第2話


 俺は店に出ようとするマエダを呼びとめた。


「マエダさん」

「何?」

「昨日頂いた制服代と交通費、凄くあまっちゃったんで、お返ししようと…」


 俺が差し出した封筒をじっと見たマエダがげらげらと笑った。


「あっははははは!

 金を返そうとした奴は初めてだ!

 ははははは!

 いいんだよ、取っとけよ。

 もらった金を返すのは失礼なんだぞ。

 まぁ、いいから、こずかいとか祝い金だと思って取っとけ」

「でも…」


 マエダは封筒を持ってもじもじしている俺に顔を近づけてすごい顔になると俺の耳に顔を近づけて小声で言った。


「ソノダ、黙って取っとくんだよ、俺の面子がたたねぇだろ」


(やっぱりヤクザだよやっぱりヤクザだよやっぱりヤクザだよすごい迫力だよリアルだよリアルのパンチパーマで小指が無いヤクザが俺の目の前7センチで凄んでいるよすごい目つきだよ唇がわなわな震えてるよ逆らうときっと拉致されて拷問されてオチンコ切り取られて埋められるよきっと埋められるに決まっているよ逆らっちゃダメ逆らっちゃダメ逆らっちゃダメ逆らっちゃ…)


「はい、ありがとうございます」


 俺が早口で答えてそそくさと封筒をバッグに入れるとマエダは笑顔に戻って店に出ていった。

 マエダについて店に出てゆくとマエダは控室前のモニターが二つと小さなプリンタがある机に向かって座っている俺くらいの体格の浅黒い顔をした男に紹介した。


「こいつは今日から中番に入るソノダだ。

 ソノダ、こいつは早番のチーフのロウさんだ」

「よろしくお願いします」

「おう、よろしくね」


 ロウさんは俺の頭から足元まで視線を移した。


「おう!この子はサクチャンより、ずっと強そうだなぁ!あはは!」


 ロウさんがにこりとして中国訛りの日本語で言ったがやはり、笑顔でいても香港映画に出てくる悪役のような女子供でも平気でぶち殺しそうな凶悪な面構えだった。


(サクちゃんって…誰だ?)


「ソノダは拳法をやってるんだ。

 ちょっとやそっとじゃやられないだろう。

 はははは」

「サクちゃんは空手やってたけどあの時血まみれだったもんねぇ。」

「空手より拳法のほうが強いよ。

 アチョー!てな!」

「おう、ブルース・リーね!

 私のボディガード頼もうかなぁ!

 あはははは!」


(それにしても…サクちゃんって…誰なんだ?…)


 俺は拳法じゃなく古武術だと言い直しそうになったが、マエダが目をひん剥いて俺を見たのですかさず口を閉じた。

 ロウさんのシャツの袖から邪悪な蛇の刺青が顔をのぞいていた。

 こわばった顔つきになっているであろう俺に、マエダはフロアーに立っている二人の店員に私を紹介した。

 マエダは店員にこいつはサクちゃんより強いぞと何度も言った。


(気になる…サクちゃんって…)


 そしてマエダが一番ロウさんの机に近いゲーム機に俺を呼んで座らせた。


「ソノダ、ポーカーは知ってるな?」

「はい」

「このゲームは機械とポーカーをするんだ、バカでも覚えられるから心配するな」


 マエダはポケットから丸いキーを取り出すとゲーム機の横のカギ穴に入れてキーを捻った。


「ロウさん、10号でテストね」

「あいよー!」

「今、一回キーを捻ったらここに10点ついたろ、1点100円だからこれで1000円だ。

 そしてここのボタンを押して何点賭けるか決めるんだ。

 この機械は最高で20点まで賭けられる、2000円だな、そのボタンを押してみろ、そうだ、これで2点賭けたな、お前は今200円を掛けたんだ、そしてベッド、これを押すとカードがめくられる。

ほらカードが出たぞ、 カードの下にボタンが並んでいるだろう?

 このボタンで残すカードを決める。

 そしてこのボタンをおすとカードをチェンジだ。

 一回だけカードをチェンジできる。

 ああ、駄目だったな、ツーペア以上じゃないと役にならないんだ。

 もう一回やって見ろ、点数はかける点を変えなきゃそのままこのボタンを押せばいい。

 お、3が二枚、これを残せ。

 そうそう、ほら、スリーカードが出来た。

 ツーペアでかけた点の2倍

 スリーカードで3倍

 ストレートで5倍

 フラッシュで7倍

 フルハウスで10倍

 フォーカードで60倍

 ストレートフラッシュで100倍

 ロイヤルストレートフラッシュで250倍だ

 今、スリーカードで2点の3倍で6点だ、それをそのままアップするかダブルアップのゲームをするか決めるんだが……結局このゲームの醍醐味はダブルアップなんだよ、出た目をテイクしているだけじゃ絶対にこの機械には勝てないんだ。

 だが、逆にダブルアップを果敢に叩いていたら機械の設定に関わらず勝つこともある。

 このボタンを押してみろ。

 画面が変わって裏返しのカードが一枚でたろ?

 このカードが7より上か下か当てるんだ。

 ビッグかスモールと言うんだ。

 ソノダ、お前、どっちだと思う?」

「う~ん、スモールですかね」

「じゃあ、このボタンを押せ」


 俺がスモールのボタンを押すと、ピロリー!と小気味良い音が鳴って5のカードが出た。


「お!当たりだ!

 ほら、6点が倍の12点になったろ!

 これをアップするかまたダブルアップするか決めることができる。

 もう一回やってみろ。

 今度はどっちだ?」

「またスモールで」


 俺がスモールを押すとやはりピロリー!と機械が鳴って2のカードが出て12点が倍の24点になった。


 これで2400円。


「すげえなソノダ!

 次はどっちだ?」


 俺がまたスモールを押すと機械がピロリー!と鳴って6のカードが出て、24点が倍の48点になった。

 2点200円がダブルアップを2回当てたら4800円になった。

 次にまた当たると96点で9600円になる。

 たった20秒ほどの出来事だ。

 俺は少しドキドキした。

 たった20秒で200円が4800円になり、そしてもう一度当てると9600円になるのだ。

 倉庫で1日働いてもとてもそんな金額は稼げない。


「次はどっちだよ?」


 ロウさんが机の陰から顔を出してゲーム機の画面を見た。


「私、スモールと思うよ」


 すると店員の一人が近寄ってきてゲーム機を覗き込んだ。


「ビッグですよ」


 マエダがニヤニヤしながら尋ねた。


「ソノダ、どっちにする?」


 俺が再びスモールを押すと今度はピーロリ!と鳴って7が出た。


「7が出ると引き分けなんだ。

 もう一度ダブルアップするかクレジットに入れるか決められる。

 どうする?」

「やります」


 俺がビッグを押すとピーローリー!と残念そうな音がして4のカードが出て点数がゼロになった。


「くは!残念!

 もう一度やって見ろ」


 確かにこれは夢中になる人はいるな、俺はゲームを続けながら、しかしサクちゃんていったい誰だろうとその事ばかりが気になっていた。


 店の奥ではひょろりとした男が中国語らしき言葉でドゥ!とかシャォ!とか言いながらゲーム機のボタンをビシ!バシ!とあんた指が折れちゃうよ!と言う位の勢いで叩いていた。


 もう一人、男の隣のゲーム機に座っていた黒い毛皮のコートを羽織った女がはぁ~!とため息をついて一万円札をひらひらさせて異様に野太い声で叫んだ。


「入れてー!」


 サクちゃんって一体誰なんだろう?と気になりながらも結局俺はその後何回か役が出来たがことごとくダブルアップで失敗して点数が無くなった。

 マエダが笑顔で俺の背中を叩いた。


「兄貴はなかなかファイターだな!

 あはははは、さて仕事の方の説明をするぞ」


 マエダは俺を控室の流しに連れて行き、大きな冷蔵庫を開けた。

 中には様々な飲み物の大きなペットボトルがずらりと並んでいた。


「この中に飲み物が入っている。番の交代の時に買い出しして補充するんだ、今日は早番で客が少なかったから補充する必要はない」


 マエダは冷蔵庫を閉めると隣の棚を開けた。


「この中は煙草だ、常連客と俺たちが吸う銘柄が入っている。

 ソノダ、お前は何を吸う?」

「ラッキーストライクです」

「あるよ」


 マエダがにやりとしてラッキーストライクの箱を一つ私に渡した。


「たばこは吸い放題、飲み物は飲み放題だ。

 飯はそれぞれが頃合いを見て出前を頼んでここで飯を食う。

 飯代も店持ちだ、値段の制限はないから好きなの頼んでいいぞ。

 客で飯が食いたい奴がいたら、このメニューを持って行って注文をしろ。

 おっと、食い物に関しては客からは金をもらえよ」


 マエダが流しを指差した。


「どうも博打をしているとのどが渇くらしくてな、客はやたらに飲み物を注文する。


 飲み物のグラスはなるべく貯めないでこまめに洗ってくれ。

 それと…水をがばがば飲む奴は…これやっている可能性が高い」


 マエダは腕に注射をする仕草をした。


「…そういう奴がやたらにハイになってたり、気合が入っているときはなるべく逆らうな、判るな?」

「はい」


(うわぁそれってそれって薬?ヤクの事だよね?)


「なるべくそういう奴に背中を向けるなよ。

 キメテル奴は上機嫌でいてもいきなり不機嫌になって暴れたりするからな。

 行動がまったく読めないと思っていろよ。

 まぁ、基本的に客に背を向けるな、礼儀とかそういうんじゃなくて、身を守るためだ。

 あと、客がトイレから出たらすぐにチェックしろ。

 汚していないかと、まぁ、時々トイレでキメル奴がいるんだよ。

 だから、やばいものとかが落ちてないようにチェックは欠かさずにしろよ」

「は、はい」


 そして、マエダがにやりとした。


「それと…ソノダ、トイレはこまめに行け。

 ちょっとでも小便がしたくなったり糞をしたくなったりしたら遠慮しないですぐに行け。

 どんなに忙しい時でもトイレは最優先にしろよ」

「な、何でですか?」

「その内に判るよ」


 マエダは不気味な微笑みを顔に張り付けたまま俺を促して控室を出た。

 店ではもう一人、背広を着た40代くらいの男が入ってきて、ひょろりとした中国人らしき男、黒い毛皮のコートを羽織った女の都合三人の客がゲームをしていた。


 ひょろりとした男が「フォーカード!」と叫び、店にいた店員たちがすかさず「おめでとうございます!」と叫んだ。

 俺もつられて「おめでとうございます!」と叫ぶとマエダが満面の笑みを受かべて私の腕を叩いた。


「なかなかやるじゃねぇか兄貴!

 そうそう、フォーカード以上の役が出ると店から客にご祝儀が出るんだ。

 フォーカードで5000円、ストフラで10000円、ロイヤルだと50000円、現金でご祝儀を出す。

 だが、その時に店に言ってポラロイド写真を撮らないとご祝儀は無効になる。

 熱くなった客は時々役が出たことを言い忘れる時があってトラブルの原因になる事があるから気をつけろ」

「はい」


 店員の一人がポラロイドと反射防止らしい黒い厚紙でできた四角い筒、5000円札と伝票をもってひょろりとした男の所に行った。

 男は伝票にサインして5000円札を受け取ると、店員がゲーム機につつを乗せてポラロイドカメラをその中に覗きこませながら写真を撮ったのを確かめると、椅子を立ってこちらに歩いてきた。


「周さん、おめでとうございます!」


 マエダがにこやかに挨拶したので俺も一緒にお辞儀しておめでとうございますと言った。

 周さんと呼ばれた男はカウンター横のケースを開けておしぼりを取り出して顔を拭きながら笑顔で俺に話しかけた。


「おう!新人さんね!」


 マエダが俺の肩を揉みながら周さんに紹介した。


「今日からここで働く、ソノダです」

「ソノダと言います。よろしくお願いします!」


 俺が周さんに挨拶すると周さんが笑いながら私のおなかを拳骨で軽く叩いた。


「おう!サクチャンより強そうね!ここも固いよ!」


 と笑いながら言うとトイレに入って行った。


(だからサクちゃんって…)


 玄関のブザーが鳴り、店員が扉を開けると私と同じくらいの体格のいかつい顔をした私と同じくらいの年齢の男と、小柄なにこやかな感じの20歳後半くらいの男が入ってきた。


「おう!ワタリ、ツダ、今日から中番に入るソノダだ。

 色々教えてやれ」


 マエダが俺の腕を軽く叩いて二人の男に紹介した。


「ソノダです、よろしくお願いします」


 二人の男が私にぺこりと頭を下げた。

 いかつい顔をした俺と同じくらいの年齢の男がワタリ、にこやかな男がツダと名乗った。


「さっさと着換えろ。

 そしたらあらためて紹介だ」


 ワタリとツダは控室に入って行った。


「ソノダ、お前の定位置はここだ」


 マエダが店の手前側、ゲーム機を後ろから見回せることができるスツールを指さした。


「ここの横のテーブルに灰皿と飲み物を置いて店の中ににらみを利かせろ。

 たばこを吸ってても飲み物を飲んでても構わない、だが、客がいるときは本や雑誌は読むなよ。

 命取りになる事があるからな。

 おまえはワタリと一緒に仁王様みたいに店に睨みを利かせておけ」

「はい」

「まぁ、とりあえずこんな所かな?

 何か飲んでていいぞ。

 タバコでも吸うか?

 今日のところはまだお客様だからな、だけど、ワタリやツダのやる事を見ていろいろと覚えろ、お前なら飲み込み早そうだからな、頼むぜ」


 にこやかに俺を見るマエダに、さっきからずっと気になってる質問をした。


「あの~、ひとつ質問してよいですか?」

「なんだ?」

「サクちゃんて…誰ですか?」


 マエダはしばらく俺の顔を見てくすくす笑い出した。

 ロウさんも、ほかの店員もニヤニヤしていた。

 非常に非常に気になった。


 (サクちゃんっていったい…誰なんだ…)





続く

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