第56話 武芸者
「リューイチの家は道場でもやってたわけ?」
流れで、相棒がそんなことを聞いてきた。
まあ、しょうがないよな。
俺の両親がすでに他界していること、直接言ってなかったような気がするし。
……言うことでもないしさ。
正直、話すことには抵抗はあるが……
俺は彼女に家のことを聞いたんだから、言わざるを得ないよな。
他人に話させておいて、自分は嫌だは感じ悪いだろ。
だから
「……掃除夫してたよ」
嘘ではないけど、本当でもないことを言った。
親父の世間一般での仕事は、掃除夫。
財閥系の大手企業の玄関を毎日毎日、朝から昼まで一生懸命掃除してた。
年金、健康保険、社員寮完備。
そこに年2回の健康診断までつく。
そういう待遇で働いていたんだよ。
給料も良くて、一般サラリーマンの倍くらいの給料を貰ってたみたいだ。
無論、ただの掃除夫がそんな待遇を受けられるわけがない。
本当の職業は、企業お抱えの代理決闘要員。
表の職業の仕事が終わったら、その後は毎日夜まで修行だ。
企業間の問題で、話し合いがどうしてもつかない場合に双方が武芸者を雇って決闘をさせる。
この国の裏の伝統的儀式だ。
そこで戦う武芸者としてキープする意味で、親父は雇われていたんだ。
ちなみにその決闘だけど。
……武器を使ってもいい。
腕が1本や2本無くなっても、決闘が終わったら企業の保有する最先端医療で元通りに繋げるから、気にしなくていい。
ただ毒の使用、首を刎ねたり、心臓を串刺しにする、または頭を割るような即死の一撃だけは一応禁止な。
ルールらしいルールはそれだけ。
そんな言葉が飛び交うような場所で、俺の親父は戦っていたんだ。
……母さんが頻繁に入院してたから、そのお金を稼ぐために頑張っていたんだと思う。
阿比須龍拳を金に換える場合、最も効率的なのはそっち方面なのは誰でも分かるからな。
で、俺の親父は阿比須龍拳の伝承者として出場していたんだ。
連戦連勝だったみたいだけど……
まず、俺が中学の時に母さんが死んだ。
妹を産んで健康を損なっていたせいだな。
で。
俺が高校卒業間近のとき。
親父が決闘で致命傷を負った。
どういう戦いだったかは知らない。
現場は見てないから。
ビデオ映像は流出すると不味いから撮らないんだな。
一応、立会人の人に対戦相手の名前だけは教えてもらえた。
剣術家らしい。
武芸者らしく、がっしりした体格の、無精髭でざんばら髪の中年男性だ。
……伝聞で容姿を知っているのは、その数年後に同姓同名の人が銀行強盗をやって、多額の金を奪って逃走。
その後地球外に逃げ「銀河指名手配犯」に指定される。
これがあったからなんだけど。
多分その人だと思う。斬蔵なんて名前、珍しいしな。
……話を戻す。
親父が死んだのは悲しかったが、俺は何故だかその琢磨とかいう剣術家を憎む気持ちになれなかった。
無論、理屈の上では「双方納得の果し合いの結果だから、その結果にとやかく言ってはいけない」があるから。
憎んだとしたらそれは筋違いなんだけど。
それでもやはり、なんかあるはずだと思うんだ。
普通なら。
そんなアッサリ括れるもんじゃないはずだし。
……だけど俺はそれがなくてさ。
結構ショックを受けたよ。
俺、冷たいのかもしれないな、って思い知って。
で。
立会人の人に
キミは武芸者になるか?
もしその意思があるなら是非お迎えしたいのだが……
なんて言ってきたけど。
俺は
「俺は普通に就職します」
そう返答した。
武芸者の生き方を貫いて死んでいくのはゴメンだよ。
「……リューイチ?」
と。
過去の回想に思考を飛ばしていたら。
相棒に心配された。
おっと
「悪い……まあ、そういう感じで普通のサラリーマンでは無かったから、思うところが色々あるんだ」
そんな感じで。
自分なりに無難と思える答えを彼女に返しておいた。
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