第9話

 やがてツダもやって来た。

 出入り禁止を宣告された男はポラロイドカメラで写真を撮られ、サインした紙を渡すと不貞腐れた態度で店から出て行った。

 早番の店員が上がって、マエダが紫スーツの男と何か話しながら封筒を渡して一緒に店から出て行った。

 入れ代わりに、やしきたかじんそっくりなアンジェラさんと言うおかまがやって来た。

 今日の彼女?のいでたちは俺と大して変わらない身長にハイヒールを履いているのでさらに背が高く見えて、黒と紫が入り混じったサイケなロングコートを着ていて一種異様な迫力があった。


「きょうはどこが出るのー!?」

「全部出ますよぉ!」


 ワタリが元気よく答えるとアンジェラさんがワタリの肩を笑いながらばしばし叩いた。


「んもう!このくそがきがぁ!

 いつも小憎らしいわねぇ!

 後ろの穴を開発しちゃうわよぉ!」

「それだけは勘弁して下さい」


 ワタリが両手を合わせて謝るとアンジェラさんが俺に顔を向けた。


「ふん!

 …あら、あんた今日も来たのね?」

「はい、今日も宜しくお願いいたします」

「ふ~ん、度胸いいわねぇ、こんな餓鬼みたいになっちゃ、駄目よぉ」


 アンジェラさんが俺のファイヤーマンモスを掴もうと手を伸ばしながら言った。


「はい!ありがとうございます!」


 俺はアンジェラさんの魔の手から身をよけながら答えた。

 アンジェラさんは昨日出たフォーカードやストフラの写真を張ったボードに歩み寄り、腕を組んでじっと見つめていた。


「今日は8番で勝負よ!

 アイスコーヒー!」


 アンジェラさんが1万円札をぴらっと出して叫んだ。


 ワタリが8番台の横に立ったアンジェラさんの所に行き、伝票のサインをもらって点数を入れている間に俺はアンジェラバージョンのミルクを3倍入れたアイスコーヒーを作っていると店内からインド人と中国人が歓声をあげて口笛を吹いたので、なんだろう?と顔を上げた。


 そこには長いサイケデリックな色合いのコートを脱いだアンジェラさんが…バニーガールの姿で立っていた。

 意外と筋肉質なボディで網タイツに包まれたケツがつんと上を向いてぴくぴく動いている。

 見る人が見ると、しまりが良いエロいケツなんだろうな、と、とんでもない考えが俺の頭をよぎった。

 ワタリが慌ててアンジェラさんに近寄った。


「アンジェラさん…その格好はちょっと…」

「何よぉ、今日は夜お店でイベントがあるからこの恰好してるだけじゃない!

 それとも何?

 この店はバニーでゲームやっちゃいけないのぉ!?」


 アンジェラさんがバニーの耳を頭につけながら答えるとワタリが困った顔をしてツダの方を見た。

 ツダがニヤニヤしながら言った。


「別に問題ありません」

「そうでしょぉ!」


 アンジェラさんがどっかりと椅子に座りこんで胡坐をかいた。


「オカマなんてねぇ、あんたらノンケよりよっぽど希少価値高いんだからね!

 ワシントン条約で保護して欲しいもんだわさ!」


 アンジェラさんが煙草に火を点けてブハー!と煙を吐き出した。

 ワタリは苦笑を浮かべ頭を振りながらカウンターに戻って来た。

 インド人と中国人がニヤニヤしながらアンジェラさんを見て卑猥な身振りを交えながら囁き合っている。

 俺がアイスコーヒーを作ってアンジェラさんに出している間にツダがタバコや飲み物、飴やキャンディーなど中番の買い物に出た。


 一息ついた俺とワタリはカウンターの所のスツールに腰をおろしてタバコに火を付けた。


「さっき、マエダさんがケツモチに封筒渡したじゃないですか?

あれって何です?」

「ああ、何か問題がある時にケツモチが来て処理するといくらか渡すんですよ、ケツモチ代と別に何万か渡してるみたいですねぇ。

 マエダさんもいろいろ大変ですよ」

「ふーん、大変ですねぇ、こういう店のオーナーも色々出費があるんだ」

「オーナーはケツモチ代払うだけですよ」

「え?じゃぁ、あの封筒のお金は?」


 ワタリが周りを見回してから俺に顔を近づけて小声で言った。


「あれはマエダさんが自分の才覚で作った金ですよ。

 よく俺たちに適当な名前で伝票書かせるじゃないですか、あれで入店サービス1万円浮きますからねぇ」

「…」

「俺たちに毎日小遣い2万円づつくれるでしょ?

 あれもマエダさんがオーナーに内緒で作った金から出してくれてるんですよ。

 一種の裏金って言うんですかねぇ。

 マエダさんはなんかの時の為にどこかに5000万円位キープしてるって言ってましたよ」

「でも…それってばれたら…」

「もちろんやばいですよ、オーナーはこれの…かなり偉い人みたいですから」


 ワタリは人差し指を頬の上から下に滑らせた。

 やくざと言う意味だ。


「他にこれの…買収とかにも使っているみたいだし。

 もしもばれて、下手したら沈められるか埋められるんじゃないですか?

 ソノダさん、この事は絶対に内緒ですよ」


 ワタリは拳骨を作って親指の方をおでこにあてた。

 警察の意味だ。


「うん、判った、絶対内緒ですね」

「本当にお願いしますよ、俺たちとマエダさんの間の秘密ですから」


 ワタリがいつになく真剣な顔で言った。

 俺は手にじっとりと汗をかいていた。


「ストフラー!スゥ~トォ~フゥ~ラァ~!ァアアアアアアアア!」


 アンジェラが叫びながら立ち上がり、サタデーナイトフィーバーのジョン・トラボルタの様なポーズをとった。

 アンジェラのバニー耳が、彼女?の頭の上で耳がゆらゆらと揺れていた。

 ツダが買い物を抱えて店に戻って来た。

 俺は袋を受け取り飲み物や煙草などをワタリに教わりながら所定の所に納めて行った。

 新しい雑誌が何冊かあったので、カウンター脇のソファーのマガジンラックに入っている古い雑誌と入れ替えた。

 しばらくしてマエダが帰って来た。

 マエダはバニー姿のアンジェラさんを見てちょっと複雑な表情を浮かべて頭を振りながら控室に入って行った。


 土曜日で客足が速く、午後7時には早くも満卓になった。

 カウンター脇のソファーには3人の空き待ちの客が座り、店内はかなり賑やかになった。

 俺は暇を見つけてはワタリやツダから新規客の店内のシステムの説明の仕方を教わり、メモに取った内容を暗記していた。

 今日はパク達も来ないで、混んでいる割には殺伐とした感じはなかった。

 あるいは俺が昨日あまりにも緊張していて構えていたからなのかも知れない。

 今日は何となく店の雰囲気に馴染んだ感じで少しリラックスして、客達とも軽く世間話をするくらいに打ちとけた。


 8時を回って、アンジェラさんが30万円余り勝ってほくほく顔で帰って行った。

 店では客が一回り入れ替わり、空き待ちの客が全員ゲーム機にすわり、カウンター脇のソファーには5番台でゲームをしていたサラリーマン風の40代の男性が一度ゲームをやめて煙草を吸っているだけになった。


 今日はこのまま静かに終わるかなぁなんて思いながら洗い物をしていると9番台に座っていた中国人らしき男の客が片言の日本語で文句を言い始めた。


「いかさま!いかさま!

 おかしいよ!店長呼んでよ!」


 ワタリがやれやれと言う感じで頭を振りながら文句を言っている男に方に行った。

 男の声を聞いてマエダが控室から顔を出した。


「これ、おかしいよ!

 なんで出ないの!

 もう、いっぱいいっぱい入れてるよ!」


 男はワタリを見上げて文句を言い続けた。

 ワタリは何とか宥めようと男に色々と言っているが、男はゲームを続けながらなおも文句を言い続けていた。

 別に珍しい事ではないらしく、他の客は知らん顔でゲームを続けていた。

 ワタリはツダの机の所で入金表を見て、男がいくら使っているか調べていた。


「ほら!終わっちゃったよ!

 どうする?どうするの!」

「ワタリ!」


 マエダがワタリに声を掛けた。

 ワタリがマエダを見ると、マエダは指を拡げて5の数字を表わして前後に動かした。

 ワタリが頷いてゲーム機に座っている男に何か言うと男は黙って頷きながらワタリが出した伝票にサインした。

 ワタリは男のゲーム機に鍵を差し込み点数を追加した。


「9番台、5本入ります!」

「ありがと!ありがと!

 何もしてくれなかったら、けーさつ呼ぶぶところだったよ。

 ありがとね!」


 男が言うと、カウンター脇のソファーに座っていたサラリーマン風の男が手をあげて言った。


「はーい、けーさつです!

 何かあったら言って下さい。」


 店内の何人かがくすくす笑う。

 マエダが苦笑いを浮かべてソファーの男に言った。


「トガシさん、何か飲みますか?」


 男はマガジンラックから雑誌を取り出して広げた。


「コーヒー、ブラック、濃い目アツアツでくれ。」


 マエダが俺に目配せしたので俺はブラック濃い目アツアツのコーヒーを淹れた。

 マエダはまた、ツダが書いた入金表を覗き込みながらペンでいくつか丸を付けて、なにやら指示をしてから控室に引っ込んだ。

 ソファーのトガシは俺が入れたコーヒーを受け取ると一口、口に含んで頷いてまた、雑誌に目を落とした。


 店内はまた、騒がしくも平穏な空気に戻った。

 トガシはコーヒーを飲み終えると、金ぴかのロレックスの腕時計を見て立ち上がった。


「しばらく空きそうにないな。

 会社に帰るとするか」


 トガシは店を出て行った。


「あの人、トガシさんてこんな時間に会社ですか?」


 俺がコーヒーと雑誌を片付けながらツダに聞くと、ツダはにやりとした。


「あの人はモノ本の刑事ですよ。

 あの人達、所轄とか本庁とかの警察署の事、本社とか支社とか会社とか言うんですよ。

 交番の事出張所とかも言いますよ」


 ツダが笑いながらこともなげに言った。


「え?本当ですか?」

「本当ですよ。

 賭博の摘発とかの内偵で来てハマっちゃったり、麻薬とか銃とかの密輸組織の内偵やマル暴関係の捜査で来ている内にハマっちゃう人、多いんですよ。」

「まぁ、汚職警官だな」


 マエダが控室から顔を出して小声で俺に言った。


「何か悪い事しなきゃ、月に100万とか200万とか使えるわけないだろ?」

「はぁ…」

「あれはあれで便利なんだ、

 色々情報流してくれるしな。

 ソノダ、人間なんて弱いもんだからこういう世界を覗いて染まっちまう奴が大勢いるんだ。

 所詮警察ややくざ、犯罪者とかはなぁ、立場が違っても同じ世界に住んでいるんだぜ。

 所詮同族なんだ」


 マエダがにやりとしながらトイレに行った。


 俺自身このアウトローな世界の住人として染まりかけてるのかもしれないとマエダの笑顔を見ながら少し背筋が寒くなった。


 その後は客も緩やかに入れ替わりながら大したトラブルも無く午前零時を回ってそろそろアルバイト二日目も終わりに近づいて来た。

 店内は空き台が二つできただけで、フィリピン人の女性と彼女が連れて来た日本人のお年寄り、中国人の男女4人連れ、日本人のサラリーマンややくざ風の男がそれぞれ2人と韓国人の男が5人と、やはり国際色豊かな光景だった。

 チャイムが鳴り、ツダが玄関のモニターを覗き込む。

 ツダはじっとモニターを見て眉をひそめて、控室のマエダを呼びました。

 マエダが控室から出てきて少し考え込んだ後、俺に顔を向けた。


「ソノダ、新規の客だ。

 開けてやれ」

「はい」


 俺が自動ドアの所のカーテンを持ち上げてドアを開けると、顔の左目の所に青い痣がある目つきが悪い男が立っていた。


「お客さん初めてですか?」


 俺はワタリに教えられた様に聞いた。

 その男は返事もせずに肩で俺を押しのけて店に入った。

 ワタリが店に通じるところに立ちはだかって、男にまた聞いた。


「お客さん初めてですか?」

「そうだよ」


 男はぶっきらぼうに言ってワタリを押しのけて店内に入った。


 俺が店内に戻ると男はカウンターの横に立って店内をじろじろと見まわしてから空いているゲーム機の所に行ってどかっと腰を下ろした。

 ワタリが不愉快そうに男の後姿を見た。

 俺はマエダに目配せされて、男の所に行った。


「いらっしゃいませ、当店のシステムを説明いたします」

「説明はいいから早く点数入れろよ」


 男は変に醒めた目で私を眺めながら言った。


「しかし、当店の…」

「いいから入れろっつってんだよ。

 ゲーム屋なんてどこも同じだろうが…ったく」


 俺は困ってしまってマエダの方をちらりと見ると、マエダが点数入れてやれと言う風に頷いた。


「おいくら入れますか?」

「1万入れろよ」

「それではこれにサインを頂きます。

 初回入店で1万円で1万円分サービスさせていた…」

「いいから早く入れろよ、面倒くせえんだよ」

「はい、判りました。

 お金を頂けますか?」

「入れたら払うからよ。

 早くしろよ」


 俺はかなりむっとしたが、心を落ち着けてもう一度言った。


「当店では御代を先に頂いております」


 男はじっと俺を見つめた。


 俺は目をそらさずに男を見返した。

 男はしばらく俺を見つめた後にポケットから1万円札を出すとゲーム機の上に放り出した。

 俺は鍵をゲーム機に差し込んで2万円分捻りながら言った。


「11番台、新規10本サービス10本入ります!」


 男は早速ゲームを始めようとした。


「あの、伝票にサインいただけますか?」

「ちっ」


 男は舌打ちをして伝票に殴り書きで何とかニシカワと読める字を書いた。


「お飲み物は何にいたしますか?」

「お茶」


 ニシカワはぶっきらぼうに答えた。

 俺は伝票を取りカウンターに向かって歩いた。

 怒りで手が少しぶるぶると震えた。

 マエダがじっと俺を見た。


「11番台、お茶をお願いいたします」


 ワタリがはい!と言って、日本茶を用意した。

 伝票をツダに渡した俺の腕をマエダがポンポンと叩いて微笑んだ。

 そして俺に小声で言った。


「兄貴、その調子だ、ああいう奴もときどきいるんだ。

 気にするな。ワタリを行かせたらぶち切れるかも知れなかったからな」

「はい」

「その代わり、ワタリにも言っといたが、あれから目を離すなよ。

 ちいと厄介な感じがするからな。

 顔の痣の事を差っぴいても人相が悪いや。」

「はい」


 その時、ニシカワが日本茶を持っていったワタリに向かって怒鳴った。


「誰が日本茶なんて言ったんだよ!

 コンブ茶持って来いよ馬鹿野郎!

 俺がお茶ったらコンブ茶なんだよ!」


 ワタリがむっとした顔でニシカワを見下ろした。


「なんだよ!この店は客を睨むんか?」

「コンブ茶、了解しました!」


 すかさずマエダが叫んだ。


 ワタリは日本茶の湯呑を取って、こちらに戻って来た。

 俺は思わずワタリの腕をポンポンと叩いた。

 ワタリが俺を見て、一回深呼吸をしてからにやりとした。

 マエダがワタリを手招きした。

 俺がコンブ茶を作っている間、控室でマエダがワタリに小声で言っていった。


「ワタリ、良く我慢したな。

 顔が赤いぞ、便所行って顔洗って忘れちまえ。

 クズがガアガア言っただけだからよ」


 ワタリが頷いてトイレに行った。

 マエダが俺に小声で言った。


「ちっと厄介すぎるの入れちまったかな?

 しょっぱなからあんなのは久しぶりだぜ。

 なんとか我慢して相手してくれや。

 あの手の奴はどんなに勝っても持ち金全部すっちまうまで止めねえから美味しいんだ。

 そのかわり、片時もあいつから目を離すなよ」

「はい」

「コンブ茶、まだかよ!」


 ニシカワの怒鳴り声が聞こえてきた。


「はい!ただいま!」


 俺は自分に気合を入れるように元気に返事をしてコンブ茶を持って行った。







続く


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