ポストあぽかりレールうぉーく

和扇

第1話 あぽかりぷすな世界

 突然ですが、世界は崩壊しました!


 ちょっと言い過ぎましたね、人類の衰退もしくは文明の退化の方が正しい感じはします。つまり道は途切れて建物は崩れ、電気ガス水道のインフラなんてものは消滅したんです。


 というのが、とってもとっても昔の話。


 文明の残骸の中で緩やかに細々と人類が生きている、そんな世界で私は生きています。


ジイィー


 自分で張った三角テントのファスナーを開くと、冷涼な朝の空気が温暖な内部の空気と混ざって一気に温度が下がります。もう春だというのに、早朝だと吐く息が白い。


 ううっ、寒い。身震いしながら、私は頑丈で武骨な黒のミドルブーツを履く。テントに生じた朝露がぽたりと首筋に落ちてきた。冷たっ!


「ううー……っ!」


 ぐーっと伸びをすると、寝袋の中で凝り固まった身体が解れました。たまには広いベッドで寝たいなぁ。まあでも私、百四十センチに届かない位の背だからテントの中でも足伸ばして寝れるんですけどね。


 昨日のうちに見つけておいた近くの湧き水。めちゃくちゃ冷たいそれを手で掬って、顔を洗います。んぐぅっ、目が覚めるぅっ!我が目がパッチリ開いて、ライトグリーンの瞳がキランと光るぜっ!


 歯ブラシを濡らして歯を磨く。シャカシャカしゃかしゃか。歯は大切、しっかりキッチリ綺麗キレイ。紺色コップに水を掬って口に含み、ぐちゅぐちゅゆすいでペッと吐く。うん、スッキリ!


 冷たさに耐えながら手を濡らし、ズボンのポッケに入ってる埃みたいな灰色の髪の寝癖を直す。肩まであるから結構面倒臭い。唯一の救いは寝癖が強くなくてパパっと整えられる事かな~。


 前髪をちょっと右寄りに左右に分け、毛が多い方を黄色のヘアピンで留めて、ヨシ完成。何処かで定住してる人ならもっと凝った髪形も出来るんだろうけど、私は旅人だからこんな感じで十分存分。


くうぅ……


 お腹空いたーっ。朝にちゃんとお腹が空くのは良い事、さーて朝ごはんだ。


 テントに戻り、私の胴体よりも大きくて荷物でパンパンなリュックの中を探る。えーっと、確かこの辺に……あった。


 取り出したるは手のひらサイズの銀色缶詰。文明の残骸である缶を再利用して封を施された、普通の食料よりもちょっと良いご飯です。たまには良い物食べないと気持ちが下向いちゃうんだよね。


キキィ……カキュァ


 ひっくり返したり、中身が飛び散ったりしないように慎重に蓋を開く。再利用缶だから缶切りが必要ない。保存性なんて大して無いの、中身が零れない状態で長距離持ち運べる事が大事なのだ。


「いただきますっ」


 パンッと手を合わせて箸を手に取る。ぎゅうぎゅうに詰められた、トリ肉を焼いたものを口に放り込む。お肉バンザイ、身体に蛋白タンパク質が染みる~……感じがする。気持ちが大切なのだ、気持ちが!


「ごちそうさまでした」


 すっかり空になった缶に礼を言って、私はテントの中へと戻って出発の準備を始める。


 缶は洗って拭いてリュックの中へ。これは資源で次のコロニーで交換できるからね、捨てるなんてとんでもない!


 朝の目覚めに準備運動。全身を伸ばして曲げて、ストレッチをする事で身体も覚醒させます。一通りの動作が終わったら寝間着としているズタボロな服を脱ぎ、移動用のものへと着替えていきます。


 リュックから取り出した薄黄色の半そでシャツ、脇腹から胸の中心まで縫い痕がある。思いっきり破いたのが、いま思い出しても悲しい。袖に腕を通し、襟の中からにゅっと頭を出す。


 下はミリタリーグリーンのカーゴパンツ。沢山ポケットが付いているからとっても便利なんだよね~。色々入れてるせいで、リュックだけじゃなくてこっちも結構膨らんでて不格好……。うん、良いのだ、機能性の方が大切!


 リュックから取り出したっジャンパーと睨めっこ。上着はどうしよう?……今は肌寒いけど歩いてるうちに暖かくなるか。一度取り出したそれをしまい込んで、私は再びブーツを履く。


 護身用の拳銃も腰のホルスターに装着っ!あ、念のためですよ、念のため。こんな世界、人間に襲われる事は無いんですけど獣は違いますからね。


 寝袋を丸めて、テントを解体。リュックの上にそれらを載せて縛り、しゃがみ込んでショルダーベルトに両腕を通す。


「んしょっ、と」


 全身の力を使って立ち上がる。リュックの側面に差してある鉈が、地面と擦れてチリリと耳障りな音を出しました。


 重いリュックを腰の力だけで持ち上げたりするのは厳禁、誰もいない場所で痛めて行動不能になったら目も当てられない。こういう細かい事にこそ気を付けなくては、長旅なんぞやってられません。


 少しだけふらついた身体を持ち直し、少しだけリュックを跳ねさせて重心の在り処を整える。最後に旅の宿の跡を見回して、忘れ物が無いかを確認。


 よし、これで行動開始出来るね。


 指をさす。右から来たから、進む先は左だ。


 原っぱの真ん中や森の中だったなら、こんなに簡単に方向は分からない。しかし今、私の傍らにはそれが簡単に確認できる物があるのだ。


「繋ぐ鉄路の導きを」


 私の足下にあるのは大粒の砂利の上に敷かれた、赤茶けた二本の鉄の線。


 世界に人類が満ちていた頃は、この線を使って多くの人と物が凄い距離を移動していたらしい。今は私の様な旅人の道標。絶対に迷う事の無い、コロニー同士をつなぐ道なのだ。


 衰退しながらも生き続ける人類を繋ぐ、細い細い生命線。だからこそ私達は、この鉄の道に祈りを奉げる。…………といっても強い信仰とかじゃなくて、よろしくね、って感じかな?誰かと別れる時にも贈り合う言葉だしね。


「さって、行きますか~」


 右手で拳を握って天へと突き出す。おーっ、と気合を入れて、私は鉄路に沿って歩き始める。次のコロニーまでどれだけ距離があるかは分からない、無理せずのんびりと歩んで行こう。


 あ、そうだ。私の事も話しておかなきゃ。


 私はシア。シアーシャ・レティツィア。


 人類文明が壊れた世界を歩いて旅する、鉄路の旅人です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る