最終話 俺の仕事は

 ……てなことが、俺が今の奥さんと一緒になるまでの話だ。



 それからしばらく後に入籍して、そこから今まで数年になるのだけど。

 まぁ、問題は起きて無いわ。


 やっぱ結婚相手は素の状態を知ってる相手の方が問題起きにくいのかね。


 俺はメインルームで、作務衣姿で丸椅子に座って煙草を一服やりながら、そんなことを考えた。


 で、そこで


「お兄ちゃん、いい加減煙草やめなよ」


 ……そんなことを前に妹に言われたのを思い出した。

 奥さんが妊娠した直後くらいのことで。


 俺は別に奥さんの前では吸わないようにしてたのに、煙草自体をやめろといわれた。


 理由は、煙草はコミュニケーションツールとしては役に立たないし、お金が掛かるだけだから、子供が真似して習慣を引き継ぐと勿体ないでしょ、ってことで。


 お義姉さんからは言いにくいだろうから、私が言うっていうんよな。


 ……いやまあ、正論だけどさ。

 そう、効率だけ追い求めるのって違わないか……?


 なんてことを、今日の煙草に火をつけるときに使用したマッチ箱を見ながら考える。


 ……俺が煙草を吸い始めたの、大昔の映画で、役者がマッチで火をつけて煙草を吸うシーンがカッコイイと思ったからなんだよな。


 ゴミが増えるから、外ではやんないけど。

 灰皿のある環境だと大体これで火をつけてる。


 マッチとライターじゃ、ライターの方が便利なのは事実だけどさ。

 マッチでシュボッって着火して、それで火をつけるのって絵的にカッコイイだろ。


 ……幼稚なこと言わないでとか言われそうだなぁ。

 どうしたもんか……


 禁煙プログラム、受けてみるかな……


 今、奥さんが妊娠中の2人目がもし男の子だったら。

 真似する可能性大だし……



 奥さんの茉莉は、妹と仲良くしてくれてるし、妹の方も義理の姉としてずっと慕ってくれている。

 妹は大学にストレートで入れたけど、それはおそらく奥さんの助力がだいぶある気がしてる。

 受験勉強関係で頻繁にメールしてたしな。


 そして妹は宣言通り、俺の子供が生まれたときはちゃんと娘を可愛がってくれた。

 多分、環境としてはこれは最高なんだよな。


 こういうのは、大昔から多分変わらない問題で。

 俺はその点、幸運だったんだろう。


 そんなことを考えていたら


 俺の携帯端末に着信が届いた。


 ……ちょっとそれにゾッとする。


 実は「日本人の女は世界最悪の疫病神ですから、自由契約にする決断は早めにした方が良いです」なんて差出人不明のメールがたまに来るんだ。


 で、さっきそれが届いて。

 即消してブロックしたんだけどさ。


 ……着信だと?


 とうとう、携帯端末の番号まで把握されたのか?

 正体不明の存在に!?


 なんて戦慄していたんだが……


 妹からだった。

 しかもビデオ通話らしくて。


 携帯端末の前に、今日で3才になる俺の娘の桜を抱っこして、隣に身重の奥さんと並んだ構図で


『イエーイ! お兄ちゃん見てるー? これからお兄ちゃんの大切な奥さんと一緒に、桜ちゃんの誕生日を祝っちゃいまーす!』


 ……笑顔の妹がピースサインしてそんなことを言ってくる。

 うん、伝統芸。

 ビデオ通話をする際は、それが遥かないにしえから引き継いだ作法なんだよな。


 写メを送るって言ってたけど、ビデオ通話……つまりリアルタイムの動画にしたのか。

 まあ、嬉しいよ。


「見てるさ。ありがとうな。ビデオにしてくれて」


 そう、礼を言いつつ


 ……しかし、桜の誕生日の準備、奥さんがやったのか?

 今日、平日のはずだから、在宅で仕事があったはずだよな?


 それを頭の片隅で考えた。


 ……奥さんは、茉莉は。

 入籍後に宇宙に出るのを止めて、会社の書類作成や法律関係の処理を担当する事務に配置転換を希望した。

 理由はまあ、産休と育休を可能な限り短くして、その代わり在宅作業が出来る環境にしたいから、らしい。


 俺は「別に無理して働かなくても良いけど?」って言ったんだけどさ。

 彼女は


「ぜってぇ辞めない。定年まで働く」


 って、なんだか覇気のようなものを発しながら言われたんだわ。


 ……兼業主婦にものすごい拘りがあるように見えた。


 まあ、そんなわけで。

 今の俺の相棒は茉莉じゃない。


 今の俺の相棒は……


 そのとき、トイレの方から水音がした。

 そして1人の金髪の白人男性が出てくる。


「隆一、トイレの紙の発注はしてるでございますか?」


「したと思う。今、確認するわ」


 ……今の相棒は、彼だ。


 リチャード・エンマ。

 俺と同じ、阿比須の技の伝承者の……宇宙真理国の国民。


 ……あの後。

 そう、あの宇宙海賊の襲撃を受けた事件の後。


 あの宇宙海賊の背後に、宇宙真理国の闇の勢力の助力があったことが発覚し。


 その責任を取る形で、彼が派遣されたんだよ。


 発覚はしたけど、今後も宇宙空間に出ている人間を拉致して売り飛ばす外道行為を宇宙海賊は止めようとしないかもしれないから、その対策として「宇宙海賊が引っかかると、その時点で死が確定する」毒の餌を撒こうということになったんだ。


 なのでかなり特殊な形ではあるが……今の彼は宇宙真理国出身の、日本企業に就職している唯一の個人になってる。


 で、俺が彼のパートナーに抜擢された。

 理由は同じ阿比須の使い手だからだ。


 ……現在の俺の仕事は、そこそこ人が乗ってそうな中型宇宙船に乗っての宇宙航行。

 で、定期的に船を乗り換えながら、来る日も来る日も、宇宙海賊の襲撃を待つ日々だ。


 ようは宇宙海賊向けの毒の餌。それが今の俺の仕事。

 なんだか、親父と似たような仕事をすることになったなと、思わなくもない。




 俺はビデオ通話を「ありがとう。また電話する」と一言言い、切断して。

 船の備品発注状況を確認し「紙の発注、やってる」と答えた。


「そうですか。ありがとう」


 リチャードの返事。


 彼は宇宙真理国の人間だから、文化の面で俺たち日本人は受け入れられないものを持ってはいるのだけど。

 根は悪い人間では無いからな。


 その受け入れられない部分を避けて付き合うことは可能なんだよな。


 そのことは向こうも理解はしてくれてるのか。


 文化面での対立は、今のところ俺たちには無い。


 ……こういう譲り合いが大事なんだなと、最近思う。

 そんなことを、煙草の火を消しながら考えた。


 ……文句は言われて無いんだが、彼は酒は飲むけど煙草は吸わんのよ。


 我慢してるのかもしれないし、ここで吸うのは得策ではない。


 ああ、やっぱ煙草止めた方が良いのかなと思ったとき。


 警報が鳴った。


『ハッキングを確認しました。宇宙海賊の襲撃の可能性があります!』


 宇宙船AIの言葉。


 それで俺たちの意識が戦闘状態に移行する。


 この宇宙船、ほとんどがAI制御では無い、マニュアル操作の特殊船なんだよね。

 宇宙海賊の毒の餌としての役割を果たすために。


 特に航行に関する操作が、ほとんどマニュアルだ。

 だから俺の普段の仕事は……


 宇宙船操船技術習得と、稽古だったりするんだよ。


 親父は玄関の掃除だったけど、俺は宇宙船フネのお勉強だ。

 苦笑してしまう状況。


 過去からの繋がりなのか。


 そのとき不意に、今の相棒がこう言ったんだ。


「油断なく片付けましょう。あなたには家族がいるんだから」


 ああ……


 家族の概念が無い彼からの言葉。

 俺はそこに尊さを感じながら


「ああ無論だよ」


 そう、返したんだよ。


<了>

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