第3話
マエダはニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。
「まぁ、そのうちに誰かが教えてくれるだろう。
あまり気にするな」
控室から白シャツに蝶ネクタイの服装に着替えたワタリとツダが出て来た。
「おう、今日から中番のフォワードに入るソノダだ。
今日は初めてだから飲み物灰皿洗い物をやるから、お前ら色々と教えてやれ。
慣れてきたら今日中にでも鍵と新規客の説明を…まぁ、それは俺が決めるからいいや。
頼むぞ」
「ソノダです、よろしくお願いします」
俺が再び挨拶をすると、ワタリとツダもよろしくと頭を下げた。
「飲み物はお客さんによって色々とリクエストが変わってるから俺に聞いてください」
ワタリが言った。
「はい」
「初日だからってあまり緊張することないですよ」
ツダが笑顔で声をかけてくれた。
マエダはロウさんと、プリンターとモニターと何か書きこんだ表を見ながら引き継ぎをしていた。
ロウさんが尻ポケットのパンパンに膨らんだ札入れから何枚もの一万円札五千円札千円札を無造作に出し、さらに机の引き出しから一万円札をごっそりと取り出して控え室に入って行った。
控え室をちらりと見るとテーブルの上にお札がどっさりと載っていて山賊か海賊、銀行強盗の一味が獲物を山分けしているような光景になっていた。
「すごいっしょ?」
ツダが俺に笑顔を向けた。
「今日は金曜日だから結構売上高いっすよ」
「高いってどのくらいですか?」
「これくらい行くかな~」
ツダは人差し指を立てた。
「百万円ですか?」
俺が聞くとワタリとツダがくすくす笑った。
「桁がもうひとつ多いですよ」
ワタリが俺に言った。
(それって…1000万円…)
俺が心の中で舌を巻いているとワタリがカウンターの裏に貼ってある紙を指差した。
「ソノダさん、機械の番号とか聞きました?」
「いいえ、まだです」
「この店の左奥のほうから1、2、3という風に番号付いてるんですよ。
俺、洗い物片付けるんでこの番号覚えていてください」
「はい」
マエダがツダを呼んでロウさんが座っていた椅子に座らせると、札入れを渡して引き継ぎ事項を話してた。
そして、早番の店員達が控室に入った。
ワタリが入れ違いに出てきて早番の店員からゲーム機に点数を入れるカギを受け取り、鍵についたチェーンをズボンのベルトループに留めた。
「あ~!駄目だわ!もう帰る!」
毛皮のコートを羽織った女が立ち上がってこちらに来た。
女は立ち上がると俺やワタリと大して変わらない大柄で身長が180センチはあった。
そして、振り向いた女の顔はやしきたかじんそっくりだった。
なんと女はおかまさんだった。
やしきたかじんそっくりで1.3倍くらいマッチョなおかまさんだった。
やしきたかじんにそっくりな大柄なおかまはずかずかとカウンターに来て身体をくねくねさせて妙なしなを作りながらマエダに声を掛けた。
「ねぇ~!ダーリン、今日はやられちゃった~!」
「残念でしたねぇ。でもフォーカード2回も出したじゃないですか?」
「あっさり溶けちゃったわよ…もう少しやってこうかなぁ…」
「今日は止めといたほうがいいんじゃないですか?
金曜だし、お店忙しくなるんじゃないの?」
「そうねぇ、…でももう少しだけやってくわ。
良い台無いのぉ?」
「ん~、鉄板は無いねぇ~」
後で聞いたら鉄板とは鉄の板のように固い、つまり勝率が高いという意味だ。
「6番はどう?
午後いちから男がかなり突っ込んでたわよ」
「そんなでもないですよ。
昨日、ストフラが出ちゃったからね」
「6番入れてよ」
やしきたかじんに似たおかまは財布から1万円札を出してマエダに渡すと6番台に歩いて行った。
「アイスコーヒーお代わり!
あと、タバコ頂戴!」
おかま女が歩きながら言った。
「はーい!」
マエダがワタリに伝票を渡しながら答えた。
「新規サービスしてやれ、ソノダ、グラスを下げてアイスコーヒーな。
テーブルちゃんと拭いとけよ。
ワタリ、お前教えてやれ」
「はい。ソノダさん、とりあえずグラスだけ下げてください」
「はい」
俺はカウンターの布巾をもっておかま女が座っていた台に行き、盤面にある空のグラスと灰皿を持ってテーブルを拭いてグラスと灰皿を流しに持って行った。
6番台で点数を入れておかま女から伝票にサインを貰って帰って来たワタリがニヤッと笑った。
「ソノダさん、ちょっと惜しいっすね。
台まで来てください」
ワタリが布巾を持って先ほどの台に行き、俺がついて行くとワタリは機械のボタン部分を指差した。
「ゲーム機の上と…ここも拭いてほしいんですよ。
ここが一番汚れるところなんです」
ワタリが手前側に並んだボタンを拭いた。
「あと、ここを拭くときに必ず点数を確認してください。
点数わざと残していちゃもんつける人いますから」
「あたし、そんな事しないわよぉ!」
やしきたかじんに似たおかまが6番台のゲーム機のボタンを叩きながらすねた声を上げた。
「アンジェラさんの事じゃないっすよ」
ワタリがボタンの所を拭きながら答えた。
アンジェラというのは、身長180センチのやしきたかじんに似たおかま女の名前らしい。
「それと、ここにメモ帳があるでしょ?」
「はい」
「これはお客さんがダブルアップのデータとか書いてるからお客さんがゲーム止めたら、書いてあるの破り取ってください。
あと、ボールペンがちゃんとあるかも調べてください。
無かったらカウンターから補充してください」
「アイスコーヒーまだぁ?」
アンジェラさんがゲーム機のボタンを叩きながら催促した。
「はい、今持ってきます」
ワタリが答えて流しに行き、俺が付いて行くとワタリは冷蔵庫からアイスコーヒーの紙パックを出しながらアイスコーヒーの出し方を教えてくれた。
その間に服を着替えた早番の店員とロウさんがお疲れさまと言って店を出て行った。
ツダが俺を呼んで入り口の処に行くと、自動ドアを閉めてロックを掛けた。
「ソノダさん、誰かが出るたびにここは閉めてください。
ロックは必ず掛けてくださいね…それでこの遮光カーテンは必ず下までかかっているか見てくださいね。
外から見て光が漏れないようにするんですよ」
マエダが入口に来た。
「俺、ちょっと見回りに行ってくるわ」
「はい!いってらっしゃい!」
ツダが言ったので俺もいってらっしゃい!と言った。
「ソノダ、仕事しっかり覚えてくれよ」
そういい残すとマエダが店を出て行った。
俺が流しに戻って来るとワタリがアイスコーヒーを作り終えた。
「ソノダさん、アンジェラさんはクリームを三倍入れてください」
「はい」
俺は尻のポケットに入れていた小さなメモ帳を出してメモに取った。
「じゃあ、これを持ってってください」
俺はワタリが作ったアイスコーヒーとパーラメントをアンジェラさんに持って行った。
「あら、新人さん?」
「はい、ソノダと言いますよろしくお願いします」
「サービスしてね」
「あ、ああ、できれば、はい」
「約束よ~!」
そう言いながらアンジェラさんが素早く股間に手を伸ばして俺のファイヤーマンモスをぎゅっと握りしめた。
「はうう!」
俺が腰を引いてアンジェラさんの手から逃れてカウンターに逃げて来るとワタリとツダがニヤニヤしていた。
「みんな初めにやられるんですよねぇ」
「入店の儀式ですよ」
ツダがニヤニヤしながら言うとプリンターとモニターの机に戻った。
「今日はまだまだこれからだから先に飯食いますか?」
ワタリがメニューの束をひっぱり出した。
「俺は焼き肉弁当にするかなぁ?」
「俺も焼き肉にしよう」
ツダも机のモニターをチェックしながら言った。
「ソノダさんも焼き肉でいいですか?」
「はい」
ワタリが電話を取ると某有名焼き肉店に電話をかけて特上カルビ弁当ライス大盛りとカルビスープを3つづつ注文した。
「すごいですねぇ」
俺はメニューの値段の所を見てつぶやいた。
特上カルビ弁当が1500円、カルビスープが450円だった。
倉庫で働いている時はこの食事を食べるために2時間以上働かなければならなかったのだ。
それがここでは店のおごりで食えるとは…この店に来てから驚くことばかりだった。
「まぁ、なんでも頼んでいいって言うから大丈夫ですよ」
ワタリが笑いながら言った。
「ところで…さっきからずっと言われて気になってるんですけど…聞いて良いですか?」
「なんすか?」
「あの~、サクちゃんて誰ですか?」
ワタリとツダが顔を見合わせてくすくす笑いながら俺を見た。
「佐久間さんていう先月まで中番で働いていた人っすよ」
「なんで俺の事サクちゃん、佐久間さんより強いとかみんな言うんですか?」
「佐久間さん、K空手の3段だったんですよ。
中番の守護神だったんですけどねぇ~。
ごねた客にピストル出されてもビビんなかったし…」
「ピスト…そりゃ凄いですね!」
「でも、先月、熱くなったお客さんにサバイバルナイフで腹を搔っ捌かれちゃったんですよ、ほら、あそこ、ちょっとまだ染みがついてるでしょ」
周さんが座っているゲーム機と隣のゲーム機の間の床にうっすらと畳半畳くらいの染みがあった。
「あんときは凄い騒ぎになりましたよ」
ワタリがため息をついた。
「腸がドバー!てはみ出ちゃったもんね。
凄かったっすよ腸ってひくひく生き物みたいに動くんすよ。
あ~思い出しちゃった」
ツダが体をぶるっと震わせた。
床の染みを見つめていた俺の目の前がズン!と暗くなった。
心が虚ろになって床の染みを見つめている俺にワタリがごく普通の世間話のように話しを続けた。
「常連のぶっとい客がちょうど周さんが座っている隣の席で凄くハマっちゃってたんすよ。
200万位いっちゃってたかなぁ?
マエダさんもかなりサービスして、もうやめた方がいいんじゃないですか?なんて言ってたけど、もう死ぬまで止まらない勢いでしたねぇ」
ツダが小声で俺に言った。
「周さんもちょうどあの席でやってた時で、もろに佐久間さんの返り血浴びたんですよ」
「…それで…周さん、どうしたんですか?」
気を取り直した俺がツダに聞き返しすとツダは感心したように鼻を鳴らした。
「それがねぇ、周さんが最初に、おしぼり頂戴!って言ったんですよ!」
ワタリが煙草に火をつけて思い出し笑いをした。
「血まみれでのたうちまわっている佐久間さんの隣で、ちらっと佐久間さん見ただけで、普通にゲームしてたんですよ。
俺たちも動転してて佐久間さんそっちのけで周さんにおしぼり持って行ったら、周さん、顔についた血を拭いてゲーム機の画面を拭いて、そのままゲーム続けたんですよ」
あっけにとられている俺をよそにツダがその後の状況を話しだした。
「俺たちはびっくりして固まっているとマエダさんが控室からタオルを何枚か持ってきて佐久間さんの所に行ったんですよ。
凄かったですよ、腸が佐久間さんの腹の傷口からモリモリモリ!ムリムリムリ~!って押し出されてヒクヒク動いてましたもん」
「ツダちゃんは見てただけだからいいじゃん、俺なんてマエダさんからタオル渡されてはみ出た腸を掬い取って佐久間さんと一緒にここまで連れて来たんだから…あの感触…俺のいた施設で雑種のでかい犬飼ってたんですけど、散歩の時うんこひろうじゃないですか?
犬のうんこを滑らかにして重さを増やしたような感じでしたよ。
それで佐久間さんの腸をこぼさないようにタオルで包んでマエダさんと一緒にここまで連れて来たんですよ。
湯気立ってたもんなぁ。
佐久間さん、おしっことうんこ漏らしてたしね」
そこまで一気に言うとワタリは煙草を深く吸って、ぷはー!と煙を吐き出した。
ツダも煙草に火をつけながら言った。
「またひとつクラウン伝説の誕生ですよね…それからですよねぇ、マエダさんがこまめにトイレに行けよ!って言いだしたの…」
「佐久間さんのうんこの臭いしばらく残ってたもんなぁ~」
俺はマエダから貰ったラッキーストライクの箱を開けて煙草に火を付けようとしたが、手が小さく震えてなかなか火が点かなかった。
「そ、それで、佐久間さんどうなったんですか?
…死んだとか…」
「生きてますよ、マエダさんがすぐ電話してケツモチがすっ飛んで来ましたよ。
それで佐久間さん抱えて大久保病院に連れて行きました。
佐久間さんまだ、入院してるけど、何か、腸を3メートルだか4メートル切り取ったらしいけど」
「そそそそれで、佐久間さん刺した人どうなったんですか?」
ツダが笑いだした。
「あれ、凄かったなぁ!シュールでしたよ!
あの人、佐久間さんを刺した後、ナイフをゲーム機の上において血まみれの手をおしぼりで拭いたあと煙草に火をつけてまた椅子に座っちゃったんですよ。
それで、ニヤニヤしながら、ケツモチ早く呼べよ!って言ったましたね」
「…それで?」
「ケツモチと一緒に出て行きましたよ。
ニヤニヤして顔に付いた血をお絞りで拭きながらね」
「…消されたとか?」
俺の問いにワタリが笑った。
「とんでもない!
それくらいで殺さないですよ!
金とコネに物言わせて事件を揉み消しましたよ。
刺した人はこれの…」
ワタリが人差し指で頬の辺りを上下になぞった。
ヤクザという意味だ。
「かなり上の幹部なんですよ。
佐久間さんも金貰って自殺未遂をした事になりましたよ。
刺した人、出入り禁止になりましたけどねぇ…でも、勿体なかったなぁ、あの人勝つとすごく景気がいいんですよ。
俺達内緒でご祝儀10万円づつ貰った事ありますもん。
たしか、佐久間さんもあの時貰ったんだけどね、運が悪いなあの人…ヤクザって…俺達もそうだけど機嫌が悪いときに八つ当たりするじゃないですか?
でも、ヤクザの八つ当たりって半端じゃないですよね」
ツダが遠くを見る目つきになってタバコの煙を吐き出した。
(そりゃあそうだろう一般人が八つ当たりで人の腹を掻っ捌かないよヤクザの八つ当たりで腹を掻っ捌かれて腸がムリムリムリ!なんて無理無理無理…)
「でも、佐久間さん300万位貰ったんですよね。
慰謝料代りに。
…俺は300万貰っても厭だなぁ…」
周さんが立ち上がってカウンターに来て、おしぼりを出して顔を拭きながら言った。
「なに?サクちゃんのこと話してるか?」
ワタリが答えた。
「ええ、ソノダさん、今日が初めてだから」
周さんが笑顔を俺に向けた。
「あまり気にしちゃダメよ、あんなことあまりないから、ほっほっほっ」
周さんがトイレに入って行きワタリが周さんの後姿を見ながら言った。
「周さんも凄かったよね。
あのあと、佐久間さんを刺した人のゲーム機に点数が残っているのを見て、これやってもいいか-?なんて言いましたもん。
それで、ストフラ出したんですよ。
修羅場に慣れてるよなぁ~!
周さんもソフトな感じしてるけどかなり怖い人なんですよ」
ツダが固まっている私に微笑んだ。
「ソノダさん、大丈夫?
あんな事滅多に無いから気にしない方がいいですよ。
ここは給料凄く良いから辞めちゃ勿体ないですよ。
時給だって大入りとか小遣いを計算に入れたら実質1万円くらいですもんね」
ワタリも俺に笑顔を向けた。
「とにかく用心してれば大丈夫ですよ!」
二人の言葉を聞きながら俺は心の中で辞めよう辞めよう辞めよう、こんな仕事やめよう、と言い続けていた。
でも、拉致されずに拷問されずにオチンコを切り取られずに埋められずにこの店を辞める方法がそのときの俺には思いつかなかった。
下手に辞めたら一生追っ手が掛かって、あちこち逃げ回らなければならないと思った。
(下手に辞めたらカムイかサスケみたいに次々に襲い掛かる追っ手をぶち殺しながら一生逃げ回るのか…万が一負けたら捕まって拷問されてオチンコ切り取られて埋められる…嫌じゃ!そんな獣道人生は嫌じゃぁああああああ!)
まぁ、当時の俺はその時そのくらいビビッていた。
続く
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