第9話 過去の話

 俺の質問を聞いて彩音の表情がかげってしまう。その表情を見た俺は、ただただ次の言葉を待つ。


「はぁ……」


「悪い。言いたくないなら……」


「いいよ。どうせいつか言うことになるだろうし。今言うよ」


 重いため息を耳にして聞くのをやめようと思ったが、彩音は首を振り俺の質問に対して答えようとする。


「あの人達なら私を置いて出て行ったよ。しかも、2人とも違う相手を作って同時にね」


 呆れたように笑う彩音。


「あれだけ仲が悪かったくせに最後だけまるで示し合わせたようにいなくなっちゃってさ……」


 俺が子供の時はほとんど彩音のお父さんとは会わなかった。たしか、単身赴任をしていたと聞いていた気がする。だから、2人の仲がどうだったかと言うのは正直よくわからない。でも、彩音が言うからには仲は良くなかったのかもしれない。


「2人とも浮気してそのまま蒸発。私が学校に行かなくなった頃だよ」


「……」


 俺は彩音の話を聞いて何も言うことができなくなってしまった。

 俺の表情を見た彩音が笑いかける。


「もう自分の中では過去のことになってるからそんな顔しないで。たしかに当時は辛かったし、あの人達のことを恨んだこともある。でも、今は毎日が楽しいの」


 その言葉は嘘ではなく本心のようだ。


「だからさ、湊が悲しそうな顔する必要なんてないんだよ?」


「俺……何も知らなかった。彩音が辛い時期に何もしてあげられなかった」


「私が言わなかったのは湊に同情とか気を遣ってほしくなかったの。うまく言えないけど、そういう風に湊に接して欲しくなかったの。湊とは昔のままの変わらない関係でいたかったの」


 たしかに彩音言う通り、この話を聞いていたらきっとこれまでとは違う接し方になっていたかもしれない。


「私は前を向いているから、湊も変に気を使ったりしないで今まで通りにしてほしい」


「わかった」


 俺は彩音の言葉に頷く。彩音が自分の中では消化していることを俺がぐちぐち言うのはおかしい。

 俺にできることは彩音の言う通りこれまで通りに接すること、そして少しでも健康的な生活をしてもらえるようにお世話することだ。


 彩音目を見る。それでもどうしても一言言っておきたいことがある。


「俺は絶対に彩音を置いて行ったりしない。ずっとそばにいるから」


「ずっとって!?」


 驚いたように声を上げる彩音。たしかに、ずっとと言うのは少し大袈裟な表現だったかもしれない。でも、この気持ちに嘘はない。

 少し違うが、俺だって置いていかれる人の気持ちはわかる。

 俺は絶対に彩音にそんな思いはさるつもりはない。

 俺はもう一度しっかりと目を見て言う。


「信じてほしい」


「う、うん。ありがとう」


 俯いてしまう彩音。その表情は見えないが、俺の気持ちは伝わったように思える。

 沈黙が流れ、若干居心地の悪さを感じる。俺と同じ気持ちだったのか、彩音が沈黙を破るように口を開く。発せられた声は少しうわずっている。


「そ、そうだ。まだ配信まで時間あるから一緒にゲームしない?」


「ゲーム?」


「そう! 今日の配信はリスナー参加方のゲーム配信だからその前に少し練習しておきたくて」


「なるほど。いいよ、やろう」


「本当に!? やった!」


 嬉しそうな表情の彩音を見てこちらまで自然と笑顔になる。さっきまでの暗い雰囲気はもうない。

 彩音と一緒にゲームをして遊ぶなんでいつ以来だろうか……


「早速やろう! ほら、早く!」


 そう言って歩き出す彩音の後を追った。

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