第55話 相棒の親御さんの話

「あの看護師さん、リューイチのこと狙ってたと思う」


 病院の中庭で。

 看護師がその場から立ち去った後。

 相棒がそんな言葉を漏らした。


 え……?


「何で?」


 正直良く分からなかったからそう彼女に訊くと


「看護師ってさ……」


 相棒は教えてくれた。

 看護師さん、給料がめっさ良いので。


 男の経済力を気にしなさ過ぎて、ヒモ男を交際相手に選び、結婚してものすごい苦労を背負うパターンが非常に多いらしい。

 なので……


「意識高い看護師やってる子は、まともそうな企業に勤めている独身男を見つけたら、取り合えずアプローチを掛けるのよ」


 後で焦ってヒモ掴むと大変だからね。

 選定基準が「後でこいつはヒモに変貌しないか?」だから。


 ……そうなんだ。


 俺はそういう観点で異性を見てないからな。

 正直、異世界の話を聞いてる気がした。


 古代から、普通の男は女の経済力はそれほど気にしなかったらしいし。

 まあ、就職経験が無い女性は避けた方が良いという話を読んだ覚えはあるが。

 理由は「仕事というものに理解が無く、理不尽な要求を平気でしてくる可能性がある」からだとか。


 そんなことを考えていると相棒は


「……どうしたの? ひょっとしてさっきの看護師さんみたいな子がタイプだったりするわけ?」


 ずい、と顔を近づけて。

 そんなことを聞いてくる。


「いや、別にそう言うことは無いかな」


 ……何かプレッシャーを感じるのは気のせいなんだろうか?




 そしてその後。


 相棒と一緒に図書館に入り。

 俺のリハビリに協力してもらった。


 俺は病院で貸し出されている携帯ゲーム機「NSPX」で。

 相棒は、自分の携帯端末を俺のゲーム機とリンクさせて、対戦が出来るようにした。


 NSPXは、古すぎるせいで著作権関係がぶっ飛んで無料でダウンロードできる骨董品クラスのレトロゲーを遊ぶためのゲーム機。

 まぁ、正確にはこのゲーム機を買うお金……確か3000円くらい。

 それでお金を払っているから、完全無料かというと違うんだけどさ。


 構造は、漫画の単行本くらいの液晶画面がついた本体を挟んで、両サイドに「十字キー」と「6個のボタン」

 そして両手の人差し指が届く位置にさらに「2つのボタン」がついている。

 ゲームの内容によって、この8個のボタンを2つ~8つ使うんだ。


 ……俺がリハビリで強制的に遊ばされている格闘ゲームでは、多くの場合8つのボタンを全部使う。

 ボタン同時押しがやり難いせいで、人差し指で押すボタンがそれなんだよな。


 でまあ。

 図書館の休憩用ソファで2時間くらい対戦をした。


 図書館に文句を言われないように、ソファを利用したがっている他人が居ないか注意を払いながら。


 まあ、そんなやり方だと。

 対戦で勝てるわけが無いわけで。


 俺の空手家は、相棒の女子高生格闘家に負けまくった。


「……強いな」


 思わずそう漏らすと


「まあ、昔やり込んだからね」


 ふふん、と笑いつつ。

 タダでダウンロードできるから小学生の遊びの定番でしょ。


 そう続ける。

 俺はそこに少し引っかかった。

 タダでダウンロードできるゲームで大盛り上がりって、庶民だろ。


 なので


「茉莉ってさ、実家裕福なんじゃ無かったのか?」


 なんだかそんな気がしていたから、そう訊いたんだが

 だってさ、大学に行けてるわけで。

 お金はある家庭のはずだろ?


 あとさ……弱者への優しさって、そういう家庭環境から来るもんだと思うんだけど。


 すると


「いや、別にそんなことは無いわよ? 私の親は一応経営者やってるけど、私は昔は団地住まいで、そのときはまだ親はサラリーマンだったし」


 ……なんでも。

 彼女の親は重工業の研究員で仕事をしてたらしいんだが。

 その会社が、採算の関係で親御さんが担当していた商品を切り捨てる計画を立て。


 それに不満を持った親御さんが独立して会社を作ったそうなんだ。

 なので正直、自分が裕福であるという想いを持った記憶はないという。


 だけど……


「親のせいで、仕事で他人の人生に責任を持つという感覚を得た、っていうのはあるかもしれない」


 結構色々な人が居たから。

 お父さん、雇用した人の人生は絶対に守らなければ、ってよく言ってたから。


 ……そんなことを彼女は言った。

 まあ、親御さんは立派だと思うけどさ……


 多分、その辺から来てるんだなぁ。

 相棒の危なかっしい博愛精神。

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