第5話 ハーフェン
数年のすれ違いによって疎遠だった彩音とも昔のようにこれから話せることが出来るだろう。そう思うと心が軽くなり、自然とこちらも笑顔になる。
「ちなみに聞きたいんだけど、私の配信っていつから見ているの?」
「うん? そんなの初配信からに決まっているじゃん」
「初配信から!?」
まさに運命の出会いだった。あの時の衝撃は今でもよく覚えている。
「リアルタイムで配信も追ってるし、コメントだってよくしてる。配信がないときはアーカイブを見て花火ちゃんに会いに行っているし、バイト代のほとんどはスパチャ煮たいな推し活に使ってる」
「うそっ! ほんとに!? ファンじゃん!!」
「だからそうだって言ってるだろ?」
「そっか……えーと、ちなみになんだけど……何て名前でコメントしてくれてる?」
「ハーフェンだよ」
「ハーフェンさん!? 本当に湊がハーフェンさんなの!?」
「そうだ。というか、俺のこと知っているのか?」
彩音は大きく目を見開いており、予想外の反応に驚いてしまう。
「知ってるも何もコメントもたくさんくれるし、スパチャだって……『つぶったー』でエゴサするときも決まって私のことつぶやいてくれてるから」
「そ、そうなんだ」
まさかそんなところまで見られていたなんて恥ずかしさを感じてしまう。でも、花火ちゃんに認知してもらっていたという事実に思わずにやけてしまいそうになる。認知してもらうためにコメントやつぶやきをしているわけではなかったが、それでも一人のリスナーとしてこんなにうれしいことは無い。
「ハーフェンさんが湊だったなんて」
なぜか恥ずかしそうにしている彩音。
「そっか……湊がハーフェンさんなんだ……たくさん可愛いて言ってくれたのは湊ってことだよね、そっか……そっかぁ」
「え?」
彩音が何か言っていたがうまく聞き取れなかったので聞き返す。なぜかニヤニヤしている。
「な、何でもないっ!」
「そうか?」
焦ったように手をバタバタする彩音を不思議に思っていると、何か思いついたように尋ねてくる。
「ところでなんでハーフェン?」
聞きなれない言葉だったからか首をかしげている。なので、この名前を使うようになった経緯を話すことにする。
「ハーフェンって言うのはドイツ語で『港』を意味する言葉なんだ」
「へぇ、港……」
「さすがに本名でコメントする勇気はなかったから自分の名前にちなんだものにしたんだ。ネットで本名はちょっとな……」
「そうだよ! 本名でネットをしたらダメだよ」
ネットは便利だが怖い所でもあるのだ。
「『湊』と『港』をかけてハーフェンにしたんだ」
「なるほど。よくドイツ語なんて知っていたね」
「それは、たまたま大学で学ぶ第二外国語がドイツ語だったんだ」
「大学、か……」
彩音の寂しそうな表情を見てハッとさせられる。彩音は大学どころか高校生のころから不登校になってしまったので学校に行っていない。その表情からもしかしたら学校に行きたかったのかもしれない。
彩音の表情を見て焦ってしまった俺は急いで話題を変える。
「とにかく! これからも一人のリスナーとして応援し続けるから頑張ってくれ!」
そういうとさっきまでの寂しそうな表情はなく恥ずかしそうでどこか嬉しそうにほほ笑んだ。
「うん、頑張るね!」
話がひと段落した通りで立ち上がる。
「おう。俺はそろそろ帰るよ」
そう言って部屋を出ようとしたところで彩音に引き止められた。
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