴き声も聞こえる。でも、人の声は一つも無い。


 冗談じゃなく、本当に誰もいません。


 それもそのはず、私の様な旅人はメジャーな存在では無いのです。多くの人は一か所に定住していて、移動したとしても隣のコロニーか、その向こうまで。フラフラとあちらこちらへ歩き続ける人なんて、そんなにいないのです。


 だから、ずーっと向こうまで見渡せる鉄路の傍らに誰もいないのもいつもの事。空の青と雲の白、木々の緑と大地の茶、そしてその中央を彼方まで繋ぐ二本の赤茶のレール。これが私にとっての、日常の風景です。


「良い天気だな~」


 大きく空を見上げると、澄んだ空と輝く太陽。端っこに小さな雲が流れていく。やっぱり晴れた日は旅がしやすいです。大雨とか大雪とか暴風とか、正直を言うと勘弁してほしいですからね……。


 いやいや、全ては自然現象。私は旅を愛している、そういった事もまた愛するのだ!


 って思う事にしていますので、お空さん、どうかご機嫌を損ねないで下さい。合掌して虚空に祈る。明確な対象が無いので、漠然と空全体へ。


 旅する私からすると雨とかは苦でしか無いですが、コロニーで農業をしている人にとっては恵み。その恵みによって作られた野菜などから私が携帯する食料が作られているのだから、憎むばかりではダメですよね。


 お腹が空いた時に食べるものが無い。そんなのは嫌だ。


「うーん、今日は何処まで行けるかな」


 一人で旅をしていると、どうしても独り言が多くなる。考えの確認であったり、気分の整理であったり、他にも色々。声に出すというのは大切なのです。決して、私がブツブツ言いながら歩いている危険人物というわけではないですよ!?


「こないだのコロニーで聞いた話だと、次のコロニーまで結構あるんだよねぇ」


 思い出すのは数日前に訪れたコロニー人が住んでる所。鉄路沿いに掘っ建て小屋が十軒、小規模な場所でした。この世界では自給自足生活が基本なので、小規模の集団での生活はある意味合理的なんですよね。人が多ければ食料も水も一杯必要ですから。


 そんな場所で得たのは、五日程度歩いた先に少し大きいコロニーがあるという事。規模が大きいコロニーなら色々な物があるはず。古くなってきた携帯品もあるので、新調しようと思っています。


 で、現在歩き始めて二日目。まだまだ目的の場所の姿どころか影すら見えない。


 『道のりは遠し、されど鉄路は繋がっている』とは、古い旅人の格言です。コロニー定住者以外は全員、歩き続ければ何処かに着くマインドで旅をしているのだ。ノーテンキ?結構な事じゃないですか!


 とはいえ、既に正午を過ぎてしばらく経っています。ちょっとでも距離を稼ごうと歩きながら昼食をとりましたが、そんなに慌てる必要も無かったかもしれませんねー。


「ん?」


 鉄路が繋がる地平の果て、そこに何かがある。よーく目を凝らしてみますが遠すぎて、霞んで揺らいで何なのか分かりません。蜃気楼かも?


「ま、行けば分かるか」


 悩んだり立ち止まったりする必要など無し。だってそこまで二本の鉄の線は繋がっているのだから。いざいざ進め、我が足よ~!


 えっちらおっちら歩いていくと、遠くにあったものが段々と近付いてくる。そして、それの正体がハッキリと認識できました。


「おー、駅だ」


 駅。

 列車が止まって、ここを目的地とする人が降り、何処かへ向かう人が乗る場所。今ではただの構造物、場所によってはそこにコロニーが作られています。


 ですが私が辿り着いた場所は違った。誰もおらず、朽ち果てたプラットホームが在るだけ。元々が辺境だったのか駅舎は小さく、誰も手入れをしていない様子で蔦まみれです。


「よいしょっ」


 階段を数段上ってホーム上へ。視点が上昇するだけで、なんだか気持ちが晴れやかですね~。だって普段は地べたを這いずっているワケですから!


 ホームの地面には、掠れてボロボロになった白線と、もう残骸の欠片だけしかない黄色い何か。転落防止用に作られたと思われる柵は蔦に巻かれていて、緑の塊になっていますね。


 コンクリート製のホームは風化によってボロボロです。軽く蹴るだけで表面が剥がれて飛び、所々のひび割れに足を取られて転んでしまいそう。


 そんな悪路を超えて、掘っ建て小屋レベルの駅舎の中を覗きます。木で作られたそれが崩れずに持ちこたえているのは、巻き付いている蔦が支えているからかもしれません。


 改札口だったと思われる金属のポール。既に輝きは無く、年月を経た事で赤茶色く錆びていて今にも倒れてしまいそう。


がっ

「あ」

バギッ、ガラン……ガシャン…………


 あー……やってしまった。リュック横幅が自分の身体よりも太いのを忘れてました。衝突した金属柵は根元から折れて地面に倒れ、タマゴの殻が砕けるように、いともたやすく粉々に。


 歴史というのは一瞬の出来事で消えてしまうんですねぇ、諸行無常という奴です。まあ誰も管理してないし、別に困る人いないからオッケー問題無し!…………ごめんなさい。


 狭い駅舎の中には、小さめのベンチがありますね。うーん、このスペースは休憩所……にしてはコンパクト過ぎるかな、机が置いてあって様にも見えないし。列車が到着するまで待つための場所なんですかね?


 小さめベンチには蔦が絡みついていて、端っこに謎キノコが生えてます。今日の寝床はココにしようかな、地べた寝袋よりは快適なはず。


「よっしょ、ふぃぃ~。肩の荷が下りたー、と張本人の肩が申している~」


 リュックには旅に必要な物が色々と入っています。つまり、クッッッッソ重いのです。肩が悲鳴を上げるのはいつもの事、リュックを降ろしたら伸びをするのも日常の動作である。


 ゆっくりと首を肩を回し、重量物運搬によって凝り固まった筋肉を解します。そのままストレッチを続けて、全身くまなくクールダウン。これをやっておかないと明日に響くんですよね~、柔軟運動は大事。


「ん、そろそろ太陽が沈むかな。暗くなる前にご飯にしよーっと」


 すぐに無くなるほど持ち合わせが少ないわけではありませんが、ランタンの燃料も限られています。夕食は明るいうちに済ませて、体力回復のためにサッサと寝てしまうのが一番。


 そう考えて私は夕食の準備を始めます。といっても大したものは無いのですがね。それに好き嫌いなんてしていたら旅なんて出来ません。


 何が言いたいかといいますと、確実にマズイ物でも大切なご飯である、という事。そしてそれが、今日の私の夕食だという事です。


 はぁ…………。

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