第11話

 ワタリがむっつりした顔でドアを開けるとニシカワがチンピラを連れて店内に入って来た。


「なんでぇ、一つしか空いてねぇのか」


 ニシカワはチンピラと空いているゲーム機に行き、チンピラを座らせた。


「おい、こいつに入れろよ」


 俺は伝票を持ってゲーム機の所に行った。


「当店は初めてですか?」

「あ、は、はい」


 チンピラはいかにもチンピラという服とはかけ離れた純朴そうな顔をしていて、物珍しげに店内を見回した。

 俺やワタリとそう変わらない年齢に見えた。


「おい、説明はいいから早く入れろよ。

 良いんだよ!俺が教えるんだから!

 さっさと点数入れろ!」


 ニシカワが顔を歪めた怒鳴った。

 チンピラのゲーム機の隣のゲーム機に座っていたリサさんが少し顔をしかめてニシカワを見た。

 俺はチンピラが差し出した1万円札を受け取り、点数を入れた。


「9番台、新規10本、サービス10本入ります!」

「ちっ、いちいち言わなくちゃいけねぇのか…」


 ニシカワがイライラしながら言った。


「お飲み物は何に致しますか?」


 俺が聞くとチンピラはホットコーヒーを、ニシカワはお茶と言った。

 ワタリがむっつりした顔で小さな丸椅子を持って来て、リサさんと反対側の所に置いた。


「これじゃ見えねえだろうが、こっちに置けよ」


 ニシカワがリサさんの側に丸椅子を置かせてどっかり座ったのをワタリが忌々しげに睨んだ。

 俺がコーヒーとコンブ茶を持って行くと、ニシカワがコンブ茶をみて怒鳴った。


「俺がお茶と言ったら日本茶とコンブ茶持って来いよ!

 俺を誰だと思ってんだ!」

「失礼いたしました、今日本茶を持ってきます」


 俺は怒りを押し殺して一礼をした。


「入れて~」


 リサさんが1万円札をひらひらさせた。

 俺がリサさんのゲーム機に点数を入れるとリサさんが伸びをしながら言った。


「大変ね~この仕事って色々変な人がいて。

 頑張ってね~。」

「ありがとうございます!」


 俺が答えるとリサさんが可愛く微笑んでくれた。


 うるさいニシカワへの当て付けもあったんだろう。

 ニシカワがちらりとリサさんを見た。

 リサさんはニシカワを無視してゲームをしていた。

 俺がカウンターに戻って来ると、リサさんとのやり取りを見て、変な勘違いをしたワタリが日本茶を入れながら小声で尋ねた。


「なんで?なんで?兄貴、リサさんと…」

「何でもない何でもない何でもないから…店じゃ名前で呼び合いましょうね」

「はい」


 ワタリが日本茶を持ってニシカワの所に行った。

 ニシカワはチンピラに色々と機械の操作の仕方を教えていたが、二人とも頭が悪いらしくてなかなか相互に意思の疎通が出来ず、気が短いニシカワがイライラと貧乏ゆすりをしながら怒鳴っていた。

 俺はこんな阿呆のお供は大変だろうなと、ちょっぴりチンピラに同情した。


「違うよ!残す時にこのボタンを押すんだよ!

 ほら!出た!

 あ!ちがうちがう!ダブルアップがぁ!

 もういい!代れよ!」


 ニシカワがチンピラを立たせて自分がゲーム機に座った。

 そして自分がゲームを始めながらチンピラに言った。


「ああ~!お前もういいから、時間になったら迎えに来いよ」


 そしてカウンターに向かって怒鳴った。

 こいつは、このニシカワとかいう奴は普段普通に話すことがうまく出来ないんだろうな、と俺は煙草に火をつけながら思った。


「おい!こいつ帰るからドア開けろよ!」


 チンピラが出入り口に向かって歩いて行く途中でちらりとニシカワの後姿を睨みつけた。

 その時に下げた右手がさりげなく中指を立ててニシカワに向けられていたのを俺は見た。

 ニシカワはそんな調子で組の中でも嫌われているんだろうなと思った。

 厳密に言うとチンピラはケンちゃんマンだが、ワタリもツダも、俺も何も言わずに「お疲れさまでした!」と言って見送った。

 チンピラは俺たちに律義にお辞儀をして、遮光カーテンをくぐって店を出て行った。

 ニシカワはチンピラの仕草にも気がつかずにビシ!バシ!と悪態をつきながらゲーム機のボタンを叩いていた。

 マエダが店に帰って来てニシカワを見ると顔をしかめながら控室に入った。

 ニシカワが入れろ!と叫んで1万円札をひらひらさせた。

 ワタリが苦虫を噛み潰した顔をしてニシカワの所に行った。


「何やってんだよ!

 俺は新規じゃねぇか!

 サービスしろよこの野郎!」


 ニシカワの声でマエダが控室から顔を出した。

 確かにニシカワは連れてきたチンピラの新規サービスの1万円分しか使っていないが、俺にはワタリが1万円分しか入れなかった気持ちが痛いほど分かった。


「ソノダ、入れてやれや、伝票貰って来いよ。

 それと、すぐにワタリ連れて来い。

 けっ、あいつはコジキ野郎だな」


 マエダがニシカワを睨みつけながら俺に小声で言った。

 ワタリは突っ立ったままじっとニシカワを見下ろしてた。


「ちょっと!

 さっきからガタガタうるさいんだよ!

 鉄火場でヤボな事言ってんじゃないよ!」


 リサさんがゲームをしながら怒鳴った。

 高い可愛い声なのであまり迫力はないが、店内の他の客がそちらに関心を寄せたのはボタンを叩く音がぴたりと止んだ事で分かった。


 「は~い! 只今サービスいれます!」


 俺は何とか状況を収拾しないといけないと思って、そう叫びながら小走りにニシカワの所に行った。


(やっぱり辞めとけば良かったかなこの仕事)


 と思いながら鍵を手にとってニシカワとワタリの間に割って入るとニシカワの機械に点数を追加した。

 屈んだ俺の目のすぐ横で握りしめたワタリのゲンコツがプルプル震えていた。

 俺はニシカワがリサさんに何か文句を言い掛けたのを遮るように大きな声で言った。


「9番台!サービス10本入ります!」


 ニシカワがなおも何か言いかけたので俺はニシカワに伝票を差し出して大きな声で言った。


「こちらにサインお願いいたします!」

「うるせぇよ!」


 ニシカワが伝票を荒々しく払いのけた。

 伝票が床に落ちた。

 自分勝手になんにでも当たり散らすクズ野郎に俺も怒りで目が眩みそうになった。


 リサさんがボールペンを逆手に持って立ち上がり、ニシカワに向き直った。

 ワタリもむっつりしたままニシカワに近づいた。

 俺は、リサさんとワタリに押されてニシカワのすぐ横に来てしまった。

 ニシカワは少し慌ててまた怒鳴ったがその声には微かに怯えている響きがあった。


「ななななんだよ!

 てめえら俺を誰だと思ってんだ!

 寄るんじゃねえよ!」


 ニシカワが尻に置いてあるセカンドバッグを胸に引き寄せた。


「ここの店はなんだよ!

 変な女はいるし、チョン公もいるし!

 店員は図体でかいしよ!

 俺を怒らせるとどうなるか知ってるかこの野郎!」


 ニシカワは余計な事を言ったようだ。

 ニシカワの斜め前に座っていた大柄な、プロレスラーの様な男が立ち上がってニシカワの肩を掴んで片言の日本語で言った。


「俺、ちょせんじゃねぇ!

 韓国だ!」


 男のもう片方の手に握られたボールペンがぺけぺけぺけ!と折れ曲がった。

 男の顔を見たニシカワの顔が引きつった。

 マエダがゆっくりと歩いて来た。


「ニシカワさ~ん、困るんですよね、他のお客さんの迷惑になりますから」


 マエダはリサさんを座らせた。

 そして、ワタリの腕をドンと叩いた。


「ワタリ、リサさんとこちらのお客さんに5本づつサービスしろ」


 マエダはニシカワの肩を掴んだ男に向き直った。


「お客さん、すみませんでした。

 当店ではお金を持った人間ならば一切差別しませんから勘弁して下さい」


 マエダがにっこりしながら男に言うと、男はにやりとしてニシカワの肩から手を離すと自分のゲーム機に戻った。

 ワタリが赤い顔をしてリサさんと男のゲーム機に点数を入れた。

 マエダはニシカワのそばにしゃがんだ。


「ニシカワさん、お客さん同士のトラブルは店が責任負えませんよ」


 そして、笑顔で店の中を見回してから、さらに声のボリュームを落として続けた。


「…あんたの組の名前出して、ここで悶着起こしたらこっちも黙ってませんぜ。

 うちの店にもケツモチする組があるんだ。

 それともあんた、戦争したいんか?

 あんたの親父に頼まれたんか?

 そうなったら、あんたのタマを真っ先に取るぜ。

 俺が直々にタマ取りに行くよ。

 あんた、その覚悟あるんかい?」


 マエダの言葉は限りなく静かでかろうじて俺に聞こえる程度だった。

 静かに笑顔で話すマエダの声は、いつものべらんめえ調よりもずっとずっと迫力があった。


「…別にそんなつもりねぇよ」


 ニシカワは俯いて小声でつぶやくとゲームを始めた。

 再びあちこちでボタンを押す音が聞こえ始め、中国語やタイ語や韓国語が聞こえ始めた。

 俺は伝票を拾って無言でニシカワの前に置いた。

 ニシカワが伝票をちらりと見て舌打ちすると殴り書きでサインをした。

 俺が伝票を持ってカウンターに戻るとマエダが、カウンターの横に立ってタバコに火をつけたワタリの耳を掴んで、いててて!と言うワタリを控室に押し込んだ。


「ツダ、ソノダ、ちっとばかりこの小僧に説教するから店頼むぞ!」


 マエダが言って控室に入った。

 俺とツダは落ち着きを取り戻した店内を眺めながら控室に聞き耳を立てたが、何かボショボショと話し声が聞こえてくるだけで何を言ってるのかよく判らなかった。


 俺はワタリが気になって落ち着かなくてもじもじしていると中から笑い声が聞こえてきて、ワタリが涙目になりながらも笑顔で出て来た。

 控室からはマエダがつけたテレビのお笑い番組の音が聞こえて来た。

 ワタリがティッシュで目を拭きながら照れくさそうに俺に頭を下げて、トイレに行った。

 俺とツダはほっと胸を撫でおろしながら目を合わせて微笑んだ。

 満卓の店内はいつもの騒がしい喧噪に戻った。

 俺は急に腹が空いて何枚も綴じたメニューを引っ張り出してどれを食べようか考えた。


「フォーカード!」


 リサさんがこちらを向いてウインクしながら叫んだ。


「おめでとうございます!」


 俺とツダが気を取り直すように叫んだ。

 その後は店内は相変わらずの喧騒の中、比較的穏やかに時間が進んだ。

 何人かの客がそれぞれ勝ったり負けたりしながら帰って行き、また何人かの客がやって来た。


 リサさんはフォーカードをダブルアップで叩いて当て、結局8万円勝ってラーメンを食べて、ほくほく顔で帰った。

 午後8時頃にパク達がやって来て、また文句を言いながらちびちびとゲームを始めた。

 パク達の態度は相変わらずむかついたが、ニシカワに比べたら全然可愛い物だった。


 午後8時を30分ほど回った頃に、ニシカワが連れて来たチンピラが再び店にやって来た。

 チンピラはニシカワの隣にしゃがんで、時間ですよ時間ですよ、と小声で言っが、熱くなったニシカワは、うるせえよ!すぐすむからよ!と言いながら、ビシ!バシ!とゲーム機のボタンを叩いていた。

 チンピラが頭を振って立ち上がるとカウンターの隣のソファーに腰掛けた。

 俺やたちはそのチンピラに少し同情していた。


「何か飲みますか?」


 ワタリが言うとチンピラは少し微笑んだ。


「いや、時間が無いんで…」


 ニシカワが悪態をついて立ち上がった。

 負けたようだ。

 ニシカワがカウンターにやって来てツダにマエダを呼ぶように言った。


「御用件は何ですか?」

「うるせぇな黙って呼べよ!」


 パク達がニシカワの大声にうるさそうに振り向いた。


「なに?

 うるさいよ」

「うるせえのはお前らだ」


 ニシカワがパクを睨んで言った。

 こいつはどうやらあちこちでトラブルを起こすのが趣味のような男だ。

 パク達がニシカワの顔をじっと見てからゲーム機の方に振り向くと何やら自分たちの顔に手をやってクスクス笑いあってた。


 小さく、痣、痣と言ってるのが聞こえた。

 ニシカワの痣がある顔がみるみるどす赤くなった。

 パク達の方へ行こうとしたニシカワを俺たちより早くチンピラが前に立ちはだかって止めた。


「兄貴、おやじ待たせちゃいますよ。

 急がないと…」

「うるせえよお前は!

 お前が最初にやったから運が逃げちまったじゃねえか!

 …お前、少し金ねぇか?」

「もうさっきので最後ですよ。

 金ねぇっすよ」


 マエダが控室から顔を出した。


「何かありましたか?」

「少し金返せよ」

「はぁ?」

「用事があって金使っちまったんだよ」

「えええ!兄貴、例の金使ったんですか?

 やばいっすよ!」


 チンピラがびっくりして言った。


「うるせえよ、ちょっと黙ってろよ!」

「でも、あの金って義理で…」

「うるせえ!」


 ニシカワがチンピラの胸をどんとついた。

 パクがトイレに行く途中でへらへらしながら手でニシカワの痣の形を作って顔につけながら言った。


「おにいさん、顔にうんこ付いてる。」

「何を、この野郎!」


 ニシカワがパクに掴み掛ろうとするのをチンピラが慌てて止めた。

 人の容姿に低レベルな事を言うパクにもうんざりしたが俺たちは事の成り行きにはらはらしながらも笑い出しそうで困ってしまった。

 しかし、ニシカワとパク、うんことうんこのぶつかり合いのような組み合わせだ。


「今日は昨日の分も含めてこれで帰って下さいよ」


 マエダが1万円札を2枚出してニシカワに渡した。

 ニシカワがじっと2万円を不服そう見たが、チンピラが本当に間に合わなくなりますよ!と言ったので2万円をひったくるように取って店を出て行った。

 マエダはちっと舌打ちを打ちながら苦笑を浮かべて、ツダの書いた入金表をしばらく覗き込んでから何か書きこむと控室に入った。

 店の客がちらほらと帰り、店内はパク達3人とその他6人ほどの客がゲームをしていた。

 俺が洗い物をしているとマエダが出てきて店内を見回した。


「どうも、ニシカワは厄介だな…」

「はい?」

「ああ言う奴は絶対にギャンブルに向かねえんだ。

 いいかソノダ、ギャンブルに勝てる奴と負ける奴の違いが判るか?」

「いいえ…運とかですか?」

「違うんだな、要は負けるまでやる奴と勝って止める奴の違いなんだ。

 引き際だよ。

 人なんて欲かくから、勝って止めれば良いのにもっともっとってのめりこむんだ、負けちまうまでな。

 勝つ奴は1万円勝っても止める時は止めちまうよ。

 ニシカワなんてすぐ頭に血が昇るから見境付かなくなって持ちがね無くなるまでやるんだよ。

 店にとっては美味しいけどな。

 …いつかあいつ、組の金使いこんで追い込まれるぜ」


 マエダがニヤッとしてトイレに行った。

 今日はこのまま静かに終わりそうだ。

 洗い物を済ませた俺はカウンター横のスツールに腰をおろして煙草に火を点けた。

 ワタリがカウンターの裏にしゃがんで、リサさんのラーメンの残り汁をちびちびと飲んでいた。






続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る