第12話 愛月 凛

 目覚まし時計の音が鳴る。どうにか腕を伸ばして音を止めるが体が重く起き上がることができない。薄目で時計を見るともう起きなくてはいけない時間だ。

 このままだと間違いなく二度寝をしてしまいそうになるので無理やり体を起こす。

 起き上がってもまだ頭がぼーっとしているので体を大きく伸ばしたりと体を動かしてみる。

 少しずつであるが目が覚めてきたので顔を洗うために洗面所へと向かう。そして、顔を洗い鏡を見て寝癖がないかチェックをする。


 昨日は予定よりも寝る時間が遅くなってしまった。花火ちゃんの配信がかなり長引いたのだ。配信が始まる前にゲームで彩音のことを完膚なきまでに倒したせいで彩音の負けず嫌いが発動してしまったのが原因だ。リスナー相手に特訓をすると言い出すまでは良かったが、それがあまりにも長すぎたのだ。


 最初の3時間くらい早かったのだが、流石に5時間以上も配信を続けるとは思っても見なかった。しかも、最後の方はリスナー達に止められてしぶしぶ配信をやめていたので、もし止めていなかったらいつまで配信を続けていたのかわからない。


 推しが配信していたら最後まで見るのが当然なので、もちろん最後まで配信を見続けた。しかしそのせいで食事の時間や寝る時間が遅くなってしまった。

 配信を見ていただけなのにも関わらずかなり疲れているし目が痛い。

 俺でこんなに疲れているのだから、実際に配信しながらゲームをしていた彩音はもっと疲れているに違いない。


 寝不足の体に鞭を打ちながら大学に行く準備を終えて家を出る。こういう日に限って朝から授業があるのだ。


「行ってきます」


 返事が返ってくるはずもないがなんとなく習慣で言ってしまう。母さんは仕事で全く家に帰ってきていない。どうやらかなり忙しいらしく泊まり込みで働いているらしい。こう言ったことはよくあるのでもう慣れてしまっている。

 大学に通う上で一人暮らしを始めようかと思ったが、もし俺までいなくなってしまったらこの家は誰もいない状態になってしまうし、母さんを1人にしたら家が荒れ放題になってしまいそうだ。


 小さい頃から母さんの代わりに家事をしている。母さんは全く家事ができないので何をしでかすかわからないのでやっぱり俺この家に残って家事をした方がいいだろう。そんな理由から実家暮らしを続けている。そのせいで大学まで少し距離があるが仕方ない。


 ふと、思い出して彩音メッセージを送る。


『お昼ぐらいには大学から帰ってくる。そのあとそっちに行って洗濯するから鍵を開けといてくれると助かる』


「よし」


 この時間は間違いなく起きていないと思うが、流石にお昼には起きるだろう。


 いつもなら大学に行くのは面倒だし、花火ちゃんの配信がない日はただ時間が過ぎていくだけだった。でも、今は帰ってくれば昔のように彩音と遊び話ができる。そう思っただけで少し足取りが軽くなるようだった。


 ◆◆◆


 ようやく授業が終わり帰ることができる。時間的にはもうお昼近い。


 スマホを見て彩音からメッセージの返信が来ているか確認するがきていない。それどころか読んでもいないようだ。


「まだ寝ているのか?」


 流石にね過ぎではないかと思うが配信者は生活リズムがめちゃくちゃだって話をよく聞く。彩音も多分そっち側だと思う。


「はぁ、とりあえずお昼ご飯を作るための食材だけ買って帰るか」


 スマホを見ながらこれからの予定を独り言のように口に出して頭の中を整理する。


 視界の隅にこの前遊びに誘ってきた2人の女子生徒の姿が入る。また誘われたら面倒なのでさっさと帰ることにする。

 急いで教室を出ると予想外の人物から声をかけられる。


「待ってください! 湊君」


 振り返るとそこにいたのは黒縁メガネに髪を後ろで一つに束ねた1人の女子生徒。前髪は目にかかるほど長く、下を向いていると全く目が見えない。

 みんなでワイワイと騒ぐタイプとは無縁のようで、言い方はあまりよくないかもしれないが地味な女子というのが彼女を表すのに最も適しているだろう。


「何かようか? 愛月」


 愛月 凛あいづき りん。たまたま大学の授業のグループで一緒になったことがきっかけで話すようになった。個人的には話しやすい人物なのでこうやって話すこともある。


「はい。実は、湊君に相談というかお願いがありまして……」


 少し言いづらそうな愛月。もしかしたら人が周りにいて話しづらいのかもしれない。

 この後彩音の家に行く予定だが、どうせまだ起きていないのだから少しくらい遅れても平気だろう。


「近くに落ち着いて座って話せる場所があるから、もしよかったらそこで話を聞こうか?」


「ありがとうございます」


「話を聞くくらい大したことじゃないから気にしなくていい」


 そして俺たちは大学を出て移動したのだった。

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