第2話 推しへの気持ちは変わらない!

 久し振りの彩音の姿、そして彩音の部屋から最推しVtuber『夏音花火』の声が聞こえてきたという事実に思考が停止してしまう。ただ茫然と目の前の光景を眺めることしかできなくなっていると、風の影響でバタバタとなびくカーテンの向こう側でモニターに向かって楽しそうに話していた彩音がふいにこちらを見た。その瞬間時間が止まったように感じた。こちらを見た彩音が笑顔のまま固まりこちらをじっと見つめる。俺も彩音と目があった瞬間どうしたらいいのか分からず固まってしまった。


 実際は数秒間なのかもしれないが、永遠のように感じられた。しかしそれも彩音の行動で終わりを告げる。

 勢いよく椅子から立ち上がった彩音はこちらにすごい速さで向かってくる。そして風でなびくカーテンを抑えると勢いよく開いていた窓を閉めた。


 突然の出来事であっけに取られていると閉められたはずの窓が少し開き、彩音の声が聞こえてくる。


「その……後で連絡するから……」


 その声は少しだけ動揺の色が感じられたが、昔のまま変わらない彩音の声だった。


「お、おう」


 彩音はそれだけ言い残すと再び窓を閉めてしまった。俺も歯切れの悪い返事をしてしまい、自分が動揺していることがよく分かった。

 閉められた窓をしばらくの間見つめていた。


 ◆◆◆


 部屋のベッドに腰かけさっきの出来事を必死に頭の中で整理していた。衝撃が大きすぎて処理しきれていない。


「すぅーはぁー」


 大きく深呼吸をする。ずっと疎遠になっていた幼馴染みの姿を見ることが出来ただけでもかなりの衝撃だ。かれこれ三年以上もの間まったく会っていなかったのだから当然だ。

しかもそれだけではなく幼馴染みの彩音が俺の最推しVtuberの『夏音花火』だったのだ!


 たしかに言われれば声も似ていると思うが、まさかこんな身近な人だったなんて夢にも思わなかったので全く気が付かなかった。それに、配信で話しているエピソードも彩音につながるものはなかった。


「マジかよ……彩音が花火ちゃんだったなんて……」


 言葉に出来ないような感情に襲われる。最推しVtuberの正体が幼馴染みだったなんてどう反応していいのか分からない。別に嫌なわけではない。幼馴染みである彩音のことは大切に思っているがそういうことではないのだ。


 いつもなら配信を見ているはずのパソコンは起動したままでホーム画面のままになっている。

 ゆっくりと立ち上がるとパソコンの前に来ると花火ちゃんの配信しているチャンネルを開く。

 そこにはいつもと変わらない花火ちゃんの姿がある。さっきの出来事が嘘のようにいつも通り、みんなのことを楽しめる配信をしている。そんな姿を見てある考えが頭をよぎる。


 そうだ!

 花火ちゃんの正体が誰かなんて関係ない。誰であろうとも俺が大好きで推しているのは『夏音花火』なんだから!!


 そう思えた瞬間さっきまでモヤモヤしていた感情が一気に消える。今すべきことは答えの出ないことを考えこむのではなく、花火ちゃんの配信を全力で楽しむことだ!


 そうと決まれば俺のやることは一つだ。俺はいつものように一人のリスナーとなって配信を楽しみ、コメントを打ち続けた。

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