みすてり!

「全然終わってないんだけど!」

 私は「ジャイアントロボ 地球の燃え尽きる日」も「ジャイアントロボ バベルの籠城」も読んだ。けっきょくジャイアントロボって何なんだよ! たかえちゃんとみはるちゃんがゲラゲラ笑い出したので、余計に腹がたった。

「もう、わたくしは、やめておきましょうと言ったんですのよ」

 さえかちゃんが同情するような声を出したが、顔は笑いを押し殺している。

「別につまらなくなかったけどさ、普通にオチとかほしいんだけど。謎とか散りばめるなら、ミステリみたいにカチッとしてほしいって感じ……」

「じゃあお姉ちゃん、次は『ヒ・ミ・ツの処女探偵日記―金田一流の事件簿』で……」

「先輩の馬鹿っ!」

「ポルノでもいいではありませんか」

「そういう問題じゃない!」 

 「何か変なやつなの? 普通に普通なミステリとかないの」

「普通って言われても……。でも、最初に読むべきミステリは一択だね」

 みはるちゃんがにやりとして二人に目を向ける。みんなこくりと頷いた。

「そうね、普通に一人よね」

「うん、普通に」

「せーので言うよ。せーの!」

「ポー!」「クイーン!」「チェスタトン!」

「あ、シャーロック・ホームズじゃないんだ」

 意外なのを言われて面食らってしまった。

「実は私、ドイル全然読んでないだよね……。タイミングを逸して……」

 たかえちゃんが頬をかいた。

「わたくしも、犬のアニメしか知らないですわ。ワトソン君かわいいですよね」

「ホームズかっこいいし、読むべきだって! でもなあ、ロジックと構造が弱いのが気になっちゃってなあ。お話としては楽しいけど、やっぱりエラリー・クイーンだよ! 構造と様式美が本質!」

「『二百万ドルの死者』……」とたかえちゃんがぼそりと言った。

「あれは……スティーヴン・マーロウの仕業だし、本格っていうか犯罪小説だし、っていうか! 最初のミステリならもっとメジャーなの読んで貰うから!」

「エラリー・クイーンの名義貸しているものなら、わたくし、ジャック・ヴァンスが書いたのが面白いですわね。わたくしはそこまでロジックにこだわりありませんし、『檻の中の人間』はエキゾチックなスパイものの香りがして、雰囲気がいいし、ワクワクしますわ。あと、エキゾチズムなら、アヴラム・デイヴィッドスンが代筆した『第八の日』も捨てがたいですわ。現代社会から隔絶された村という舞台が、ミステリという構図の近代性を逆照射していて興味深いです」

「だからー! 変わり種から行かないって! クイーンで一作って言えば、一択でしょ!」

「そうですわね、基本に戻らないと」

「うん、これしかない」

 三人が顔を見合わせて頷いた。

「せーので言うよ。せーの!」

「『九尾の猫』!」「『Yの悲劇』!」「『チャイナ蜜柑の秘密』!」

「『エラリー・クイーンの冒険』って別になんだ」

 エラリー・クイーンでさっきググったら出てきた。

「ソリッドでいい短編集だよ。でもお姉ちゃん、エラリー・クイーンの真骨頂は事実の多層的な結びつきだから、それを存分に堪能できるのは長編だと思うわけ。『Yの悲劇』は誰でもわかる事実からびっくりな結論をもってくる手つきが最高なの。ロジックを積み重ねる過程がめちゃくちゃ面白い。オチどころじゃなく、パズルとして全部がかっちりハマるのが気持ちいい!」

「ロジックの過程が楽しいのは同意ですが、わたくし、やっぱりロジックって興味持てなくて全部雰囲気で読んでしまうのですよね。その点、『チャイナ蜜柑の秘密』はチェスタトン的な逆説とか、ファンタジックで荘厳な物理トリックとか、ビジョンが楽しいのです。なんなら、中国、アジアに向けるオリエンタリズム的な眼差しも、これもまたエキゾチックで綺麗ですわ」

「先輩たち二人とも甘い! 甘すぎる!」

 たかえちゃんが机を叩いた。

「パズル? 人が殺されているんだよ! オリエンタリズムがエキゾチック? そんな素朴でどうすんの! ミステリはね、クイーンはね、人の死が記号として扱われる現代性への自己批評がキモなの。大量死の中で……」

「笠井潔みたいなこと言い出す? 戦争が反映されているから何なの? フィクションはフィクションでいいじゃん。オウムとか極端なこと言わないでよ、普通、読者は現実とフィクションの区別がつくし、殺したいと殺すの断絶は越えないよ、絶対。『九尾の猫』って犯人とかロジックとか普通だし、そんなかね?」

 みはるちゃんがつまらなそうに、両手で顔を挟んでぶーたれた。

「現実とフィクションの区別はついても、断絶を絶対視するのも乱暴な気がしますわね。『グラップラー刃牙』を読んで強くなった気がしたり、マンガ家生活を通して『吠えろペン』が描かれたり、読者と作者の身体を媒介して現実と虚構が相互侵犯するのは自然な感覚だと思いますわ。『九尾の猫』における戦争の影響は大きいですが、わたくしが今読むとテロの印象の方が強いですわね」

「テロを読むことができるその現代性まで、クイーンの射程範囲だと思うわけ。『九尾の猫』は死を寓意的に扱うことで、寓話からこぼれ落ちる、都市と、愛を語ることに成功している」

「愛ねー。ミステリって、反省の素振りか知らないけど、すぐ愛とか持ち出すよね。人殺しパズルが楽しいことに引け目なんか感じる必要ないと思うけど」

「反省というより、対比かもしれませんわね。殊能将之の『美濃牛』で人間にとって重要なのは考えることと愛することなんて言わせてますけど、そういう図式は、頭でっかち気味なミステリ好きには受け入れやすいのだと思いますわ」

「理屈じゃないものって考えたら、愛に行き着くのは当然だって。『うみねこのなく頃に』や『インテリぶる推理少女とハメたいせんせい』みたいにオブジェクトレベルでの地の文が消滅に向かっていって、思考が困難になったとき、愛が剥き出てくるのは自然だと思ったな」

「素朴な二元論だと思うけどー」

 みはるちゃんはやはり退屈そうに、口を尖らせている。

「思考の形態として、わたくしはチェスタトンが面白いですわね。ブラウン神父が信仰によってバイアスを跳ね除ける構図は、考えることと愛することの素朴な二項対立ではない方法を示せる気がしますわ」

「私はやっぱり、チェスタトンについても社会批評性が面白いな。中世社会なら、ブラウン神父は存在できないと思うし、まさに近代の産物だよ」

「あたし、ブラウン神父ものより『木曜日だった男』の方が好きだな。チェスタトンは、あまりミステリとして読んでなくて、世界全体がイカれたピタゴラ装置になる感じ? ああいうのが楽しくて。ピンチョンなんかと同じラインで読んでいるかも」

「確かに、先輩が言う通り、百科事典的というか、建築的というか、マニエリスムの流れの一環としてチェスタトンを読むのも面白いかもしれないな」

「わたくしとしては、やっぱり雰囲気が好きですわ。知的でシニカルだけど鼻にかけない感じがいいですわね。ヴァン・ダインみたいに鼻にかけまくるのもそれはそれで味わい深いですが……。ピンチョンは、ハードなのとライトなのを混同してみせる態度が、当時は前衛だったのかしらって思って、あまり乗れないのですよね。マニエリスムって、インターネット以後は難しくありません? 澁澤龍彦や高山宏も古臭いと感じますもの」

「でもなりたくない? 『學魔』に」

 みはるちゃんがにやりとしたが、さえかちゃんは困ったように微笑んだ。

「ピンチョンの面白さはメルヴィル的なギガノベルの系譜を経つつ、やっぱり同時代を語っていることにあるんだよ。SF的なガジェットも、未来ではなく現在を語るためにある」

「あたしは時代の産物とだけピンチョンを押し留めるのはもったいない気がするな。『競売ナンバー49の叫び』は特に、チェスタトン的な通時代性があるよ」

「わたくしも、『競売ナンバー49の叫び』は比較的読みやすいですわね。文体もそうですし、薄いし、トリステロとかかっこいいですわ」

「トリステロオマージュは多いよねー。法月綸太郎の『誰彼』とか、『キューティーミューティー』とか『TAMALA2010 a punk cat in space』とか。物語として力強いのかも」

「現実と虚構が混ざるの嫌いな人いる?」とたかえちゃんが私にも目を向けた。

「それ面白がるの、オタクっぽいね」と私が言うと、みんな苦笑いした。

「オタクと言われればその通りかもしれませんが、現実と虚構の相互侵犯……、幻想文学の一形態としてミステリを読むことは容易く感じますわね」

「そう! だからポーだよ!」

 たかえちゃんが目を見開く。

「原点主義というか、歴史的読みに寄り過ぎというか、ぶっちゃけポーは、ミステリとしてはもうよくない?」

「先輩、それ偏見。ポーは『ミステリ』としてジャンル化する前の根源的な強度で読むのが面白いの。確かに、クイーンは洗練されている。だけど、それ以前の雑多さの中に発見があるの」

「わたくしも適当なので、もはや『大鴉』でさえミステリとして読めますわ。形式的だし、なにか謎めいていますし」

「さすがに雰囲気だけで読みすぎでしょ!」

 みはるちゃんが語気を強めたが、さえかちゃんはぼんやりコーヒーを啜った。

「『群衆の人』ではすでにアンチミステリの次元まで到達しているし、歴史的意義もあるけど、やっぱポー読まないと始まらないよ。ようするに、『ミステリ』の問題系をポーから始めないと、何について後続の作家が試行錯誤しているのかわからないでしょ」

「別にわからなくていいんじゃない? 例えば、カーもクイーンもクリスティも知らず綾辻行人を読んだ人なんて珍しくもなさそう。それで楽しいならいいじゃん」

「程度の問題ですわね。わたくしも、『高慢と偏見』より先に『高慢と偏見、そして殺人』を読んだり、『コズミック』より先に『九十九十九』を読んだりするので、あまり責められませんが……」

「そりゃ、私だって、極論、真の起源から読むのは無理だけどさ。でも、『新世紀エヴァンゲリオン』を見ずに、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を見るような真似は違うというか、もったいないじゃない! その前に、『伝説巨神イデオン』を見ろとか『ウルトラセブン』を見ろとか言い出すとキリがないだけで」

「ポーを読め! ってのもイデオン見ろ! と同列な気はするけどなー」

「イデオンは名作ですわよ」

「いや、そうじゃなくて……。あー、でも正しいのかな? 私って、ポーをミステリ史として捉えすぎで、もっと素朴にポーの面白さを読めばいいのかね?」

「私としては、時代の流れから断絶して読むのは違和感あるけど、先輩がそれで楽しめるなら……」

「歴史として読むなら、『短編ミステリの二百年』ってどうなの?」

 これもググったらでてきた。たかえちゃんが眉を曲げた。

「うーん、十分に傑作揃いだよ? だけどミステリ史として考えると、ちょっとバイアス強いかなーみたいな」

「わたくしは小森収の方法も面白いと思いますわ。でも、正統としてミステリ史を編むことに試みはないでしょうし、素朴に雑観するなら創元推理文庫の『世界推理短篇傑作集』がいい気はしますわ」

「別にオタクじゃなければ、ミステリ史なんてどうでもいいって。国書刊行会の『世界探偵小説全集』読むだけで日が暮れちゃうよ。普通に気になった新刊読めばいいんじゃない」

「先輩、この前ショーペンハウアー読ませて、新刊に耽溺するの批判してなかった?」

「それはそれ」

 みはるちゃんが胸を張った。

「全集という形態で歴史を語る難しさはどうしてもつきまといますわね。『現代マンガ選集』とかでも、『表現の冒険』はメジャーもメジャーな傑作が並んで読むまでもないと感じますが、マンガに馴染みが薄い人には必要でしょうし、『恐怖と奇想』は閲覧が難しい作品も多くてワクワクでしたが、歴史として読むには偏っている印象が拭えません。『少女たちの覚醒』はパーソナルな個人史の域に留まるように見えました。素朴な結論ですが、歴史の記述も、全集やアンソロジーの組み方も、必ず思想が出ていますからね。読み比べたりするしかありません」

「けっきょく、どういう問題意識で、何を読めばいいのかわかんないねー」

 私がはにかむと、みんなはうーんと考え込みだした。

「歴史における現代と接続されているといいよね」

「雰囲気ですわ」

「ロジック! 構造!」

「先輩、ロブ=グリエとか言わないでね」

「さえかは『黒死館殺人事件』とか言わないでよー」

 話題を躱すように、みはるちゃんがにやりとした。

「議論していたらミステリに見えるから、もうアリストテレスでいい気がしましたわ」

「だから雑すぎ!」

「初心に返って、オチがかっちりしたのがいいんだけどー」

 私が口を挟む。

「それで限定すると、『オチ』がかっちりしてるってネタバレになっちゃうから……」

「『超訳マンガ×オチがすごい文豪ミステリー』でいいんじゃかしら。そりゃオチがすごいですし」

「いや、まあ、それでいっか」

「じゃあ、『文豪ストレイドッグス』でいいんじゃない」

「オチなら、『水瀬陽夢と本当はこわいクトゥルフ神話』が強くない?」

「じゃあ、『ゆっくり妖夢と本当はこわいクトゥルフ神話』でいいですわね」

「ヨームって誰?」

 みんなが私の目を見た。

 結果、「東方妖々夢」のプレイを命じられた。easyモードの2面でゲームオーバーになって、うんざりした。

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ひみつのカフェの読書つどい 上雲楽 @dasvir

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