第4話
「あ~!やっぱり駄目ぇ~!」
アンジェラさんがぼやきながら立ち上がった。
「もう~!店に行かなくちゃ!」
アンジェラさんがずかずかと歩いてきて出入口に向かった。
「ありがとうございました!」
と俺が言ったらツダが俺の腕をつつきながら「お疲れ様でした!」と言った。
ワタリも出入り口を開けながら「お疲れ様でした!」と言った。
ワタリがカウンターに戻ってきながら俺に言った。
「ソノダさん、この店じゃありがとうございましたって言わないんですよ。
負けが込んでいる客で怒り出す人がいるから。
お疲れさまでしたって言って下さい」
「はい」
「それじゃ、6番台を片付けて下さい」
俺はさっき言われたとおりに残っている点数がないか確認してからテーブルとボタンを拭き、乱雑に正の字が書かれているメモを破り取ってグラスと灰皿を片付けた。
入口のチャイムが鳴ってツダがカウンターのモニターを覗いてやれやれという顔をしてワタリに、開けて、と言った。
人相が悪い3人連れの男が韓国語らしき言葉を話しながら店に入って来た。
ワタリが男の背中を睨みながら「いらっしゃいませ!」と声を張り上げた。
俺とツダも「いらっしゃいませ!」と言うと男の中の一番大柄な男が俺に近づき、俺をじろじろ見ながら俺と背丈を比べる様にすぐ前に立った。
当時の俺の身長は183センチだったが、男は俺よりも10センチほど背が高かった。
男は俺をニヤニヤしながら見下ろした。
「おま、新人?」
男が韓国訛りのガラガラ声で尋ねた。
「はい、ソノダと言います。
今日からここで働かせて頂きます、よろしくお願いいたします」
「ふ~ん…」
男はじろじろと俺を見ながらいきなり俺の腹を軽く殴った。
連れの男たちがニヤニヤしながら俺と大柄な男を見ていた。
俺は男のパンチでちょっと息を詰まらせたが、男に向かって笑顔を浮かべた。
「よろしくお願いいたします」
と頭を下げると大柄な男は俺に興味を無くしたようで、店の中のゲーム機を見まわした。
「どの台が出るの!」
男はカウンターに置いてあるキャンディをガバッとわしづかみしてその内の一つの袋を破いてキャンディを口の中に放り込んでがりがり齧った。
ワタリが男達に答えた。
「どの台も出ますよ」
男達はカーッ!と言いながら顔をしかめた。
「うん?この前100万やられた!」
「この店、ボックリだなぁ!」
「今日もやられるよ」
男たちは口々に言いながら、ぶらぶら歩きながら店内に散り、それぞれ選んだ台に座るとポケットからそれぞれくしゃくしゃの一万円札を出してひらひらさせた。
「入れて!早く早く!」
「はーい!」
ワタリがポケットから鍵を引っ張り出しながらもう片手に伝票を持って台に行った。
「ソノダさん、アイスコーヒーを3つ作って下さい」
「ミルクとかはどうします?」
ツダが小声で私に言った。
「いいっすよ適当で、あいつら味なんか判んないから、インクを入れても良いです」
俺がアイスコーヒーを作っているとワタリが俺を控室に呼んだ。
「ソノダさん、あいつらちょっと厄介だから気をつけて下さいね」
ツダがカウンターから囁いた。
「それと、あいつら時々ケンちゃんマンするから気を付けてください」
3人の韓国人の男たちが入った途端に店内は騒がしくなった。
何やら韓国語の奇声をあげて台をびしびし叩く音が控室まで聞こえてきた。
「ケンちゃんマンて何ですか?」
「この店じゃ入店サービスと言って、今日初めて入る客に点数のサービスするんですよ。
1万円で1万円分サービスするんですけど200点になりますよね、だけどサービスした時だけ5万円、つまり500点以上じゃないとアウト、つまり現金にできないんですよ。
それ以降は10点単位、千円単位でアウトできるんですけど。
ケンちゃんマンって入店サービスだけやって帰っちゃう奴らの事言うんですよ。 あいつら時々それやるから気を付けてください。
あんまりケンちゃんマンすると出禁、出入り禁止になるんだけどあいつらぎりぎりのラインなんですよ」
「アイスコーヒーまだぁ!」
男達が台のボタンを叩きながら叫んだ。
「はーい!ただいま!」
ワタリが答えたので俺がカウンターに戻ろうとするとワタリが俺を引き留めた。
「いいっすよ、ツダさんが持って行ってくれるから、ソノダさん、さっきは良かったですよああいう感じで、あいつら新人が入ると必ず嫌がらせするから気を付けてください。
最初が肝心ですから」
「なんでそんな人、出入り禁止にしないんですか?」
俺が聞くとワタリがにやりとした。
「あいつら月に何回か、すげぇ景気が良いんですよ。
本当にひとり100万円位スッテも全然気にしない時あるんですよ。
最も普段は乞食みたいなやつらですけど」
「なんで景気が良い時あるんですか?」
「あいつら、銃やシャブの密輸やってるんですよ」
「えええ!そんな危ない人が来るんですか?」
「何言ってるんですか、周さんだって香港のやくざの親玉で戦争になってやばくて日本に逃げてきてるんですよ。
何人も直接ぶっ殺したみたいなこと言ってたけどマエダさんに聞いたら本当だって言ってましたよ。
ナイフとピストル持たせたらむちゃくちゃ危険な人らしいです」
ワタリが笑顔で言った。
(店長はやくざで客は犯罪者だらけ…早く辞めなきゃ早く辞めなきゃ逃げなくちゃ駄目だ逃げなくちゃ駄目だ逃げなくちゃ、でも、一体どこに逃げれば…どこに逃げても無駄だよ!だって地球は丸いんだもんね!ああ地球は丸いんだよ!ああああ…)
俺はワタリの笑顔を見ながら今日何回目かの独り言を頭の中で呟いていた。
店からは男達が大声で話しながらゲーム機のボタンをビシバシ叩く音が聞こえてきた。
俺とワタリが控え室から店内に戻った。
しばらくしてチャイムが鳴り、日本人のサラリーマンが2人入って来た。
見た目はごく普通のサラリーマンなのだが、お金を出す時に財布の中身をちらりと見たら一万円札がぎっしりと詰まっていた。
その後もちらほらと客が入ってきて、店内の15台のゲーム機はすべて埋まった。
客は日本人が7人、中国人か台湾人らしい人が4人、タイ人かフィリピン人らしい人が4人という内訳だったと思う。
店内はやたらに国際色豊かになった。
日本人以外は皆それぞれの母国語で叫んだりしゃべりあったりしながらゲームをして、ある種異様な熱気と、外国人が付ける香水の強い匂いでむんむんとした感じになった。
何も説明も無しで店内を見るとそこは全く日本ではない、いや、どこの国でもない不思議な世界に見えた。
俺は恐ろしく思いながらもなぜか興味が湧くこの情景をぼぉ、して見とれていた。
この中に明らかに地球人でない姿のやつがいてもまったく違和感は感じないだろう。
日本人のうちの2人は明らかにヤクザと言う感じの外見だったがさっきのサラリーマン風の男たちにしても本当にかたぎのサラリーマンか判ったものじゃない。
ワタリは手が足りなくなってきたので俺にも鍵を渡し、客が入って来た時に伝票にサインしてもらい、鍵を捻って点数を入れることを教わった。
ワタリは鍵を捻る時に客側の手で握りこぶしを作って、自分の首筋とあごをカバーするように脇をしめていることに気がついた。
カウンターで洗い物をしている時一息ついたワタリに質問した。
「ワタリさん」
「呼び捨てでいいっすよ、ソノダさんの方が年上ですから」
「いやいや、ここじゃワタリさんが先輩ですから」
俺が言うとワタリは面映ゆそうな笑顔になった。
「いやぁ、照れるっすよ。
なんですか?」
「点数入れる時、手をこうやるじゃないですか」
俺はワタリが点数を入れる時の仕草を真似して聞いた。
「あれ、何ですか?」
「ああ、あれは佐久間さんから習ったんですよ。
いざと言う時に致命的なところを守るんですよ。
点数入れている時が一番無防備じゃないすか」
「はぁ」
ワタリが小声で私に囁いた。
「ソノダさん、客は狂犬かゾンビとかって思っていた方がいいですよ。
特に点数入れてる時は…」
客の1人が「入れてー!」と叫んで一万円札をひらひらさせた。
ワタリが「はーい!ただいま!」と叫んでゲーム機に行き、お札を受け取って鍵を捻り、点数を捻っている時に画面の点数を見ながら客の方にも視線を走らせているのが判った。
チャイムが鳴り、ツダが「焼き肉屋」と言った。
ワタリが入口を開けて焼き肉屋の出前を中に入れた。
韓国人の大柄な男、パクと言う名前なんだが、そいつが目ざとく出前の人間を見つけてカウンターに歩いて来た。
ツダが支払いをしている時に、パクは無遠慮に焼き肉弁当の袋を覗き込んだ。
「ん?なに?弁当?
おなかすいたな!
これ、くれ!」
ツダがうんざりした顔になった。
「パクさん、これ、俺たちが頼んだやつなんで食事がとりたいならまた注文しますよ」
「なんで?
おれ、お客さん!
なんでお前ら先食べる!
これよこせ!」
パクが弁当の包みを抱え込んで持って行こうとした。
ツダが慌てて弁当を取り戻そうとした。
「パクさん、新しく注文しますから…」
「うるさい!お前ら生意気!
この弁当、俺たちの金で買っただろ!」
「じゃあ、いいですよ持って行って下さい。
お金は払って下さいよ。」
ツダが領収証をパクに差し出した。
「うん?何でおれ払う?
俺、お客さん!」
「…いいですよじゃぁ、その代り今日はどんなに負けてもサービス無しですからね」
「バカ!今日は俺必ず勝つ、サービスいらないよ!」
パクは弁当の包みを抱えてゲーム機のほうに歩いて行き連れの男たちと一緒に騒がしく食べ始めた。
ツダとワタリがパクを睨みつけながら「こじき!」と呟いた。
ツダが俺の方を見て苦笑いを浮かべた。
「しょうがないですね、あいつら、乞食ですから…弁当また頼みますから…腹減ってないですか?
大丈夫?」
「いや、大丈夫です」
俺が答えるとツダは電話を取り、また、焼肉屋さんに注文をした。
奥の方で静かにゲームをしていた若い女性がパク達に顔をしかめながらカウンターにやってきた。
その女性は工藤静香に似たきれいな顔をしかめながら俺たちに話しかけた。
俺にはその女性が店内の客で唯一まともな人間に見えた。
「大変ねぇ~、あいつらのお守。
私も何か食べようかなぁ?
メニューくれる?」
ツダとワタリが笑顔になった。
「リサさん、気遣いありがとうございます」
ワタリがメニューを出しながら言った。
リサさんといわれた女性がメニューをしばらく見てから顔を上げた。
「あたし、ここの塩ラーメン、あと…今日暇だから餃子も頼んじゃおっかな」
リサさんがお金を出しながら俺を見た。
「新人さん?」
「ソノダです、今日からこちらでお世話になります。
よろしくお願いいたします」
「がんばってね!
…サクちゃんより…」
「全然強くないです」
俺がリサさんを遮るように言うとリサさんが笑いながらウインクした。
「あなた、ちょっとやさしそうだもんね。
がんばってね」
リサさんがゲーム機のほうに歩いて行った。
「あの人、きれいですねぇ」
俺が呟くとワタリとツダが同時に頷いた。
「本当に店の客じゃピカ一ですよ」
ワタリが言うとツダがため息をついた。
「本当だねぇ…でもなぁ…」
ツダがにやりとすると、ワタリもくすくす笑った。
「あの人、本人はモデルだって言うけど…雑誌とかで見たことないもんね…それに…」
俺はくすくす笑うワタリに聞いた。
「なんですか?」
ワタリとツダが顔を見合せた。
「…やりマンって噂なんですよ。
ひょっとしたらホテトルかもしれないですね」
ホテトルとはホテルトルコの略だ。
今で言うとデリバリーヘルス、デリヘル嬢の事だ。
「詳しくは判んないですけどね…」
「へぇ~!そうなんですか?」
「詳しくは判んないですよ、でも…何やってるか判んない人ですよねぇ~、謎の美人です」
俺はワタリの声を聞きながらしばらくリサさんの後姿を見つめていた。
パク達がクチャクチャと音を立てて焼き肉弁当を食べ散らかしていた。
またチャイムが鳴って、マエダが和服姿の女性を連れて帰って来た。
マエダは俺たちのあいさつにそぞろに答えると和服の女性と控室に入った。
俺はリサさんの後姿を見ながら、リサさんが狂犬かゾンビには思えないなと思った。
ワタリは俺の視線に気づいて小声で言った。
「リサさんに点数入れる時はボールぺンに注意して下さいね」
俺はワタリの意味深な笑顔を見た。
「え…」
続く
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