第12話

 パク達はちびちびとゲームをやっていたが、その内にパクの連れのキムと言う、俺のポケットから封筒を抜き取ろうとした男が叫んで立ち上がった。


「すとふらー!おおお!すとふらー!」

「おめでとうございます!」


 俺たちが叫んでご祝儀やポラロイド写真の準備をする。


 ワタリがご祝儀の1万円をツダから受け取ってポラロイドカメラと黒い筒を抱えてキムの所に行った。

 パク達が喜んでキムの肩を叩いていた。

 ワタリがポラロイドカメラを構えて写真を撮ろうとするがなかなかうまく決まらないらしくて四苦八苦していた。


 俺はワタリの所に行ってポラロイドカメラを代わりに持って筒の中を覗き込んだ。

 前々から壁に貼っているフォーカードやストフラ、ロイヤルなどの写真が少しピンボケで映像芸術系の専門学校に通っている俺には不満だった。


 ファインダーをのぞき込んだ俺は写真がピンボケになる理由が判った。

 筒の高さが足りなくて余分な光を入れないようにカメラを筒にぴったりとつけると、カメラの最少焦点距離よりゲーム機の画面が近くなってしまうのだ。

 俺は心持ちカメラを筒より浮かせて両手で影を作りながらシャッターを押した。

 筒をゲーム機からどけて、キムがご祝儀を受け取るとパク達3人はダブルアップを押すかどうかで揉めていた。

 キムは一点掛けをしていたので、一点掛ける100で100点、つまり1万円にしかならない。

 この店の客は大体5点掛け、多い人で10点掛けでゲームをするのでストフラが出ると5万か10万円になる。

 キムは1点掛けをしていたので1万円、ご祝儀の1万円を入れても2万円、とても負けを取り戻せない。

 パク達3人はキムのゲーム機に頭を寄せて、ひそひそと小声で呟きながら考え込んでいる。

 俺は現像が出来たポラロイド写真をツダに見せた。


「おおお!凄いっすねぇ!

 ぴったりピントが合ってるじゃないですか!

 きれぇだなぁ!」


 ツダの言葉を聞いてワタリも写真を覗き込んだ。


「おお!すげぇ!

 兄貴…ソノダさん、やるっすねぇ!」


 マエダが控室から顔を出して写真を見た。


「え!おおお!すごいな!

 このポラロイドで撮ったのか?」

「はい」

「なんでこんなにピントが合うんだよ?」

「それは、このカメラのレンズの最小焦点距離が50センチくらいなんですよ。

 筒にカメラを付けるとゲーム機の画面からレンズまでの距離が40センチ位、最小焦点距離より短くなっちゃって上手く画像が結べないんです。

 ゲーム機の画面に余光が入らないように筒をかぶせてるんでしょうがそれだとちょっとこのレンズだときついんですよ。

 マクロ撮影する機能も付いてないから…だから、カメラを浮かせて最小焦点距離がどの辺か見ながらすこしカメラ本体を手で浮かせてうまく画像を結べるところまで…」


 マエダもワタリもツダも聞いたことが無い外国語を聞いているように目をぱちくりさせて俺を見ていた。


「兄貴、宇宙人でしょう?」


 ワタリは呆れたように言って俺を見た。

 マエダが思い出したように言った。


「そうか、お前カメラの学校に行ってたんだな。

 よし、今度から写真は全部お前が撮れ。

 …しかし、すげぇなぁ、俺はずっとこのカメラが壊れてたんだと思ってたよ」


 マエダが頭を振って控室に入った。

 その頃パク達はダブルアップを押す事に決まったが今度はビッグを押すかスモールを押すかで揉めていた。

 パクがいきなりダブルアップのボタンを押してキムたちが悲鳴を上げた。

 ピロリー!と小気味よい音がして当たったようだ。

 これで100点、つまり1万円は倍の200点、2万円になった。

 そしてパク達がまたダブルアップに挑戦するかどうか揉めた。

 また、パクがいきなりボタンを押して、キムともう一人がまた悲鳴を上げた。

 ピロリー!と小気味よい音がしてまた当たった。

 これで200点の倍の400点、4万円になった。

 パク達がまたダブルアップを押すかクレジットにアップするか揉めている。

 3人はヒートアップして唾を飛ばしあいながら騒がしく言い合っていた。

 ワタリとツダと俺はニヤニヤしながらパク達のやり取りを見てた。


「次でパクが外す方に1000円」


 ツダが小声で言いながらポケットから千円札を出してカウンターに置いた。


「じゃぁ、当たる方に1000円」


 ワタリがポケットから千円札を出してツダの千円札の上に重ねた。


「アニ…ソノダさんはどうします?」

「う~ん、最終的に駄目な方に1000円」


 俺もポケットから千円札を出してテーブルに置きながら言った。


「?…どういう事っすか?」

「だってもし次に当てても結局外れるまで打つに決まってるよ。パクだもの」

「そうか…。

 じゃあ、俺は最終的にアップする方に1000円にします」


 ワタリがそう言うとツダが、


「じゃあやっぱり俺もアップする方に1000円、キム達が叩かせないよ」

「え?じゃあ、俺はもう1000円出すの?」

「当たり前じゃないですか」


 ワタリとツダが俺に言った。

 俺はしぶしぶもう一枚千円札を出した。


「お前ら何ちまちま賭けてるんだよ」


 いつの間にかマエダは控室から出て来て、いきなり1万円札をテーブルに置いた。


「アップする方に10000円だ!

 見ろ!キムのあの表情を!

 これはパクに譲れないだろう。

 ソノダ、お前は人間を見る目がまだまだ甘いな」

「そ、そんなぁ負けたら払えないっすよ!」


 俺は小声で呟いた。


「給料から差っぴくから安心しろ。」


 マエダはにやりとした。


「俺が負けたらいくらになるんですか?」


 俺が心配してマエダに尋ねた。

 下手をするとワタリとツダとマエダの分3万円を払うはめになるかも知れないからだ。


「ソノダ、安心しろ。

 負けたらこいつらの2000円と俺の分の10000円だけ払えばいいよ」

「…はい」


 その時にパクが、キムが止めようとするのを振り切ってボタンを押した。


 ピロりー!とまた小気味よい音がした。

 800点、8万円になった。


「おお!打ちやがった!でも、これでもうアップするだろうな」


 マエダが俺を見て言った。

 ワタリとツダがアップしろアップしろと小声で唱えている。

 キム達がクレジットボタンを押そうとするのをパクが早口で何か言いながらダブルアップボタンを押そうとした。


「押せ押せ押せ押せ!」


 俺はワタリとツダの呪文に負けないように小声で呟いた。

 ダブルアップがもう一度当たれば1600点、16万円になる。


「アップしろアップしろアップしろアップップ~!」

「叩け叩け叩け叩けオンキリキリオンキリキリエロイムエッサイム…」


 俺たちがパク達を見つめながらそれぞれに呪文をかけていると、パクがいきなりンガァアアアア!と叫んでキム達を振り払ってボタンを押した。

 ピ~ロ~リ~!残念そうな音がして外れた。


 800点、8万円が一瞬にして消えた。


「パクの馬鹿野郎!」

「あほか!」

「もはやおサルさん!」


 ワタリとツダとマエダが口々に小声で罵倒し、俺は小さくガッツポーズをした。

 マエダがつまらなそうな顔をして、ほらよ、と言いながらテーブルのお金を俺に渡した。

 1万2千円儲けた。

 俺はほくほく顔でポケットにお金をねじ込んだ。


 キムがパクに喰ってかかっていた。

 本当にボロボロと涙を流して泣いていた。

 パクがまぁまぁとキムを落ち着かせようとしているともう一人の連れがパクの後頭部を韓国語で悪態をつけながらひっぱたいた。


「おいおい、穏やかじゃなぇな」


 マエダがそう言った時、キムは懐から小ぶりなナイフを出して、パクの太ももに思い切り突き刺した。

 パク達のそばでゲームをしていた台湾人の女性が悲鳴を上げつつもダブルアップのボタンを押していた。

 それをきっかけにして店内は大騒ぎになった。

 パクはナイフが刺さった自分の足をびっくりして見つめているが、やがて、足を引きずりながらカウンターの方に来た。

 歩くたびにパクの足から血が床に滴り落ちた。

 パクが横を通った客は、うぇ~ともお~と言えない声を上げて体をずらしてパクを避けたが、ゲームは依然として続けていた。

 キムは泣きながら韓国語で何か言い、もう一人の連れがキムの肩を抱いて何やら慰めていた。


「ソノダ、パクをソファーに座らせてやれ!

 ワタリ、奥からタオルを持ってこい!

 全く、店を汚しやがって!」


 マエダが苦々しげに言った。

 そして、ゲーム機の客の方に行って落ち着くように言って回った。

 ワタリが控室に入りタオルを探し、俺はパクに手を貸してソファーに座らせた。


「ソノダ!パクにナイフを抜かせるなよ!

 太い血管切っちまうかも知れねぇからな!

 パク! ナイフ抜くなよ!足も動かすな!

 ワタリ!早くタオル持ってこい!

 ナイフの上からそっと足の上にタオルをかぶせておけ!

 そっとだぞ!」


 マエダが矢継ぎ早に指示を出しながら、キムともう一人の連れをカウンターに引っ張って来た。

 キムはぼろぼろと涙を流しながら、驚いてあっけにとられた表情のもう一人の連れとともにカウンターに来た。

 驚いた事に店内の客は騒ぎに興味を失ったようで何事かぶつぶつ呟きながらゲームを再開していた。


 マエダが屈みこんでパクの脚の上のタオルをめくった。

 ナイフは根元までパクの足に刺さっていたけれど出血はさほどの勢いが無くナイフの周りからじわじわと血の染みが広がっていた。


「なんでぇ、大したことねぇよ」


 マエダがにやりとしながらパクに言った。

 パクは黙って頷いた。


「いいか、パク、このままナイフを抜かないで病院に行けよ、この店の事を言ったら出入り禁止だからな。

 お前ら全員出入り禁止にしてうちのケツモチの事務所に連れてっちまうぞ。

 判ったかよ!」


 パクが頷いた。

 マエダが立ち上がり、キムともう一人の連れに言った。


「店で刃物使った奴は本当はケツモチに渡しちまうんだけど今回は見逃してやるからよ。

 パクを病院に連れてってやれよ。

 お前ら、事が大きくなって韓国に強制送還なんて厭だろうが!」


 キムともう一人の連れも黙って頷いた。


「誰かがパクを刺したとか言わねぇで、パクが自分で刺したと言わせろよ。

 出ないと騒ぎが大きくなるぞ。

 この店の事言いやがったら、ケツモチに頼んで沈めてもらうからな!

 さっさとパクを連れて行け!」


 キムともう一人の連れがパクに手を貸して立たせようとした時に、マエダが思い出したように言った。


「おっと!店汚したんだから金置いて行け!」


 マエダの剣幕に恐れを抱いたパク達は財布を出した。


「ん~と…5万円持って無いかよ!」


 パク達が自分達の財布から札を出して数えて、千円札や5千円札で4万3千円を差し出した。


「けっ!しけてんなぁ。」


 マエダは4万円だけ取って3千円をパク達に返した。


「これでタクシー拾ってなるべく遠い病院行けよ!

 ワタリ!ソノダ!出口を開けてやれ!

 人が通って無い時に出せよ!」

「はい!」


 俺とワタリが出口の自動ドアを開けると周りの人通りが少なくなったのを見計らってパク達を外に出した。


 パクはナイフが刺さった足をタオルで隠しながらキム達に支えられて出て行った。

 俺たちが店内に戻るとマエダがカウンターで煙草を吸っていた。


「出てったか?」

「はい」

「よしよし」


 マエダはパク達から取った4万円を1万円づつワタリとツダと俺に渡した。


「ほらよ、ドキドキ代だ。

 俺も1万帰って来たからチャラだな。

 床はもっぷで拭いておけよ。

 どうせ染みになっちまってるから適当でいいぞ。」


 マエダはにやりとして控室に引っ込んだ。

 俺はパク達のゲーム機を拭きに行った。

 それぞれに点数が何千円分くらい残っていた。


「ソノダさん、それ、アウトしちゃっていいよ。

 残ってる点数教えて下さい」


 ツダが言うと俺は残っている点数を言いながらゲーム機の横のボタンを押して点数をアウトした。

 キムのゲーム機にパクが刺された時の血が少し付いていた。

 俺は生まれて初めてナマで人が人を刺す所を見て少し怖かったようでゲーム機の血を拭く手が少し震えていた。


 その日の勤務はその後、台湾人女性が負けが込んでヒステリーを起して灰皿を壁に投げつけた事と、サラリーマン風の男がワタリの胸倉を掴んでもみ合いになった程度でおおむね平和に終った。

 こわもての遅番軍団が店に入り、ワタリとツダと俺は控室に入った。

 すでにマエダが封筒を用意していて、俺たちはサインをして受け取った。

 日給が1万6000円、交通費が1万円、大入りが2万5000円。

 その他にマエダが2万円おこずかいをくれた。

 これに先ほどのパクの騒動の時に貰った1万円、賭けで買った1万2000円を足して、今日の収入は計9万3000円の収入だった。


「ワタリもそうだが、お前ら、しっかりやってくれ、お疲れ!」


 マエダは今日おきた事については特に何も言わなかった。

 今日は日曜なのでワタリもツダもまっすぐ家に帰るようだった。

 俺も明日は朝から学校なのでまっすぐに帰って寝る事にした。

 俺はちょっとだけマエダに言いたい事があるので、ぐずぐずと時間をかけて着替え、ワタリとツダが先に帰るのを見届けると店内に出ていたマエダに声を掛けた。


「マエダさん、ちょっと良いですか?」

「おお、ちぃっと待ってろ」


 俺が控室で待ってるとマエダが入って来た。


「どうした、ソノダ、まさかまさか、まさかお前…店を辞めたいとか…」

「いえ、辞めるつもりないです」


 マエダは大げさに胸を撫で下ろした。


「なんだよ、脅かすなよ~!

 どうした、兄貴?

 金の前借りか?いくら欲しいんだ?」

「いやいやいや、お金は貰い過ぎてるほどですよ…」

「じゃ、何だよ?誰かに脅されてるとか…俺が行って話をつけてやろうか?」

「あの~、今日賭けとかにも勝っちゃったんでその~」

「……」

「いくらかお金をお返ししたいと思ったんですけど…」

「………」

「ワタリとかツダさんとかに聞いちゃったんで…」

「…俺のガキの事か」

「…はい、マエダさん、お金必要じゃないんですか?」

「ば~かやろ~う!」


 マエダが俺にヘッドロックを掛けた。


「ガキんちょが変な心配するんじゃねぇよ~!」


 マエダはへらへら笑いながら俺の首を締め上げてから手を離すと俺の肩をポンポンと叩いた。


「俺はお前らよりも何倍も貰ってるんだ。

 心配するなよ」

「…はい、すいません」


 マエダがソファーに座ってたばこに火をつけた。


「どうもソノダは優しいと言うか、アマちゃんなんだよな。

 ここがどういうとこか知ってるか?

 客の尻の毛まで抜いちまう賭博場だぞ」

「はあ」

「あんまり人の心配するなよ。

 客にも同情するな。

 奴らは自分の責任で博打を打ってるんだからな」

「はい」

「たとえば、お前が負けが込んでる客に5万円サービスしたとするな?」

「はい」

「そしたらその客が勝ったとしてもお前に5万円返そうなんて思わねぇよ。1万だって返そうと思わねぇ。

 ああ、あいつは困った時にサービスしてくれるんだって思われるだけでちっとも感謝なんてしねぇぞ。

 それどころかまた困った時にサービスしねぇと怒るんだよ。

 賭博やってる奴なんてそういうもんだ。

 お前はアマちゃんだからいつか凄く裏切られて悲しい思いをするんじゃないかと、このおじちゃんは心配するわけだ。」

「はあ」

「…まぁ、いいや。

 じゃあ、今日は帰れ…でも、心配してくれてサンキュウな!」


 マエダが笑顔で軽く俺のおなかを叩いてニヤッとした。


(ああ…俺はマエダさんのこの笑顔が好きなんだなぁ)


 俺はなんとなく新しいオヤジが出来たみたいで嬉しかった。

 日曜はタクシーもすぐに拾えて立川のアパートに戻れた。


 まだ、午前2時前だ。

 俺はサッシに隠した封筒を出した。

 封筒の中に13万円、財布の中には今日の給料と買い物の残りを合わせて9万8000円入っていた。


 合わせて22万8000円。


 アルバイトを始めてまだ3日目でこれだけのお金が貯まるとは思わなかった。

 俺はニヤニヤしながら今日買ってきたコーヒーカップセットの梱包をほどきながら、やかんに火を掛けた。


「どう~するったらどうするよ、おれ~!

 お金が入ってどうするよぉ~!ららら~!」


 嬉しさのあまり歌ってしまった。

 コーヒーカップを洗ってインスタントコーヒーを淹れて、実家を出る時にかっぱらってきたブランデーを垂らして飲んだ。

 格別に旨かった。

 次はコーヒーミルとドリップセットと今日見かけた上等なコーヒー豆を買って本格的なコーヒーを飲もうと決めた。


 俺はお風呂に入り、封筒に20万円を入れてサッシに隠し、財布に2万8000円を入れると布団を敷いてもぐりこんだ。

 その晩はオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルを手首に巻いてリサさんとデートする夢を見た。







続く

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