第44話 あのときのお礼。今頃

「これ、新入社員教育用の講習会よな」


 打ち出してもらったA4の紙に印刷した講習会の内容を確認したら、どうもそうらしい。

 流石に凹む。


「……相沢さんもそれぐらい怒ったんでしょ。まあ、反省しよう」


 怒られるうちが華、ともいうし。

 茉莉がそう、隣の席でため息混じりにそう応える。


 俺たち2人、リニアで東北の地方都市に向かっていた。

 リニア、ほとんど地下だから外が見えないんよね。

 非常に面白くない。


 これでリニアの駅まで乗って、そこから普通に乗り換えて。

 そこで講習会のある街まで。


 ……時間は……まぁ、間に合いそう。


 俺は時計を見ながら考える。

 到着予定時刻は理想通り。


 現地に11時半には着く。


 講習会は3時間程度。

 昼1時から夕方の4時まで。


 時間的に今日は直帰だな。


 そんなことを考えていたら


「ねぇ、昼ご飯なんだけど」


 隣の相棒が口を開いた。


 昼飯ね。

 それに関しては……


 駅弁とかアンパンとかでよくね?

 そう言おうとした。


 コンビニで買ってもいいし。

 ここの車内販売で買ってもいい。


 そう思っていたんだ。


 だけど


「普通での道中に、知ってるラーメン屋あるんだけど」


 そこで食べない?


 そう言われた。

 ラーメン……




「そこのラーメン屋、休日だと並んで食べる店なんだけど」


 今日は平日だし、多分そんなに並ばなくて良いと思うのよ。

 そう言われつつ、案内された。


 その店は老舗に見えた。

 店構えが古い。


 けど、清潔感はあったね。


 そして幸い、彼女の言う通り今日はほとんど並んでなかった。


 店舗の外に置いてる、並ぶための椅子が空いてたんだ。2人分。

 そこに並んで、座る。


「懐かしいな~。はじめてのひとり暮らしで、良く来たんだよねぇ」


 そんなことを彼女は言った。

 ああ、ということは


 大学時代の行きつけの店なのか。

 ここ。


 ……ある意味彼女の里帰りみたいなもんなのかね?

 だから


「そんなに昔、良く来たの?」


 すると彼女は頷いて


「週に1回は来てた。麺が美味しいの」


 ……ここ、ちぢれ麺だったっけ。

 伝統的な麺だわな。


 美味しいらしいとは聞いてはいる。


 でも食べたことは無いんだわ。


 楽しみだな、と思いつつ


「……今日の講習会、多分知ってる内容の復習みたいになると思うけど」


 そう俺が言うと、彼女は頷いて


「それでも一応、会社の経費で行くんだから。真面目に受けなきゃね」


 こう返してきた。

 まぁ、それはそうなんだけど。


「……地球外の惑星で起きる犯罪は、犯罪者側の経験が浅い場合『宇宙では警察が来るのが地球より遥かに遅いハズ』という先入観で、重大化しやすい傾向にある」


 入社当時、新人研修で行かされたセミナーで勉強した内容を復唱した。

 広すぎる宇宙の問題で、銀河指名手配犯みたいな存在があるせいか。

 宇宙は事実上無法地帯だ、みたいなイメージを持つ犯罪者が成り立てビギナーに多いらしい。

 だから犯罪行為を見掛けたら、通報に留めて私人逮捕をしようとするな。

 そんなことを学んだ気がする。


 ……おもくそNG。


 この前のN-444だけでなく、その前の海洋惑星でもやったわな。

 ……確かにちょっと調子に乗ってたかも。


 入社して4年目……今年で5年目。

 こういう時期に、調子こいてしまうものなのかね?


 ……父親が生きていれば、こういうこと相談できたと思うのに。

 生きてて欲しかったなぁ。


 そんなことを考えていたら


 隣に座っている相棒が


「……全然関係ないけど……あのとき本気で怒ってくれてありがとうね」


 そんなことを言われた。


 は? と思って視線を投げると


 隣の彼女は少し顔を赤らめながら


「鮑窃盗犯に捕まったとき。全力で私を守ろうとしてくれて……ホントありがとう」


 ああ、そういえば。

 ハッキリお礼を言われてなかった気がするな。

 あのときのこと。


「……別にいいよ。当たり前のことだし」


 視線を戻し、俺はそう普通に返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る